第六話 95%

「お疲れ様でしたー。」


時計の針は19時を切っている。ゆっくりと、同僚たちの少し気の抜けた喋り声が署に響き始めた。


「永澤さん、例の”ヤク”の話はどうしたんですか?」


突然の不意打ちに俺は隣に振り向くと、いつの間にか加藤がそこに立っていた。加藤はそのまま囁き声なのか分からない中途半端な声で続けた。


「先輩が俺に忠告してくれた時から、ずっと心配で眠れないんすよ!」


全く、こいつはどれだけ無神経なんだ。俺はあの後、何度もこの話は極秘情報だと忠告していたのだが。。俺は加藤を繰り寄せ、


「まだ調査中だ。それと何度も言ったがこれは極秘情報なんだ。もっと静かに喋れ。」


と耳打ちをした。加藤はあからさまに頷くと、少し離れて今度は普通の声で喋り始めた。

「永澤先輩、今日空いてますか?」


「いや、今日はちょっと残業があるんだ。」


俺は少し曖昧に返事をすると、加藤は「空いている時は連絡してくださいね!」と言いながら下がって行った。今日も多分同僚達と飲みにでも行くのだろう。仕事に支障が出なければいいのだが。

時計の針は21時を切った。もう署には殆ど人影が消えている。


「そろそろ、か。」


俺はゆっくりと「残業」をしていたパソコンを閉じると署の奥へと歩き始めた。

薄い月明かりに照らされている廊下を渡りきるともう見慣れた警視室の前で俺は足を止めた。俺はノックもせず静かに扉を開けると、更に静かな音で扉を閉めた。


「時間通りだな、永澤。」


旭警視を見ると隣には岡田が立っており、月明かりのお陰で彼らの輪郭はいつもよりはっきりしていた。

俺がマッセミリアーノについて調べ始め多少の時間が経ち、本格的に調査も行い出した頃、この秘匿性を続けることはとても難しかった。しかしそんな時、俺は旭警視に呼ばれた。この頃の俺は毎日の殆どを職務に費やしており、95%の逮捕率を叩き出した事から95%の永澤と言われるようになっていた。そこで警視は俺の飛び抜けた犯人の捜査能力を買って俺に極秘任務を託したのだ。任務の内容はこの署に蔓延っている覚醒剤の出所、そしてあわよくば犯人も捕まえろと言う事だった。俺は直ぐに承諾した。目標を実行する絶好の機会だった。警視には秘密にして申し訳ないが、これは俺の最後のチャンスなのだ。最後の、だ。


「それで、今月はどうだった。」


ハッとすると旭警視が俺の顔を見つめていた。俺は彼の灰色の顔を見返すと報告を始めた。


「今月の成果は、第一に担当であった誘拐事件の犯人です。彼らは投降される以前から覚醒剤を扱っていた事が判定され、署で出回っている物とかなり似た物である可能性があります。第二の成果は、」


そこで俺は少し言葉に詰まってしまったが、そのまま続けた。


「佐々木政宗の情報が掴めました。」


次の瞬間、旭警視は椅子から立ち上がっていた。俺がそのまま立っていると警視は自分に向かって独り言を呟き始めた。しかしすぐに椅子へ座り込むと、顔を抑えながら警視は質問を続けた。


「永澤、そ。。それは確かな情報なのか?」


「偽の情報を掴ませられるほどヤワになってはいません。」


警視はまた静かになったが一呼吸置くと喋り始めた。


「良くやった永澤。これから我々はお前に緊急で佐々木政宗の調査を任命する。」


「言われなくても分かってます。」


扉へと向かい歩き始めた時、警視が突然俺を引き止めた。


「永澤君、言い忘れていたが署の判断で君一人にはこの任務は重すぎると判断した。それで今最も結果を出している岡田君も君の任務に加わる事になる。必ず助けになるはずだ。」


すると先ほどまで何も言わず立って居た岡田が近づいてきた。


「そういう訳なんで、これからはよろしくお願いしまっせ。95%の永澤”先輩”。」


「そのあだ名で俺を呼ぶな。」


馴れ馴れしく近づいてきた岡田の手を振り払うと俺は旭警視に言った。


「警視、俺は別に助けなんかなくても。。。」


だが旭警視が首を横に振ったのを見ると俺は反対しても無駄だと理解した。そのまま俺は乱暴に扉から出ていった。



「あら〜永澤はんもう行ってしもうたわ。やっぱ東京人って気が早いんやな。にしても”政宗”ってだれなん、旭はん?」


岡田が警視に聞くと、警視は何秒か間を置いて答えた。


「この任務に関わるならお前も知っていた方がいいな。佐々木政宗は永澤の同期で唯一永澤と互角、いや互角以上に渡り合っていた、化け物だ 。」

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