第二話 千年に一人の秀才


「永澤警部、旭警視が呼んでいます」


 二日酔いで目を腫らした加藤が部屋に入ってきてそう告げた。


「分かった。今行く」


 乾いた靴音を廊下に響かせながら俺は警視室へ向かった。


「入ります」


 ドアを開けると、灰色の旭警視が椅子に座っていた。


「お前を呼んだのは他でもない」


「強盗事件ですか?暴行事件ですか?」


「落ち着け。今回の任務は誘拐事件だ」


 静寂が数秒間続いた。


「旭警視。それについてはもう何回も説明しました。俺はできません」


「無理にとは言わん。ただ誘拐されているのは子供だぞ。女の子だ」


「。。。現場を教えてください」


 すると旭警視の目に止まり、今百年に一人の天才と言われている岡田が口を挟んできた。


「別にやらなくてもいいんやで、永澤はん」


 こいつは俺の苦手なタイプだ。俺は岡田には目もくれず、旭警視に詰め寄った。


「。。早く教えてください」


「歌舞伎町だ」


「分かりました」


 俺は大きな音を立てて扉を閉め、出て行った。


「いいんでっか、あんなこと言ってもうて」


 岡田の問いかけに旭は返事をせず椅子を回し、窓から走っていく永澤を見つめた。


「あいつは難しい奴だが確実に署で一番の凄腕だ。」


「僕を超えて、でっか。」


岡田が静かに聞くと旭警視は振り返って真剣な顔で言った。


「お前が百年に一人の天才だとすると、奴は千年に一人の秀才だ。だからこそトラウマなんてとっとと克服してもらわないといけない。見とけ。奴がうちのエースだ」


すると岡田と旭の睨み合いが何秒か続いたが、突然岡田が噴き出した。


「旭はんにそんな顔で言われたら誰でも信じまんな。それにしてもえらいおもろそうな人やなー、伊藤永澤。ホームランの匂いがしてくるわ。」



「警部、容疑者の指紋を確保!」


「よし。科学班に回せ。その間に我々は捜査網を広げるぞ」


 永澤の手腕はすさまじかった。そしてあっという間に誘拐犯の居場所を特定したのだ。彼等は犯人の位置を特定した事を一切黙秘して野次馬が発生するのを止めていた。

そのお陰で永澤を始めとする捜査班は犯人の閉じ籠もっている雑居ビルを取り囲み、その輪をじわじわとせばめていた。


「永澤警部!犯人の一人が拳銃を持って現れました!」


囲みを続けられて遂に一人が耐えきれず出て来た。


「今行く。」


永澤の着いた場所では一人の男が囲まれながらそこいら中に向かって発砲していた。


「アヒャははは!!」


その男は少し痩せており、声からしてヤクに侵されてしまっている。永澤は小さい溜息をつくと素早く拳銃を腰から取り出した。そして両手で補助をすると、撃った。

次の瞬間、金属がぶつかる音がして男の拳銃が宙に浮かんでいた。


「今だ!行け!」


拳銃を無くした男はその後呆気なく拘束された。これだと尋問は難しそうだと考えながら永澤が自分の配置に戻ろうとしていると、見る所新人らしい男が近づいてきた。


「どうやって相手の拳銃を撃ち落としたんですか!」


「。。ただ狙って、打っただけだ。」


するとその新人はさらに目を輝かせて来た。


「それでも手に当てず、三十メートルもの距離から拳銃だけを当てたんですよ!」


「俺は百メートル以内なら拳銃で確実に狙った場所に当てられる自信があるからな。」


その新人の質問はそこで止まらなかった。彼は少し間をおいて喋り始めた。


「でも流石の警部でも外すことは有るでしょう?」


その質問に俺は数秒間考えて、返事をした。


「もしも俺が外すとすれば、味方を撃つ時くらいしか考えられない。」


新人は続けて俺をまた質問攻めにしようとした瞬間他の警部補が頭を下げて、配置につれて行かせた。どちらにしろ優子の二の舞は絶対に繰り返さない。そう、ビルを見つめながら俺は思った。

その日はもう流石に犯人は出てこず、人質を盾にして突入を阻み続けていた。数日間膠着が続き、その場にいる全ての人間のストレスは限界に近づいていた。しかし、遂に事が起きる。少女の悲鳴が聞こえたのだ。

その時、俺の体は反射的に動いていた。心臓は激しく脈打ち、息苦しい。後ろから止める声が聞こえたが、頭に入ってこない。

ドアを蹴り破ると、そこには少女を押さえつけナイフを構えている男がいた。男の手に光るのは登山用のナイフだ。首でも掻っ切られない限り死ぬことはない。男が一瞬怯んだすきに、俺はナイフを叩き落し、男を押さえつけた。


「拘束班。突入」


 男が拘束されると、俺は少女をすぐに抱きしめた。少女のけがが軽い擦り傷だけだと分かると、俺は何度も「無事でよかった」と言った。

すると少し泣きじゃくりながら少女は突然、その小さい手を俺の頭に置くと「よしよし」と俺の頭を撫で始めた。

そのむじゃきな動作は、優子にそっくりだった。俺は瞼が少し潤んできたのを感じ、静かに目を閉じると、さらに強く少女を抱きしめた。少女は無事母のもとへ戻り、事情聴取や事件のあらましなどを伝えに俺は少女のもとへ通わなければいけない事となった。

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