灰眼の刑事、そして花言葉

U.N Owen

第一章 

第一話 ダリア

 雪が降り始めた。

俺の心の中にも。寒さに心が震えた。いつの頃からだろうか、この冬が終わらなくなったのは。


「永澤先輩!」


 はっと目を開けると、後輩の加藤が俺の顔をのぞきこんでいた。こいつの顔も相変わらず灰色だ。

そうか、加藤の昇級祝いだったな。久し振りの酒に、どうやらウトウトしてしまったらしい。


「可愛い後輩の昇級祝いなのに、眠らないでくださいよ」


「スマン、スマン」


「それにしてもこの店の雰囲気良いっすね。花より焼酎でしたっけ?」


「今となってはもう、分からんがな。」


「えっ?」


「いや、何でもない。おやっさん、水割り二つ追加で。」


「あいよ。」


俺が注文していると加藤は俺のポッケにあったキーチェーンを指差してきた。


「そのキーチェーン、ガッチャマンの限定版じゃないっすか!俺もそのキャラ大好きですよ!しかも二個つけてるとかよっぽど好きなんですね!」


「。。俺がこのキャラを好きすぎてな。」


「ふーん。どちらにしろ、今日は朝まで飲みますよ!


 店を出て飲みつぶれた加藤を抱えてながら歩いていると、容赦なく俺の顔に灰色の雪が吹き付けてきた。

いつの間にか雪がうっすらと積もり始めていた。突然加藤が立ち止まり「自分で歩けましゅ」と叫んだ後、ふらついた足取りで歩き始めた。加藤の灰色の後ろ姿に向かい、俺は叫んだ。


「最近、署でヤクが流れているらしいが、お前知らねえか」


 加藤は立ち止まり、わずかに間をおいて振り返ると「先輩、俺を疑ってるんすか?ひでえっすよ」と泣き出しそうな顔で言った。

瞳が潤んでいるのは酔っぱらっているからだけではなさそうだ。こいつはシロだ。分厚い雪雲の隙間から朝日が差しこんできた。いつの間にか雪はやみ、道端の花壇の花が風に揺れていた。そのダリアらしき花もまた灰色だった。



「渋谷ショッピングセンター優子ちゃん誘拐殺人事件」

新宿署でこの事件を知らない者はいないだろう。

当時七歳だった被害者伊藤優子ちゃんは、父親が一瞬目を離したすきに、買い物に来ていたショッピングセンターで誘拐された。二人の男が優子ちゃんを無理やりワゴン車に押し込んでいる映像が、ショッピングセンターの駐車場の監視カメラに残されていた。

永澤は必死に捜査した。優子ちゃんの父親として、警察官として。しかし優子ちゃんは遺体で発見された。鬼と化した永澤は不眠不休で犯人を追走し、その手で犯人を二人とも逮捕した。彼は悲劇のヒーローとしてマスコミに報道され、それに押される形で異例の大昇級が行われた。


俺の妻は京子と言った。彼女は俺が知っていた中で、最も親切で、美しい人だった。初めて彼女に会ったとき、俺は最初、一言も喋れなかった。不器用な俺には勿体無い人だった。しかし、優子を出産した後、彼女は亡くなった。医者には少し体は弱いと言われていたが、それだけだった。一瞬、俺は何が起こったのか理解出来なかった。とてつもない悲しみに襲われ、すべてを投げ出して妻の元に行きたい衝動に駆られることもあった。この子と一緒に死のう。そうすればどんなに楽か。


俺がぐずぐずとそんなことを考えながら泣いていると、まだ五歳ほどの優子が俺の側に来た。目が覚めてしまったのかと思ったら、優子は俺の頭を撫でて「よしよし」と言った。その瞬間、俺にはまだ残された仕事があることに気が付いた。この子を立派に育てなければ。この子が立派に成長して、無事に暮らす姿を見届けるまで、俺は京子に会ってはいけない。俺は優子を抱きしめて誓った。必ずこの子を育て上げると。

その後も俺は男手一つで優子を育てた。悩みはあったものの、優子は俺の唯一の宝物だった。しかし、あの瞬間、あの一瞬目を離したせいで、すべてが壊れてしまった。

犯人を逮捕した時、ありとあらゆる人が俺を賞賛したが、俺の胸の穴は空いたままだった。その時からだ。


 すべてが灰色に見えるようになったのは。



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