第2話 アクシデント

 男の格好をしてる優季を肯定してる。それなのに女子が好きで男になりたいのかと思うと落ち着かない。

 トランスジェンダーを否定するきはないはずなのに、優季がそうなのかと思うとなんだか胸がざわついて仕方ない。


 手術をして本格的に男になることがあったとして、今と何が変わるんだろう。何も変わりはしない。変わらないはずなのに・・・・・・なんだか心がぐらぐらする。


「なに考えてんだろうなぁ~・・・・・・」


 苦笑いしてまた考え始める。

 好きな対象が男なら誰なのか。誰の前で女子力を見せたいのか、誰の横を並んで歩きたいのか。やはり好きなら告白をして付き合ってデートもしたいだろう。


 思考を広げていると胸のざわつきが再熱する。落ち着かない。

 優季が自分じゃない他の男と楽しそうに会話している。そんな世界を想像してなんだかムカついた。


 これまでにもあった。

 他の男子と楽しそうに談笑する優季を見て苛っとなったことが。


「何話してんだ? 楽しそうだな」


 なんて言いながら間に割って入ったことが何度かあった。それは親友を取られるみたいで嫌だったんだとそう思ってきたけれど。


 でも、まさか・・・・・・。


 傍らで寝ている優季の顔が愛らしく見えてとっさに目をそらす。


(なに? いま、狼狽うろたえた? 俺が?)


 優季のことを親友のように思ってる。男友達となんら変わらない。それなのにいま、妙な感情が芽生えた気がした。


(優季は男みたいなもんだぞ? なんだよ、優季の顔見てそんな、なんだよ)


 ベッドに突っ伏し顔を起こして再び優季の寝顔を見る。すやすやと眠る無防備な寝顔がこちらを向いていた。


 顔から首、鎖骨。視線の流れる先に優季の胸がある。

 男子に見えるくらいに薄い胸板には確かに膨らみがあった。寝息を立てる彼女の胸が静かに上下している。


 無邪気に抱きついてくる優季の胸のやわらかさを感じなかった、と言えば嘘になる。けれど、これまで特に気にしたことはなかった。


 でも、いま。


 胸から視線を動かすことができなくて、なぜだか手が伸びていて・・・・・・。


(いかんッ! いかんいかん! 駄目だ何してるんだ俺ッ!)


 右手を左手で引き留めた。

 無断で胸を触ったとバレたら殺される。子供の頃から優季に勝ったためしがないし、高校に入って身長を追い越した今でも勝てる気がしなかった。


(恋、してるのか?)


 寝顔に問いかける。

 晴空の心の声に答えるように優季の唇の端が上がった。


(・・・・・・うっ!)


 寝顔の微笑みがやけに胸に刺さった。


(や、やばい)


 いま、心のどこかで「可愛い」と思ってしまった。


(嘘だろ? 優季だぞ!?)


 感情が振り子のようにぶんぶんと揺れ動く。

 優季から目を背けてベッドに体をあずける。一旦冷静になろうと思った。でも、かえってときめく羽目に陥った。


 ベッドに背を持たせかけた振動で優季の体がずるりと傾いて晴空の肩に頭が乗った。


(くうっ・・・・・・!)


 乗った頭がかしいでうつむく。


(・・・・・・息がッ)


 吐息が首にかかる。

 優季が息をするたびに彼女の息が首もとを撫でた。そして、右の二の腕にやわらかな膨らみが当たっている。気になりだしたらとまらない。全神経が腕に集中して意識がピンポイントで感触を補足している。


(胸が・・・・・・ッ)


 やわらかな感触が晴空の耳を熱くする。


(起こそう。おい、いつまで寝てるんだ? って、いつもみたいに軽く頭叩いて起こせばいい)


 でも、起こせない。

 心臓は忙しない。


(起こしたくないのか? この感触を味わうために? いやいやいやいや、それはヤバい。相手は優季だぞ)


 殴り殺されるとかそういうたぐいのヤバいじゃなかった。

 いままで異性として意識したことがない相手にそういう感覚を持っているってことがヤバいと感じる。


「ん・・・・・・晴空?」


 晴空の全細胞がぎくりとビビった。


「ああぁ~・・・・・・、寝てた。おはよう」


「おはよう」


 寝起きに晴空がしたのと同じように、横で優季が伸びをする。必然的に胸に目が向いて頬っぺたを叩いた。


「あは、何してるの?」

「か、蚊がいた」

「え? 蚊が?」


 笑う優季に晴空も笑う。


「あのさ」

「ん?」

「なんでスカート?」

「は? なに急に?」

「この間、言ってたろ」

「あぁ・・・・・・気にするな」

「気になるよッ」


 目を丸くした優季に見つめられてなんだかばつが悪い。湿気ったポテチを口に放り込んで黙った。


「あのさ」

「だから何?」

「女子になりたいのか?」

「はぁあ?」

「いや、違う。女子に戻りたいのか?」

「おいこら、元から女子だが? ああ?」

「違う違う、女子らしい格好したいのか?」

「もぉ、いいからッ。俺にかまうな」


 眉間にシワを寄せた優季がひらひらと手を振る。


「誰に見せたいんだ?」


 優季からおふざけ混じりの怒りテンションがぷすっと消えた。

 こちらには目を向けず、優季もポテチを口に含む。ポテチ特有のさくさく音はなく、湿った感じが優季の表情と妙にマッチしていた。


「誰にとか、別に・・・・・・なんというか」


 優季の横顔を見ていた。

 彼女にしては珍しく歯切れが悪くて落ち着かない。


「誰だっていいだろ」

「よくないよ」

「いいじゃん」

「誰が好きか教えろ」

「なんで」

「聞きたい」


 こちらに顔を向けさせようと肩に手を置いた。その手を優季に払われて、それでも手を伸ばしまた払われる。


「俺だけ好きな子の名前知られてるって割に合わん」

「そっちが勝手に相談したんだろ」

「相談できる女子お前しかいないし」

「女子って思ってないくせに」


 伸ばした晴空の手が図らずも優季のおでこにヒット。


「晴空ッ」

「おっ! いっぽ~ん」

「このッ! ちびはるがっ!」

「うわっ、やめろ」

「このこのこのぉ~~!」


 手を伸ばして払われて脇をくすぐったりくすぐられたり。


「やめろ! きゃはは」

「ぎゃははっ。お前こそやめろ!」


 どたばたした挙げ句に床に転がって、笑った後に静寂がやって来た。


 優季の両腕を取り押さえた晴空は彼女にまたがった状態で見下ろしていた。床に寝転ぶ彼女の腕を床へ押し付けて。それはいわゆる床ドンスタイルで・・・・・・。






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