俺の音楽

折上莢

第1話

 ぐちゃぐちゃに踏み躙られたチラシ。ギターを持っている人やマイクを持って歌っている人が映っているのを見る限り、合同ライブのお知らせか何かだろう。

 横目でそれを見て、目を逸らした。

 背中のギターが重い。これから向かうのは小さなライブハウス。あんな無惨なチラシを見てからじゃ、かなり気が重かった。

 旭冴はこれから、とあるバンドの面接に行く。

 高校時代は軽音楽部に所属して、ギターボーカルを務めた。そのライブを見てくれた、バンドのリーダーが声をかけてくれたのだ。

 正直、もう音楽はやめようと思っていた。高校時代組んでいたバンドは、あまり人間関係がうまくいっていなかったから。空中分解寸前のメンバーを繋ぎ止めていたのは旭冴だった。


「…はああああ…」


 断ろう。グループに入ったって、あのチラシみたいにぐちゃぐちゃになって終わりだ。

 しっかりと決意をして、ライブハウスの門を潜った。


「失礼しま…」


 パン。


「…す?」


 破裂音と顔にかかる紙、テープ。突然のことにポカンとしてしまった。


「あれ? あんま驚いてないよ千世」

「本当ね、棗。心臓が強い人なのかもしれない。やったわ」


 目の前にはクラッカーを持った女子が二人。手を取り合って喜んでいる。


「え、あの…? 俺、面接に来たんですけど」


 どう見てもこれは歓迎されている。メンバーの一人として。


「面接? 面接って言ったの?」


 千世が尋ねると、棗は首を傾げた。


「言った…かも?」

「いや言われましたよ」


 棗と呼ばれた女子の方には見覚えがあった。旭冴を勧誘に来たのは彼女だ。


「じゃあ、君の名前と年齢を教えてくれ」

「佐藤旭冴です、今年で十九歳です…」


 問われるがまま答えると、棗はにっこりと笑った。


「うん、よし、合格」

「待ってください」

「ギターと、ボーカルもできるんだよね。採用」

「待ってください」

「ギター持ってきてるね? よし早速この間君のバンドがやってた曲から合わせようか」

「待ってください」


 トントンと進んで行く話をどうにか止める。ドラムの方に向かっていた棗とベースを肩に掛けかけていた千世はきょとんと旭冴を見上げた。


「あの、俺、今日断ろうと思ってて…」

「えー? 君はこんな可愛い二人からの誘いを断ると言うのかい?」

「俺、もう音楽辞めたくて…」


 千世がさらに首を傾げた。


「じゃあなんでギター持ってきたの?」


 口をつぐむ。


「本当に断る気なら、手ぶらでくればよかったじゃない」


 そうだ。本当に断るだけなら、スマホと財布だけ持ってくればよかったはず。

 でも、旭冴はギターと共に来た。


「…」

「音楽を辞めたいと貴方は言う。けど本当は、そんなことないんじゃない?」


 千世の言葉に何も返せないでいると、棗が千世の肩に腕を回した。


「そうそう! 自分の気持ちには正直に生きなきゃね。と言うわけで、君も早くギターを出したまえ」


 ぎゅっと旭冴が拳を握ったのを見て、棗は満足そうに笑った。

 棗がドラムの奥の椅子に座る。千世がベースを抱える。

 旭冴の頭に過ぎる、ぐちゃぐちゃになったライブのチラシ。空中分解しそうになったメンバー。

 なぜかわからないけど、この二人となら大丈夫、そんな確信があった。


「来たまえ、私たちは君を歓迎しよう」

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