第7話
青い空。広がる田園風景。空高く飛ぶ、鳥の声――
目の前の景色は見慣れたものだったはずなのに、瑠菜はしばしじっと見入ってしまった。ずいぶんと長いこと、森の中にいたような気がする。
「――ここは、お前のわかる場所か?」
「いえ……多分、村の近くではないんだと思います。でもこの景色は、今の時期にわたしの国でよく見るものです」
「そうか。――幸いに、あちらに街道があるようだ。そこまで行けば何か手掛かりが得られるかも知れん。お前の村に帰る道筋がな」
レイは真っ直ぐに指さした方向へと歩き出した。慌てて瑠菜も後を追う。
少し歩くと、すぐに街道と呼ばれる道へとたどり着けた。
街道と言っても、砂利と石灰を撒いただけのでこぼことした道だ。かつてあった大王朝、七大陸の全てを従えたテシウス王の時代には、街道は舗装されていたと伝えられているが、今の北東大陸アルンではその舗装は失われている。
「そういえば――瑠菜、お前の村は何と言う名だ? 聞くのを忘れていた」
「沙羅の村といいます、レイさん」
「わかった。いや、村の名を知らなければ人に尋ねることも出来ないと思ってな。さて、どちらに向かおう。人が通るか、看板でもあれば良いのだがな……」
レイが思案をめぐらしはじめたところに、遠くから馬の足音が聞こえてきた。音の方を見ると、馬車がゆっくりと向かってきている。
「儲けたな、瑠菜。これで帰り道がわかるかも知れんぞ」
馬車の方に向けて、レイは手を振った。馬車を御してる者もそれに気付いてか、手を上げて答えてくれる。
二人の横まで来ると、馬車をとめて御者が藁で出来た帽子を取った。このあたりの農夫だろうか。
「見たところ、旅の人だな。どうしたんだい?」
「尋ねたいことがある。沙羅の村、という名の村がどこにあるか知らないか? この娘を届けてやりたいのだが」
「沙羅の村かい。この街道を南に行けばいいが、少し歩くぞ。――丁度いい、乗っていくか? 俺も南に向かうんでな。村へと続く小道のとこまでで良けりゃ、乗せてってやるよ」
「それは有り難い。世話になる」
「決まりだな。じゃあ荷台に乗ってくれよ。狭いところだが、それは勘弁してくれ」
御者は帽子を被り直して、前を向いた。
「助かったな、瑠菜。有り難く乗せて貰おう」
レイは先に荷台に乗り込むと、瑠菜に左手を差し出してくれた。瑠菜がその手を取ると、ぐっと荷台に引き上げてくれる。荷台はこの季節に採れる米や野菜でいっぱいだった。
二人が乗り込んだのを確認すると、馬車は再びゆっくりと走り出した。ゆっくりと言っても馬車だ、人が歩くよりはだいぶ速い。
「何とか今日中に帰れそうだな、瑠菜」
「はい、レイさん。本当に、ありがとうございます」
「何、気にするな」
ガタガタと揺れる荷台はお世辞にも乗り心地が良いものではない。それでも、長い距離を歩かずに済むのは有り難いことだ。
黄金色の大地が、澄んだ青空がゆったりと流れていく。
もうすぐ家に帰れるんだ――そう思うと、自然と瑠菜の頬には笑みがこぼれるのだった。
「この小道だ。ここを行けばじきに沙羅の村だぞ」
「わかった。乗せて貰えて助かった。――これは礼だ」
「悪いな。じゃあ、気をつけてな」
馬車が街道を行くのを見送ってから、二人は小道を歩き始めた。
小道は一応整備されている街道と違い、道幅も狭く、曲がりくねったものだ。地面も街道以上にでこぼことしている。
この風景には、確実に見覚えがある――本当に村に、帰り着けたのだと思うと喜びもひとしおだった。
「その顔だと、この辺りは確実にお前の村なのだな」
「はい。もう少し道を行けば、わたしの村に着きます」
「そうか。――先に行ってもいいぞ。早く家に帰りたかろう」
「いいんです。ここまで来たら、本当にあともう少しですから」
稲穂の間を走るくねくねとした道を行くと、やがて高い子どもの声が響いてきた。村の子どもたちの声と思われる。
「今日も皆、外で元気に走り回ってるのね」
「子どもは元気なのが一番だ。この辺りの子らは何をして遊んでいるんだ?」
「毎日いろいろですよ。かくれんぼとか、鬼ごっことか」
そんなことを話しながら歩くうちに、建物の影が見えてきた。やがて目の前が開け、簡素な門が現れる。――瑠菜にとっては、一番見知った光景だ。
「ここです。ここがわたしの村です、レイさん。もしよかったら、わたしの母と妹にも会っていってください。ここまで連れてきていただいた、お礼もしたいですし」
「礼は別に良いのだがな。まあ、お邪魔しよう」
瑠菜はレイと並んで、ようやく帰り着けた村の門を通ったのであった。
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