9.最後の戦い、希望の明日へレッツマッスルですわ!!
「これはどうしたのでしょうか! 間も無く試合開始時間となりますが、ヴァルドネル家のマッチョマン選手が姿を現しません! 何かのトラブルかぁ〜?」
注目選手まさかの不在に慌てる実況者に、その対戦者である大剣を背負った剣士風の大男は小さく嘲る。
(確実に不戦勝で決勝進出できるとは、楽な仕事だぜ)
彼は賭博運営者、つまりクマローク伯爵に雇われている選手だった。ここまでの試合も八百長に近い形で勝ち上がってきており、懸念事項であったマッチョマンも運営側が片付けたと聞いた。
(あとは決勝戦で適当にやって負けるだけ、いい商売だ)
「このままでは不戦勝となってしまいますが果たして……いやこれは、何の音だぁ!?」
実況が何かの破砕音を聞き取り、大男もそちらを向く。向いたのは闘技場の外側、具体的には外壁の方で、
「いったい何がぁ……!?」
その光景に、全員が唖然とした。金属の部品を組み合わせてた鉄の塊にタイヤを二つ縦に並べた乗り物らしきものが、外壁を乗り越えて飛んできたのだ!
この世界の誰もが見たことのない未知の道具に跨って現れたのは、黒いサングラスをつけたショワちゃんとマレーナであった!
どすんとその大型バイクが闘技場の中央に着地し、二人が名乗りをあげる。
「遅れてしまい申し訳ありませんわ! 我が家にて火急の要件があり、急ぎ戻った次第です!」
ぺこりと迎賓席の国王と妃に頭を下げる令嬢とマッチョ、実況が「それでは選手も揃ったところで」と仕切ろうとした矢先に、相手選手のセコンドが声を上げた。
「待て待てぇ! そんな無礼な登場をしておいて許してくれとは何事か! ここは格式高い王国主催武闘大会だぞ!」
「いえ、ですが我々運営としましてはきちんと間に合いましたし無効試合になるよりは遥かにマシなのですが」
「一介の仕切り屋が貴族の話に口を挟むな!」
「ええ……」
なおも喚き続け「いいからその無礼者を反則負けにしろ!」とのたまうセコンド席の貴族に、実況は腕組みをして少し悩んでから、
「それでは国王陛下に裁量をお願いしたいと思います! 如何でしょうか!」
突然問われたが、国王は豊かな顎鬚を少し撫でてから、妻に尋ねる。
「お前はあれどう思う?」
「かっこいいと思うわ、貴方は?」
「わしあれ欲しい」
「陛下は全てを許すと申しておりますわ、よろしくて?」
「はい! 結構でございます! ありがとうございます!」
「な、バカな……こんなはずでは」
計画がおじゃんになり愕然とする貴族と大男。サングラスをしまい拳をぽきぽき鳴らすショワちゃん。そそくさとバイクを自分のセコンド席へ運ぶマレーナ、全ては整い。
「それでは準決勝、開始です!」
無情にも試合開始のゴングが鳴り響いた。
***
「さぁショワ様、決勝戦はこのあとすぐでしてよ」
「……ああ」
総試合数が少ないため、準決勝と決勝戦は日を跨がずに行われる。それまでの待機時間、二人きりの選手控え室で、マレーナは何か主人らしいことを言うべきか眉を八の字にして考えてから、やめた。
「今更、ショワ様に戦い方をどうのと私から言うこともありませんわね? 貴方様は最強の勇者ですし」
それにと、マレーナは懐に持った書類の内容を思い返す。そこにあるのはグライザが時間の限りを尽くしてかき集めてくれたクマローク家が主催した賭博に関する情報が記されている。
これまで倒してきた商人や貴族からも奪ったそれらがあれば、あの伯爵を告発することも難しくないはずだ。
敵はマレーナがここに戻ってきたことしか知らない。あえて接触を避けるように動いているからだ。故に敵はこちらが両親を殺めてきたか、やぶれかぶれで特攻してきたとしか考えていない。なので付け入る隙も十分にあった。
ともかく、動くのは大会に優勝してからである。それがマレーナの掲げる第一目標であり、同時に告発の瞬間に最適だからだ。
「……」
ふと、正面の椅子に腰掛けるショワちゃんを見る。たった数日だが、何度も救われ、窮地を共に駆け、助けてくれた。マレーナにとって正真正銘の勇者様。貴族として、一人の少女として、これ以上に心強くあってくれた異性が、果たしていただろうか?
「……どうした」
だからか、少女の口は普段より良くまわった。
「本当に、ショワ様が来てくれて助かりましたわ、もし召喚に成功していなければ、私自らが試合に出ることになっていましたし」
「…………」
「きっと、グライザさんにも勝てなかったでしょうね、そして運が悪ければそのまま始末されて、こうして生きてはいなかったかも」
「…………」
「だから、本当に感謝しています。言葉では言い表せないくらい、本当に……ですjから、その……」
「……その願いは叶えられん」
ショワちゃんはそう言い切った。話す途中からそんなことは理解していたと、それでも嫌なのだと、涙を流しうつむいていやいやと首を振る少女に、不器用な戦士は「この戦いが終われば、別れだ」と正直に告げる。
「俺が戦うのはお前の家を救うためにこの武闘会で勝利するためだ。それが成されれば、俺は契約を満たしたとしてこの世界から消える」
そう、ショワちゃんとマレーナの間に結ばれた勇者召喚魔法の契約には条件があった。それは、勇者を召喚するための願いは原則一つのみということ、それを終えれば契約は強制的に終了する。
つまり、このまま優勝してマレーナの望みが叶えば、ショワちゃんは──
「でも、私は貴方にもっと恩返しがしたい……!」
「不要だ」
「お父様とお母様にきちんと紹介して、一緒にお茶会をして……!」
「叶わぬ」
「ずっとずっと、パートナーとして一緒に……」
「マレーナ」
初めて名前を呼ばれ、びくりと震える。だが、それは叱りつけるものではなく、諭すような、優しい声音だった。初めて、彼が戦士の漢ではなく、大人の男性として口を開いたのだと、察した。
「お前は良い女だ。まだ若く青くも強く、己を曲げず、一本の確かな柱を心に持っている。だからこそ、俺は召喚されたのだ……俺に願いを届けたお前の強さに、俺のような存在などいらぬ」
「ショワ様……」
「誇れ、お前は俺のような余所者などいなくとも生き抜いて行ける、俺の強き友だ」
にっと、彼の筋肉質な口元が笑った。つられて、マレーナもふふふと小さく微笑む。
「……ずるいですわ、そんな風に言われては、何も言い返せません」
マレーナは大きく息を吸って、吐き出した。心の内にある未練を、ウジウジとした自分を、全て吐き出すように、長く長く。
そして肺の中が空っぽになるほど息を吐いて、薄ら赤くなった目元をぐいっと手で拭った。そこにはもう、別れを惜しむ少女はいない。
「さあショワ様、参りましょう! あの憎ったらしい悪党伯爵の駒をとっちめて、全てを国王陛下の下に曝け出してやりますわよ!」
「ああ、そうしてやろう」
身長二メートル近い筋肉ムキムキマッチョマンの勇者を引き連れて、伯爵令嬢は会場へ向かう。
長いロングの金髪を靡かせて、真っ直ぐ伸びた背筋で胸を張り、堂々と歩く。
その姿を見て、誰も彼女が没落した貴族の娘とは思わないだろう。
「さぁ、ヴァルドネル・マレーナ伯爵令嬢と勇者ショワの武勇伝、感動のフィナーレと参りましてよ!!!!」
会場から流れ込む光と歓声に包まれながら、二人の強き者は最後の舞台へと降り立った!
《第十話「マレーナ伯爵令嬢、魔法学園編へ突入でしてよ!」につづく》
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