7.狙われた没落令嬢!? 動き出す黒幕ですわ!

「決まったー! 槍使いのポールトン、マッチョマンの拳を前に敗れました~! この武闘家はどこまで行ってしまうのか! 無手での準決勝進出は現国王陛下以来の快挙となります!! 偉大な筋肉に私は感服するしかありません!!」


 必殺の一撃を放った隙を突かれ、顎に突き上げる一撃を受け宙を舞った槍使いが地面に倒れ動けなくなったことを確認した実況が、勝利者であるショワちゃんを称える。


「わしがあと二十年……」


「あらいやだわ、貴方なら今でも通用しますでしょうに」


「このまま優勝してしまえば陛下の偉業にも匹敵します! 新たな英雄の誕生と会いなるのか、それともそれを阻止する強者が現れるのか! この後の試合も目が離せません!」


 湧き上がる観客席の隅に、その男はいた。背が高い身形の良い服を着た彼は、セコンド席まで戻ってきたショワちゃんに飛び付き感激しているマレーナを見て、口の中で呟く。


「ふっ、やはり君は面白い女性だ……」


 クマローク・マルギネッタン伯爵は絶えない喝采の中、不敵な笑みを浮かべた。


 ***


「ここでの食事もあと三日しかできないなんて……名残惜しいですわ」


 よよよ、と涙を流しながら香辛料たっぷりの食事を口いっぱいに頬張るマレーナ伯爵令嬢、その隣では相変わらずショワちゃんが具の少ないスープを静かに飲んでいる。


「しっかし話の顛末を聞いた時は驚いたぜ、マレーナ様もそんなに強かったとはな」


 その対面、コーヒーを啜った雇われ傭兵のグライザが感心していた。

 彼は一回戦のあとマレーナに大会が終わったら自分を雇わないかと持ちかけ、彼女からの「後払いで良いなら今からでも」という条件を飲んで雇用されていた。


 彼の活躍は凄まじく、自分の古巣であるアルタナ商会の違法賭博参加や刺客を雇い伯爵令嬢を襲撃しようとしたことに関する証拠品を盗み出し、そして先日のオーシトメ子爵に関することでも同様の働きをしていた。


「貴方のような強い方に褒めていただけるなんて、光栄ですわ」


「よせよせ、あんたの隣にマッチョがいるのにそんなこと言われても、嫌味に聞こえちまう」


「……だが、お前もまた強敵(トモ)であった」


「わぁったわぁった……たく、調子狂うぜ」


 むず痒いと後頭部を掻いたグライザが「それよりも、報告だ」とマレーナに書類を手渡す。

 受け取った彼女が切長の目を細めて内容を一瞥すると、眉を顰めてはぁと溜め息を吐いた。


「我が家への襲撃を企てていた動きが、こんなにあったなんて……」


「今のあんたらは賭博やってる連中からしたら目の上のたんこぶなんてもんじゃないからな、しかも二度も参加者を破滅させてる……なりふり構っていられんのだろうさ」


「嘆かわしい……由緒正しい武闘大会をなんだと思っているのかしら」


「やあ! そこの席は空いているかい?」


 グライザが返事をする前に、そこにいる誰のものでもない声が割って入った。三人が声がした方をみると、背の高い紳士的な男性が「失礼するよ」と近くの椅子に腰掛けていた。


「貴方は、クマローク伯爵?」


 マレーナが僅かに目を見開いて驚く。彼はヴァルドネル家とも交流がある同じ伯爵家の当主であった。父とも交友があり、彼女自身も幼少の頃から何度も会ったり、遊び相手をしてもらったことがある。


 年相応を感じさせる佇まいだが、しゃんと伸びた背筋からまだまだ現役で活動していることが窺い知れる。まさかの大物登場に、グライザも姿勢を正した。


「こうして会うのは五年ぶりかな、あの頃はもう少し小さかったと思うが、立派に成長されたものだ」


「ありがとうございます」


 席を立ち折り目正しく礼をするマレーナにクマロークは頬の小皺を増やして笑みを浮かべた。それから隣に立つショワちゃんを見上げ「おお……」と感嘆する。


「観客席からも見ていたが、素晴らしい肉体だ……君はどこの生まれかね? どこかの武家や道場に師事を受けていたのかい?」


「……」


「クマローク様、こちらのショワ様は私が召喚した勇者でございます。この世界における武術などとは切り離された存在なのです」


 その説明を聞き、伯爵は「なんと……」と口元を抑えて驚き、納得したと頷いた。


「それならばあの強さも理解できるな、君の父や祖父は召喚魔法について研究していたが、その一端というわけか……」


「ええ、代々受け継がれてきたその力を使い、彼を呼んだのです……我が家を復興させるために」


 ぎゅうっとマレーナの拳に力が入り、口元が強張る。その決意の硬さを感じたのか、伯爵は「立派になったね」と目尻を曲げた。


「君たちヴァルドネル家は残念なことになったが、君の頑張り次第で伯爵家としての力を取り戻せるかもしれない」


「そう言っていただけて嬉しいです。必ず、ショワ様と共に優勝して──」


「だが、それでは少し困ってしまうな」


 え? とマレーナの表情が固まる。目の前にいるクマローク伯爵が、自分の両親とも知古の仲にある貴族の当主が、何を言っているのか理解が遅れる。


「君たちが活躍してくれたおかげでビジネスのライバルが減ったのは助かる。けれどね、これ以上は少し過剰なんだよ。そろそろ抑えてくれないと私が困ってしまうんだ」


「な、にを……?」


「マレーナ、君も十六になるのだからもう少しビジネスというものを学んだ方がいい。若い君まで両親のような古くてカビの生えたような人間になってはいけない」


「あんた、まさか……」


 思わず盛れたグライザの呟きに、クマロークはにこりとした紳士的笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、君がそちらにいるならマレーナも大体は知っているだろう。賭博という新しいビジネスを運用しているのは僕だ」


「そ、それは違法行為ですわ! たとえ貴族であっても犯してはならないことです!」


 ようやく口が動いたマレーナの声は震えていた。まさか同じ伯爵家がそんな犯罪行為に加担していたとは思っていなかった。動揺が隠せていない。


「それもまた古い考え方さ、私たち貴族はいつも革新的に動いて新たな富を生み出さなければならない。その一貫が戦だったりしたわけだが、最近はその機会も激減した……ならば、すでにある物を使ってそれをしなければならない」


「だ、だからって……」


「ふふ、君は本当にご両親に似ているね。その鋭く強い眼差しも、長く美しい髪も、戦士としての素質も、素晴らしいことだ……けれど」


 途端、ぎらりと射抜くような視線がマレーナを釘付けにした。その目には欲深い権力者の持つドロリとしたドス黒い情念に焚べられた仄暗い炎が宿っているように感じられ、まだ小娘に過ぎないマレーナは、クマロークという貪欲な大人を前に蛇に睨まれた蛙と化してしまう。


「その頑固で潔癖なところまでは似ないで欲しかったね。そのためだけに歴史ある君たちの家を潰さなくてはならなくなったのだから」


「な……なんと……言って」


「流石にそこまでは掴めていなかったかい? 隠すことでもないが、君の家が没落するように仕向けたのは私だ。君の父と母がいけないのだよ?」


 マレーナの頭は混乱の極みに陥る。自分たちを貶めたのが両親の旧友で遊んでもらったこともある。幼い頃は素晴らしい貴族として尊敬すらしていた伯爵家の主だったなんて、想像もしていなかった。


「今時トレンドでもない正義感だ義理だ責務だ、ちっともビジネスに繋がらないことにこだわり、しかも私を国王陛下に密告するなどと言うのだからね。そうなっては、消えてもらうしかあるまい?」


「どう、して……父と貴方は、旧友で」


「確かに君の父は良い友であったよ、だが良いビジネスパートナーではなかった。それだけだ……さて、本題に入ろう」


 一方的に告げて、伯爵は懐から一枚の紙と小さな薬瓶を取り出してマレーナの前に置いた。


「さっきも言ったが君はまだ若い、まだ価値観も凝り固まっていないはずだ。だからチャンスをあげよう」


「チャンス……?」


「この薬は私の部下で開発した新薬でね、弱っている人間をそのまま緩やかに、口も聞けないようにしてから数日で楽にしてあげることができる。誰にも怪しまれずにね」


 机の上に置かれた手の平ほどの薬、言い方は誤魔化しているが人を殺すための毒薬だ。マレーナの頭の中でこれまでの言葉とそれが線で繋がり、この男が己にさせようとしていることを察して「まさか……!」と驚愕する。


「そしてこの紙は契約書だ。君が無事にきちんとヴァルドネル家を継いだあとについて記されている。読みたまえ」


 促され、震える手で丸められた紙を広げて目を通す。その内容に、紙を掴む手が強張った。


「今後一切、私たちのビジネスの邪魔をしないなら、君の家が力を取り戻す手助けをしてあげよう。何なら、君をビジネスパートナーにしてあげてもいい。ちょうど息子の婚約相手も探していたしね……まぁ歳は十離れているが、可愛い盛りの子だよ」


「貴方は、どれだけ我が家を貶せば……!」


「……本当に君は両親に似ているね」


 ここまで温和な態度を保っていたクマローク伯爵が机に手のひらを叩きつけた。ばんと鳴った音に、すっかり覇気を失った少女はびくりと震える。


「これは私なりの慈悲だ、一応は友人であった君の父に免じてのね。それすら受け入れられないのなら、私は少し面倒な仕事をしなければならない」


 その目は、暗に両親を始末すると告げている。「ど、どうかそれだけは……」マレーナの唇が震える。先日、人質を取られていた女剣士の気持ちが、このとき痛いほど理解できてしまった。


「いや、それをするかは君次第なのだがね? もしこのビジネスを邪魔しようと言うのなら、その薬を使うのは君以外の誰かになる……いや、薬なんて使う必要もないかもしれないな」


 ともかく、と伯爵は立ち上がり背を向ける。これ以上の交渉も何も受け付けないとその背が示していた。彼がマレーナに要求するのは、ただ一つ。


「君がくだらない正義感で癇癪を起こさないことを、年長者として切に願っているよ」


《第八話「没落令嬢、絆と共に立ち上がりますわ!」につづく》


 ---------------------------------------------------

【作者コメント】

 ここまでの拝読、ありがとうございます。

 もしも今後も気になると思って頂けましたら、作品フォローや☆評価、コメント付きレビューをいただけますと嬉しいです。


 今後とも応援いただければ幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る