6.闘技大会の闇! ついに私が本気を出しますわ!

 試合が終わりしばらく後、オーシメト家の若貴族は部下を引き連れ、監禁部屋へと向かっていた。


「あの庶民は?」


「すでにこちらで確保してあります。酷く衰弱しておりますが、坊ちゃんの遊び相手には使えるかと」


「見た目だけはいいからなぁあの脳筋女、虐め甲斐がないかもだけど、変に暴れられるよりはいっか」


 部下から医務室に運ばれていたスズヒメの身柄を確保したことを聞き、若貴族はほくそ笑む。これで賭けた金銭を失うことが確定した彼だが、そこまで怒ったり焦ったりしている様子は見られない。彼からすれば、闘技大会における優勝はそこまで重要視していることではなかったのだ。


 ただ余興で違法賭博に参加し、面白そうなので魔法剣士として名を馳せた家を襲い、人質を取ってそこの一人娘に戦わせて賭けをする。

 優勝できれば儲け物、それができずに賭けで負けても、人質を足の付かない他国に売り払いスズヒメは嬲って愉しむ。この貴族からすればどう転んでも得しかない。


 当然、スズヒメが優勝したとしても人質は売り払うし本人は口封じで消すつもりであった。自身より下の身分である彼女にした約束など、ハナから守る気はない。

 庶民をどう使って金銭に替えようが貴族の自由、それがこの若者にとって絶対の常識であった。


 廃屋が多い貧民街の一角にある監禁部屋、半地下の薄汚い小屋の前ではすでに縄で縛られたスズヒメの家族や仲間が並べられており、柄の悪い男たちによって荷馬車に積み込まれるところだった。


「それでどこに売り払います?」


「もう売り先は決まってるんだよね、うちと取引があるところだと怪しまれそうだし、いっそこっちに喧嘩売ろうとしてるとこにやろうと思っててさ、一応は剣と魔法が使える奴隷ってことなら売れるでしょ」


「よろしいので?」


「いいのいいの、だって困るのはそこと向かい合ってる辺境伯で、僕ちゃんじゃないし」


 どこまでも自分勝手にへらへら笑う若貴族。彼からすれば自分の属する国ですら金蔓としか考えていない。全ては貴族である自分の思いのまま、上位階級とはそうあるべきなのだと思考する故の傲慢さ。


「上の奴らが文句言ってきたって金出せば黙ってくれるし、人生チョロくて大助かりさ、ほんと貴族に生まれてよかったぁ──」


「貴族もどき狩りでしてよー!!!!」


 突然の一声! どこからだと周囲を見渡す一同のまず荷馬車付近が吹っ飛んだ!


「ぐえええ!?」

「ぎゃあああああ!!」


 黒く大きい何かにぶっ飛ばされた大男たちが床を跳ね壁に激突し動かなくなる。そこにあったはずの廃屋をぶち抜いて姿を現したのは、全高三メートル近くはある──


「な、なんだぁこの化け物馬ぁ!?」


 そう、馬だった! 通常の馬の倍近く巨大で筋骨隆々の肉体を光すら吸い込むような真っ黒な体毛で包み、瞳からは青い炎を噴き出している。正しく黒き王とも呼べるその見た目は、生物学上は馬だが明らかに人知を超えた怪物だ!

 その怪異が前足で地面を盛んに蹴り、若貴族と荒くれたちを威嚇する!


 その上に跨っているのは当然、


「直接お会いするのは初めてですわねぇ、オーシトメ・クライザ子爵?」


「…………」


 大胆不敵な笑みを浮かべるヴァルドネル・マレーナ伯爵令嬢と、乗っている怪物よりも迫力のある筋肉むきむきマッチョマンのショワちゃんであった!


「ぼ、没落令嬢だって!? なんでここが、というか何なんだよお前いきなり!」


「それは勿論、不当な奴隷取引と違法な拉致監禁を聞きつけてやってきましたのよ、何かおかしいことがありますでしょうか?」


「ん、だとぉ?」


 突然の乱入者に慌てふためく。どうして少し前に加担した騒動で没落させたはずの貴族令嬢が、自分の邪魔をしてくる!?


「お前わかってんのか! これは高貴なる僕様ちゃんへの明らかな妨害行為だ! 許されざることだぞ! しかもお前みたいな貧乏ゴミ貴族が、しちゃいけないことくらいわかるだろ!?」


「ふむふむ、なるほどなるほど」


 一方的に怒鳴り散らす若貴族に対し、マレーナはうんうんと頷くばかりで、まるで意に介していない。

 下に見ている相手から完全にコケにされている。それは彼にとって何よりも逆鱗に触れる態度であり、腰に下げていたお飾りの剣を抜いて激昂する。


「聞いてんのかゴミ女、ぶっ殺され──」


「伯爵家に対して言いたいことはそれだけですか? 子爵殿」


 ぞくりとする声音だった。遥か馬上、たかが子爵である若貴族からすれば騎乗の人である伯爵令嬢の、冷ややかな鋭い視線が突き刺さる。


「貴方こそ少しは身分を弁えてはいかがでして? 六百年と続く王国に代々仕え続けてきた我がヴァルドネル伯爵家に、たかが出来て五十年もない成り上がりの子爵家が、良くもそんな態度を取れましたわね?」


「かっ……!」


 その言種は彼にとって度し難かった。身上の貴族ですら金や女で転がせると思っている彼よりも若い身の、しかも没落して見る影もない家の女が、真正面から「お前は私より下だ」と馬の上から見下してきている……!


 ぶるぶると怒りに身を振るわせた若貴族の動きは早かった!


「お前らこいつを殺せ! 生かして帰すな!」


「し、しかし、相手は伯爵家で!」


「うるさい! この僕に逆らったんだから伯爵家だろうが公爵家だろうが殺すんだよ! 金払ってるんだから働けゴミども!」


 一瞬戸惑う荒くれたちだが「従わないならお前らを売り飛ばすぞ!」という激昂に武器を取り構える。じりじりと黒馬に跨るマレーナとショワちゃんに迫り来る愚か者たちに、マレーナはため息をついた。


「やれやれ、やはり最後は力が必要ですわね、ショワさま?」


 やってしまいましょう。言った直後、マレーナを素早く抱えたショワちゃんの巨体が跳んだ! おおっとその挙動を目で追った荒くれの群れに、空馬と化した黒い巨体がいななき突進する!


 体重トンを越える大重量の全速力を受ければ、それは人間に止められるものではない! ボーリングのピンのように大男たちが跳ね飛ばされ、その勢いのまま奴隷運搬用の荷馬車と人質の見張りも粉砕する! そのまま暴れ狂った馬は眩い光を放ったかと思うと炸裂し、膨大な魔力の波動で敵の動きを止めた!


「ショワさま、そちらはお任せしますわ!」


 その隙にばっと金髪を靡かせて巨体から飛び降りたマレーナが縛られている人質たちに駆け寄り、安否を確認しようとする! そこへいち早く立ち直った荒くれの一人が「この女!」と立ち塞がるが、


「お退きなさい下郎!」


 瞬間、男の肉体に五発の拳が入った! 瞬時に見抜かれた急所縦一列を横断するように入った衝撃は、容易く男の意識を刈り取り体を崩れ落とす!


「こ、この動きはっ!」


 人質の一人、ハシモト流道場の師範が唸る。彼も長く武道を学んでいるので知っていた。ヴァルドネル家は元々武力で国を支えてきた存在である。ここ数十年は大きな戦もなくなりその武力は衰退したと噂されていたが、とんでもない!


「私の前に立ち塞がるならば、覚悟してくださいませ!」


 ぎろりと他の荒くれを見据え睨む令嬢の切長の瞳は、まごうことなき武を極めた者の瞳だ! ドレスを翻し舞う、細くしなやかな四肢がまるで一つの刀剣のように見える。その迫力に、人質も状況を忘れて見惚れた!


「な、なんなんだこいつらぁ!?」


 若貴族は剣を持つ手を震わせて動揺する。格下と見ていた没落令嬢は大立ち回りでせっかくの人質を解放してしまい、目の前にいるマッチョな巨漢は部下が振るった剣を握り潰して粉々にしている!


「ひっ、助けてくれぇー!」


 武器を砕かれ顔面も砕かれた仲間が絶命し倒れたのを見て、他の荒くれたちは武器を放り捨て逃げ出してしまう! 「お、お前らふざけんじゃねぇ!」そう声を荒げる若貴族など誰も顧みない。気付けば横にいたはずの側近もいつの間にか姿を消していた!


 なんという人望のなさか、どうしてそうなったのかも理解できない若貴族の前に、荒くれを叩き伏せた伯爵家令嬢が現れる。


「お、お前、こんなことしてタダで済むと思って……」


「あら、貴方が言える言葉ですの?」


 どういう意味だと聞き返そうとした彼の眼前に、一枚の紙が突き付けられた。それが何なのかを理解して、その顔面が蒼白に染まる。


「貴方、何の罪もない市民を脅迫して拉致するどころか、よもやそれを敵国に奴隷として売り飛ばす契約までしていたなんて、貴族がどうの以前の問題でしてよ?」


「ど、うして、それを」


「私、最近とっても仕事が早くて優秀な人を雇いましたの、昨日のうちには他の証拠も全て抑えて終わりましたわ」


「がっ、バカな……この僕が……お前みたいな底辺に……」


 完全に血の気が失せた顔でうわ言のように呟く子爵に向けて、はんと鼻を鳴らして伯爵令嬢は返した。


「その台詞、そのままお返ししますわ。貴族もどきの底辺さん?」


 ***


 スズヒメが目を覚ましたのは闘技場に備えられている医務室だった。ぼうっとした頭で自信が敗北したこと、気絶してここに運ばれたのだろうことを理解して、再び目を閉じた。


 もう己が生きる価値などない。守るべき人たちも守れず敗北した選手に存在する意味など……そう絶望している彼女の耳に、


「もし、スズヒメさんはいらっしゃいまして?」


 聞き覚えのある女性の声とドアが開く音が聞こえた。自分を負かせた漢の雇い主だ。返事をする気も起きずに無視していると、それにも構わず足音がずんずんと近付いてきていた。


「あら、まだ眠ってらっしゃるのかしら……でしたら、あの犯罪者から回収した契約書はここに置いておきましょう。今やケツを拭く紙にすらならない紙きれですが……顔の治療費に関しては、目が覚めたときに改めてお話しに来ますか」


 そんな独り言とゴトリ、とベッド脇にあった机に硬い何かが置かれた音が聞こえて、すぐに人の気配も離れていった。

 色々と不可思議に思えて目を開けて机を見ると、そこにあったのは直径数センチの灰色の球だった。やってきたマレーナが言うには契約書だそうだが、どう見ても紙ではない。


「なんだ……?」


 不思議に思いそれを手に取ってみると、感触は確かに紙のようなざらついたものだ。だが丸めた紙にしたってここまでつるりとした球体にはならないはずだ。

 万が一、凄まじい握力で握り潰して原子結合でもさせたのでなければ、こうはならないだろう。


「まさか、な」


 一瞬、それができるであろう人物の顔が頭に浮かんで首を振る。たかが対戦相手の、しかもこちらの事情など知らないと言ってのけた武人が、自身の考えられる甘く都合の良い想像のようなことをしてくれるわけがない。


 そう考えた彼女の耳に、今度はドタバタとした複数人の足音が近寄ってくるのが聞こえた。何だろうか、この部屋に見合い客が来るような怪我人は自分以外いないはずだが……


 スズヒメが怪訝な顔を向けた部屋のドアが勢い良く開き、彼女の見知った顔が大勢入ってきて、目を見開く。


 その目尻から一筋の涙が流れ、火傷の跡もない白い肌を伝った。


《第七話「狙われた没落令嬢!? 動き出す黒幕ですわ!」につづく》

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