4.第二の敵、美女の言葉にご用心でしてよ!

「さあさあ皆様お待ちかね! 王国武闘会第二回戦の開幕です! その先鋒を担う二人の選手を、大きな拍手でお迎えください!!」


 大会二日目。マレーナとマッチョ改めショワちゃんは、他選手の試合も見るということで観客席の最後尾に陣取っていた。

 一番後ろにいるのは一般客への配慮である。なにせこの巨漢が前に立つか座るかすると、後ろは何も見えないのだ。


「…………」


「あら、ショワ様はあの槍使いの選手が気になりますの?」


「…………」


「それは確かに……リーチの長さは長所でもあり短所、ですがあの槍使いはその短所を上手く打ち消しておりますわ」


「…………」


「なるほど、ショワ様でも警戒するべき相手かもしれませんわね……」


 さて、一見すると片方が独り言を口にしているだけとしか見えないこの二人の背後にやってきた女性がいる。控え室から第一試合でのショワちゃんの戦いを見てた美女だ。


 何を隠そうこの美女剣士、次のショワちゃんの対戦相手である。腰には細い長鞘を吊り下げ、冷ややかさを感じられる切れ長の瞳が、戸惑いに揺れていた。


 彼女はある目的のために二人へ接触を図ったのだが、


(……私には聞こえない声量で会話しているのか……?)


 マレーナはともかく無言で黙っているようにしか見えないショワちゃんが何を言っているのかわからない。というより本当に会話をしているのかも怪しい。すべて隣の令嬢の妄言ではないのか?


「…………」


「それはどうかと思いますわショワ様! 朝にしっかり食べたのですから、お昼もがっつり食べるべきかと! 継続は力でしてよ!」


「…………」


「それではいざという時に血が足りなくなりましてよ~!」


「……だが、胃腸に悪いぞ」


(会話してたか~……!)


 剣士は思わずこめかみを抑えて息を吐く。珍妙な選手だとは思っていたが、戦闘スタイル以外も変だとは思っていなかった。普通に声をかければいいのだろうが、そのあと会話になるか……?


「して、そちらのお方は何かご用でして?」


「なっ……」


 弾かれるように顔を向けると、いつの間に動いたのかすぐ近くにマレーナが立っていた。


(ば、バカな……気付けなかっただと?)


 まるで気配を感じなかった。この剣士も伊達に王国武闘会へ出場しているわけではない。並の戦士など相手にならないほどの実力はある。

 その彼女ですら、マレーナの接近に気付けなかったのだ。例え考え事をしていて集中力散漫だったとしても、ただの令嬢の小娘に後れを取るなど普通はありえない。

 そもそも、いつから自分の存在に気付いていたのか、考えれば考えるほどわからなくなる。


「……失礼した、決してあなた方に害意があるわけではない」


「それは安心しましたわ、貴女は確か次の対戦相手の方でしたわね?」


「ああ、オーシメト家に雇われているハシモト・スズヒメと申す」


 オーシメト家。その名前がマレーナの脳内で素早く解析され、記憶の奥底から情報を引き出す。


(我が家の兵を多数引き抜いていった輩ですわね……そのせいで、屋敷を賊に襲われて私財と大切な家臣たちが……)


 つまり、マレーナの敵の一味である。ぎりりと歯が鳴るのを気取られぬよう、表情筋に力を込めた。


「それで、スズヒメさんは何用でこちらに?」


「うむ、できればそちらの……なんと言ったか?」


 ちらりとマレーナの後ろにそびえ立っているショワちゃんに視線が向く。彼の名前はまだマッチョマン(仮)で登録されている。第一試合では奇しくもその仮名でしか呼ばれていないので、誰も昨晩命名された名前を知らないのだ。


「こちらはショワ様ですわ、私の頼れるパートナーですの」


 呼ばれ、小さくショワちゃんが長身を曲げて会釈する。それに合わせてから、スズヒメは小さく咳払いして用件を切り出した。


「できればそちらのショワ殿とだけ話がしたかったのだが……良いだろうか?」


「あら、私は構いませんよ」


「……良いのか? 私は敵だぞ?」


 その言葉と後ろめたさ、罪悪感が透ける表情をマレーナは読み切った。

 彼女は、雇い主がマレーナたちに何をしたのかを知っている。


「ええ、流石に何時間もは困りますが、少しの間でしたら……ここで試合の続きを見ていますわ」


 くるりと眼前に広がる満員の観客席を手で示してみせる。もしここでマレーナが襲われでもすれば、確実に大騒ぎになる。

 つまり、ショワちゃんが不在でもしばらくは安全だ。暗にそう言っている。


「わかった、気遣いに感謝する。ショワ殿もよろしいだろうか」


「……ああ」


 短く承諾しスズヒメに連れられて去って行くショワちゃん。振り向きもしないその大きな背をしばらく見つめてから、マレーナは今し方始まった次の試合を見始めたのだった。


 ***


「……それで、用件はなんだ」


 闘技場の裏、人通りもほとんどなく密会や内緒話にこれ以上最適な場はないだろう。そこでスズヒメは足を止めた。同じく静止したショワちゃんに背を向けたまま、小さく息を吸ってから、彼女は告げた。


「単刀直入に言おう、次の試合、勝ちを譲ってくれ」


「断る」


 取り付く島もないとばかりの即答、それも絶対に返答は揺るがないとわかる語気の強さがあった。拳に力を込めて平静を保ち、スズヒメはそれでも話を続ける。


「……こんなことを頼んでおいてだが、理由を聞いてもよいか」


「俺はあの娘から頼まれている。必ず勝てと」


「それだけ、だと?」


「ああ……」


 頼まれただけで、この強者はあの没落令嬢に絶対の味方をすると心に決めていると言う。スズヒメの唇が微かに震える。己の中に激情が沸きつつあるのを堪えながら、なお問いかける。


「何か、あるだろう? 莫大な報酬や名誉か、そういったものを対価に従っているのではないのか……?」


 雇われ剣士であるスズヒメにはそうであってほしかった。交渉の糸口になるだけではない。彼女自身にとっても──だから、その続きは無意識に口から出た。


「絶対に守りたい者のために従っているだとか、そういう──」


「くどい!!」


 がんと後頭部を殴りつけられたかのような声量だった。覇気すら感じさせる迫力に、思わずスズヒメは振り返る。

 彼女をまっすぐ見据える漢の目は、何の濁りもなく痛いほど真っ直ぐな闘気を放っていた。


「俺はあの娘の頼みに応えても良いとしたから顕現し、従い、戦っている! そこに邪な念など一つたりとも存在せん!! お前も戦士であるならば、実力でこの俺に打ち勝ってみせよ!!」


 それは戦う者としての正論であった。幼い頃から剣を振り、守りたいもののために鍛錬を続けてきた彼女にとっても深く深く突き刺さる、残酷な正論。


「……邪、だと?」


 だから、暴発した。


「ふざけるな! 貴様に何がわかる! 私に負けは許されない、勝たなければ守れないんだ! 負ければ皆、破滅して──」


「それはあの娘も同じこと、故に、お前自身に邪な念があるとは言わん」


「な……に?」


 自分の隠していることを見透かされたような声に遮られ口籠もる彼女に、ショワちゃんは宣告する。


「お前の戦う事情などは知らぬ、守りたいものがあるならば全力を尽くしてくるが良い。その強き想いを尊重する故に、俺は手は抜かぬ」


 全力で勝利するのみ──ショワちゃんは黙りこくったスズヒメを薄暗い場所に置き去り、背を向けて去っていく。


 そのぶれない後ろ姿を見て、スズヒメは理解した。あくまで彼は戦士なのだ。敵の事情など知りはしない、ただひたすら勝利を目指し戦う純然なる漢。そんな相手を説得できるはずもなかった。ならば、できることは限られた。


 懐にしまっていた碧い水晶のペンダント、彼女の戦う理由がこもった形見を握りしめ、女剣士スズヒメは決意を固める。


「……例え、この命が砕け散ろうとも」


《第五話「美女剣士の涙、マッチョの力で消し飛ばしてさしあげてよ!」につづく》


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