勇者召喚で一発逆転しようとしたら顔が濃いマッチョが出てきて闘技大会が世紀末でしてよ!? ~わたくしのお家復興は覇王に託されました~【10話完結】
3.マッチョマン、命名される! 今日から貴方はショワちゃんですわ!
3.マッチョマン、命名される! 今日から貴方はショワちゃんですわ!
「グライザめ、口ほどにもないやつだ!」
贅肉をつけた頬を歪めた男が、被っていたベレー帽を壁に投げ苛立ちをあらわにする。
この男、傭兵グライザの雇い主であり、禁止されている闇賭博に多大な額をつぎ込んでいた悪人でもあった。
当然、自分の雇っている傭兵が勝つことを前提とした賭けをしていたのだが、あろうことか初戦で儲けの計画がご破算となってしまった。しかも、自分たちが少し前に陥れた没落貴族によってだ。業腹ものだった。
「しかしどうしますかな、このままでは我が商会は相当の負責を負いかねません」
側近の小男に「わかっておるわ!」と怒鳴りつけ、ぎしりと腰掛けた椅子を軋ませた。商会主は机の木目を指で叩く。
「あの小娘を黙らせろ、裏から手を回してやつが何らかの違法行為をしたとし、試合の結果を覆させるのだ」
「何らか、とは」
「そんなものはなんでもいい、死人に口なし……何の弁明もできなければ没落した貴族の処遇などこちらで好きにできる」
ぎらり、肉で細まった瞳が鈍く光る。この男からすればマレーナなどもはや村娘と同等の存在で、それが自身の儲けを損ねるなど決して許せることではなかった。
だからこそ、物理的に始末するという最も単純な手段を取った。「かしこまりました」側近が部屋から退室するのを見送りもせず、商人の頭はもう誰にどう裏金を回すかの計算をするだけになっていた。
***
「先ほどはお見事でしたわ勇者様! 感服いたしました!」
「…………」
その頃、マッチョとマレーナの闘技場に備え付けられた飲食店で食事を摂っていた。具体的には、質素なスープを匙で少しずつ飲むマッチョの隣で、マレーナが山盛りの料理を両手の食器でがっついている。
「うめっ……うめっ……香辛料がたまりませんわ! もう何年も食べていないちゃんとした料理の味……!!」
数年間、薄い塩味がついていれば御の字と言った料理ばかり食べていた彼女にとって、しっかり味がする料理は感激で涙を流すほどの美味であった。
「勇者様も、食べないと……もったいないでしてよ……!」
「……俺は、これでいい」
「さようでしたかっ、失礼致しましたっ!」
召喚主の隣で静かにスープをすする巨漢のマッチョ、隣で胃袋の容量よりありそうな料理をがっつく少女。
通りすがった人々が「逆じゃねぇか?」そんな感想を抱くが、選手と関係者は無料で食べ放題と聞いたマレーナは止まらない。あとで保存が効きそうな料理を容器に詰めて持ち帰る算段まで立てていた。
「……代わりを、持ってくるか」
「お願い致しますわ!!」
見た目の割りに意外と紳士的な動きで、すっと空いた皿を持って席を立つ。その間にも残った料理をガツガツむしゃむしゃと頬張り、貴族令嬢とは思えない音を立てるマレーナ。そこへ、
「よお嬢ちゃん、あのマッチョマンはいないのか?」
「あら?」
顔をあげればやってきたのは先ほどの対戦相手、傭兵のグライザだった。ごっくんと口の中身を飲み干してから、「彼に何かご用でしたか?」と軽く佇まいを整えて聞き返した。
「ちと話してみたくはあったが、用があるのはあんたにだな……というか、全然警戒とかしないんだな」
「警戒?」
きょとん、とする彼女に小さくため息を吐く。天然なのか大物なのか、あれだけの強者を従えるのだから後者だと思いたいが、マレーナがまだ十代半ばの少女ということを加味すると、世間知らずなだけな気もした。
「まぁいい、一つ忠告だ。しばらくあのマッチョマンから離れるな」
「それはどうして?」
「狙われてるんだよあんた、うちの雇い主に──」
だから精々気をつけろ、そう続けようとしたグライザの口が思わず止まった。
「……詳しくお話を伺ってもよろしくて?」
静かに席を立ち傭兵と相対したのは、没落したとは言え伯爵家の令嬢だ。鋭い眼差しが全身を貫き、思わず丸めていた背をグライザは正していた。自分の雇い主と話すときですら、このような緊張を感じることはない。
大貴族を相手に粗相をすれば、己のような小男など容易く断罪される。そのある意味当たり前のことが、この没落した貴族令嬢相手にも適応させられると思わされた。
(これが、さっきまで飯をかっこんでた小娘が出すオーラか……?)
雇い主はバカな貴族の娘だと侮っていたがとんでもない。この少女は紛れもない伯爵家の跡継ぎ娘だ。
「……オーケーわかった、俺の知る限りを話そう、そん代わり一つ条件を出させてくれ」
「私に応じられることでよろしければ、なんなりと」
即答、グライザはにやりと笑みを浮かべる。
「そいつはありがたい」
長年を傭兵として過ごし、どう立ち回れば特を得られるかを経験で知っている彼は、その条件を伝えた。
「この大会が終わったらあんたんとこで雇ってくれよ、いい値で働くぜ?」
***
闘技大会はトーナメント形式で行われる。第一試合がすべて終わるまでに丸一日かかり、第二試合は翌日から開始となる。
闘技場の一角は選手や雇い主、セコンドの宿泊所も兼ねており、その人物のグレードに合わせて部屋の様相や大きさも変わっていた。
「こちらで手配した刺客は揃いました。いつでも動かせます」
「ふん……あんな小娘一人片付けるのに、余計な出費になったな」
太客向けの広間部屋で、ずらりと並んだ黒ずくめ十数名を睥睨して、商人は鼻を鳴らした。
全員、裏社会での汚れ仕事を専門にする暗殺者である。正面から戦えばグライザの方が強いが、それ以外の手段も用いれば表の傭兵などより確実に対象を始末する。
「これもすべてあの傭兵が役に立たぬが故、何らかの償いをさせるべきかと」
「そうだな、だがわしは寛大だ。支出分だけ払いをなくすだけにしてやろう」
「お優しいことで……」
あとは号令を出して没落貴族の娘を殺し、伝手を通じて国王陛下に具申し、試合結果を取り消すように動かすだけ。それで賭けも元通りである。
(これであいつらにも責っ付かれずに済むというものだ……まったく、本当に余計なことをしてくれた)
この商人以外の参加者、賭けを行っている者たちにとってもマレーナとマッチョの存在は邪魔だった。何せ誰も彼女らに賭けていないのだ。そんな者が万が一勝ちでもしたら、賭けが成立しなくなってしまう。
(このわし自らが自腹を切ったのだ、あいつらからも何かしら毟ってやらんと腹の虫が治まらん……!)
「それでは、早速……」
側近の催促に商人が頷き、黒ずくめたちが動き出そうとした。直後──
「ムッ、殺気──」
その内一人が閉じられた窓の方を振り向き、そこから飛び込んできた長さ三十センチほどの円筒が顔面に直撃した。ごっと悲鳴すら上げられず倒れる男と驚愕するだけで精一杯の商人と側近。さらに辛うじて反応できた他の黒ずくめが飛び下がるよりも先に、
「に、逃げっ」
広間は閃光と爆煙、爆音に包まれた!!
衝撃波と熱が黒ずくめたちを壁や天井に叩きつけ、何の身体技術も身につけていない商人と側近は受け身も取れずに意識を失い無様に転がる!
ロケットランチャーの爆発を受けてなお彼らが即死しなかったのは、マッチョが令嬢からそう言い含められていたからに過ぎない……!
やろうと思えばこの一撃で終わらせられたのに、なぜそうしなかったのか……それは至極単純明快なこと!
「私、罪人は死なずにきちんと牢屋で反省すべきだと思っておりましてよ!」
ザッとまだ煙の燻る部屋に踏み入ったマレーナは高笑いし、なんとか起き上がった黒ずくめたちを睨み付ける。
「あなた方、見覚えがありますわよ……私のお屋敷を襲撃した賊と同じ様相、忘れるわけがありません!」
それに対する答えだとばかりに、黒い者たちが一斉に襲いかかる! 手にした禍々しい武器がマレーナに届くかと思われた直前、ぶわりとごんぶとの烈風が舞いそのすべてを跳ね返す!
「ちぃ、こいつが例の……!」
ずんとマレーナを守るように立ち塞がった筋肉の要塞に、黒ずくめたちも一瞬たじろぐ。だがすぐに武器を構え直し、今ここで依頼を達成しようと突き刺すような殺意を向けてくる!
「……勇者様、殺してはいけませんわ、よろしくて?」
そう言った口で、ぎりりと噛みしめた歯が軋む。父と母を貶めた敵を前に、彼女は瞬間沸騰しかける頭を理性で抑え込む。
(ここで皆殺しだなんて口にしたら、私は奴らと同じ穴のムジナでしてよ……!)
「バカが、我らを侮ったか!」
「その甘さに溺れて死ぬがいい!」
態勢を立て直した敵が半円状から襲いかかる! 連携を兼ねた攻撃の動きだということは明白だ。しかし後ろにマレーナという護衛対象を立たせたマッチョに回避する術はない!
──ならば、避けなければ良いのだ!
「ンカァッッッ!!!」
マッチョが咆哮と共に右の拳を前へ突き出す! 次の瞬間、気の塊とも呼ぶべき太ましい光線が放射された! 半円状に相対する敵すべてを巻き込む広範囲の輝きが、黒ずくめたちの防具も服も武器も消し飛ばす!
「な、攻撃魔法!?」
「これほどのものがッ!?」
「何の光ぃ!?」
全裸になった元黒ずくめたちは断末魔をあげて吹き飛び、べしゃりと床に落下した。しかし、誰も絶命していない。マッチョは約束通り、その意識と危険な武器だけを消してみせたのだ……!
「流石ですわね、勇者様」
「……口ほどにもないやつらだ」
「ええ、本当に」
本当に、あのときに貴方がいてくれれば。その言葉を辛うじて飲み込んで、マレーナはにっこりと笑った。
「さて、これでひとまずの邪魔者は片付けられましたわ! グライザさんのおかげで不正の証拠も完璧に揃えられましたし、心置きなく明日の試合に赴けます!」
言って、懐から一枚のメモ用紙を取り出すと、まだ気絶している小太り商人の胸元に置いた。
「これを読んだときの顔が見られないのは残念ですが、そろそろ帰りましょうか、勇者様?」
「……ああ」
くるりと身を翻しぼろぼろの大広間から去って行く没落令嬢とマッチョの二人。
しばらくしてやってきた憲兵に引っ立てられた商人は最初こそ「金さえ出せばすぐ娑婆に戻れるわ!」と息巻いていたのだが、服についていたメモ用紙を読んで顔を青ざめさせた。
そこには違法賭博に関わった証拠とそれをいつでも国王の元へ送れると記されており、自分の生殺与奪権があの没落令嬢に握られたことを理解した商人は、がっくりと肩を落とした。
しばらくして、商人は保釈金も出さずに牢屋でおとなしくすることになった。メモに記された、牢で反省すれば断頭台送りだけは勘弁してやるという言葉を信じて。
***
「私はすぐに全員を告発なんてする気はないんですの」
貧乏な身に与えられた手狭な寝室で、床に寝そべるマッチョマンにベッドの上からマレーナは語る。
「ここで違法賭博に関わる全員を告発するのも、勇者様にお願いしてとっちめることも簡単ですわ……でも、それでは闘技大会そのものがなくなってしまいます」
それはマレーナの目的ではない。いや、心情的には違法賭博に関わり、自分の家を没落させた奴らを全員破滅させてやりたくて仕方がない。だが、それでは家の復権に繋がらない。
「私は証明しなければなりませんの、我がヴァルドネル家はどんぞこからでも自力で這い上がる力があるのだということを……!」
だから、この武闘大会で正々堂々と優勝して見せる必要があった。名誉を勝ち取り莫大な賞金を得て、家と両親を救う。
それこそが、マレーナがマッチョを呼び出し、この戦いに挑んだ目的だ。
「ですから、これからも頼りにしておりますわ……勇者様」
「……ああ、任せておけ」
「ふふ、ありがとうございます」
こちらに視線も向けないマッチョの返事は素っ気ない。けれども、どこか小さな優しさも感じられて、マレーナは微笑む。
「それにしても……いつまでも勇者様とお呼びするのも失礼かも知れませんね……」
ふと思いつき「うーん……」と考えること数分して、
「そうですわ! 私の大好きだった絵本に登場する王子様のお名前、そのままだと長いので略して勇者様の呼び名にしてもよろしいですか!?」
「……好きにしろ」
「ありがとうございますわ! それでは明日もよろしくお願い致しますわね?」
没落令嬢は目を細めて、親しみを込めてその名を呼んだ。
「ショチップチェイス・ワヒグルド──ショワさま!」
《第四話「第二の敵、美女の言葉にご用心でしてよ!」につづく》
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