2.音速を超えた戦い、マッチョの一撃は音をも超えるですわ!

 無手のマッチョマンと手練れの傭兵。試合が始まる前まで結果は一目瞭然であった。しかし、蓋を開けて見れば……


「これは大変なことになりました! なんと一方的に攻撃していたはずのグライザ選手の.必殺技が、指だけで止められてしまったぁ~!!」


 並の戦士であれば到底止められない一撃を止めた筋肉男の行動に、また観客席がどよめいた。


「な、なんとマッチョマン、せっかく捕まえたダガーを自ら離しました! これはいったい……!?」


 そう、片方だけとは言え相手の武器を取り、そのまま取り上げるか破壊でもするのかと思いきや、何もせず指を離し、数歩下がったのだ……!

 グライザは困惑した。不気味にも思った。だが、それよりも憤りが勝る……!


「なんのつもりだ、てめぇ……」


 舐められてる。長年傭兵として戦ってきた彼にとって、それは屈辱であった。決して騎士道だ正々堂々だを語るタイプではないが、それでも武器を手にする男として、それは猛烈な屈辱なのだ!


「なんか言ったらどうだだんまり野郎! 口がきけねぇのか!?」


「…………」


 額に青筋すら浮かべて怒鳴るグライザに、マッチョは動きで答えた。


 静かに、ゆったりとした動きで半身になり、左手を前に、右腕を腰に構える。それは間違いなく武闘家の構え……己の拳を武器とする戦士の動きであった!


「……来い」


 静かで短い、だが観客の歓声の中でも聞こえるはっきりとした声だった。グライザの身が無自覚にぶるりと震える。強者を前にした恐怖か……否、これは高揚感だ。


 自分は今、この漢に己の持つ全力をぶつけたくてわくわくしている……!


「馬鹿が、二度目はねぇぜ!」


 グライザがにぃっと凶暴に歯を剥いて頬をつり上げ、次の瞬間には消失した。


「き、消えた! 肉眼では捉えられないスピードです!」


 テレポートか、瞬間移動か、そう認識せざるを得ない速度。足から出ていた光の帯すら置き去りにして、傭兵はぐんぐんと速度を上げてマッチョの周囲を飛び回る。

 超高速の三次元機動は、観客どころか控え室の選手たちすらどよめかせる領域に達した!


「……おい、見えるか、あれ」


「辛うじて跳びの初動は見える。が、あれは人間の視力では物理的に捉えられん」


 優男は先ほどまで浮かべていた薄ら笑いが消え、美女も口調は落ち着いていても冷や汗を流す。もしあれと相対して、自分たちで対処できるのか……?


「す、凄まじい動きだこれが閃光のグライザ! 国有数の商会が大金で独占雇用し続ける戦士の煌めきぃ~!」


(助走は十分、仕掛けるぜ!)


 円を動いていたグライザの動きに直角機動が加わる。行き先は当然構えたまま制止しているマッチョ、方向を変えたと判断できたのは控え室の選手と、


「危ない!」


 セコンドのマレーナだ。さっきまでは勝利を確信していた彼女から見ても、グライザの本気は想像以上だった。万が一にでもマッチョが負けてしまえば、彼女に待つのは家族もろともの破滅!


「この速さ、かわしてみやがれぇぇぇ!!」


 マレーナが祈る暇すらなく高速の一撃がマッチョを捉える! 横振りの深い斬撃がその肉体を切り刻む、かと思えた! だが、そうはならない! 

 刃が届いたと思えた寸前のこと、マッチョの黒光りする筋肉がブレるように動き、構えていた左腕が刃を“叩いて弾いた!“


「ぐっ、ぬぅ!?」


 一瞬戸惑うグライザだが、目の前のマッチョがただのマッチョではないことはすでにわかっている! 弾かれた勢いのまま半回転し反対の刃を叩きつけ、これも弾かれればすぐさま反対側へ瞬間移動し刺突を放つ! 


 だが、これも手のひらで横へ返される! グライザの姿勢が微かに崩れたのを見て、マッチョが右腕を引き反撃に移ろうとしたのが見える。


「っ!」


 その瞬間には大げさにでも距離を取ってみせ、グライザ自身の刺突にも劣らない正拳突きを避けてみせた! ぶおおっと大気が唸る音が鳴り響き、向かい側の観客席にいたおっさんのカツラが空高く飛び上がる!


「へっ、だが、負けねぇ!」


 当たれば骨が砕かれるであろう一撃を見せつけられても、グライザは笑みを崩さない。それどころか頬をよりつり上げ、端から唾液が漏れるのも気にせずギアを上げていく! まだだ、まだ舞えると言わんばかりに速度が上がり、マレーナの目ですら追うのがやっとになっていく!


 もはや観客や雇い主、実況解説への配慮なんてものは頭にない。彼の頭にあるのは、この強者に一撃を叩きつけてみせるということだけ……!


「わ、私にはもう職務放棄しかできません! 何が起っているのかこの度入り眼鏡越しでは把握できません! 誰か、誰か私に視力がある眼球をください!!」


「……わしがあと五十若ければのう」


「あら貴方ったら、三十も若返れば十分でしょうに」


 観覧席の国王と妃も感嘆とする中、闘技場からは刃の弾かれる鋭い音と、拳が空振り発生する風切り音だけが引っ切りなしに鳴り続ける!

 一般人にはそこから戦いの状況を察するしかない! けれども第一試合からとんでもないことが起きている、ただそれだけはわかる……だから、何も見えないにも関わらず観客たちは大歓声を上げる!!


「すごい……勇者様には全て視えていますのね……!」


 音すら置き去りに飛び回るグライザと最低限の動きと一撃で立ち回るマッチョ。マレーナはここで察した。この勝負の行方を、勝利するのはどちらかなのを……そして試合の流れは、概ね彼女の予想通りとなった。


(ち、くしょう……身体がついてこねぇ……!)


 グライザは悔しげに顔を歪める。肺も心臓も破裂しそうなほど痛む。魔力の使いすぎで頭痛が酷い。足は気を抜けば転げてしまいそうなほどだ……それでも、まだ目の前のマッチョに一撃を当てられていない、ならば止まるわけにはいかない!


(一か八か、らしくねぇが!)


 次にマッチョの拳が空を切った直後、グライザの身体は文字通り宙へ舞った! 真上へ飛び上がったのだ! 陸上生物である人間が地から足を離すのは推進力を失う自殺行為、だが、足下で魔力を操れるこの漢は違った!


「食らえぇぇぇぇ!」


 マッチョの真上数メートル、真下を向いたグライザの足下に光の壁が出現し、それが脚力と組み合わさり彼に絶大な推進力を与える! 回避されれば地面に突き刺さり死にかねないハイリスクな攻撃を、普段のグライザであれば絶対にしないであろう捨て身の攻撃を、彼は選択した! この強敵に勝つために!

 

 ズンッ、と重い衝撃を感じさせる音が鳴り響く。観客に見えていたのは上へ登った光が輝きながら雷光の如くマッチョへ襲いかかった瞬間だけ、気付けば勝負はついていた。



「わ、私の目では最後まで何も捉えられませんでした……気付けばグライザ選手が倒れ、マッチョマンはただ構えていただけです!!」


 それは実質の勝利者宣言であった。わぁぁぁっと会場中からマッチョマンを賞賛する声が上がり、国王と妃もまた拍手をしてその勝利を称えた。

 ただ一人、セコンド席にいた商人だけは腰を抜かして「そ、そんなバカな……いくらつぎ込んだと思って……」とぶつぶつ呟いている。


(見事な寸勁……最小限の動きで相手を捉え、さらに襲いかかるスピードをそのまま破壊力に加えて返すとは……)


 寸勁、彼女の家にも伝わる古い武術にある技の一つだ。最小限の動作で身体中の運動エネルギーを相手にぶつけ、絶大な破壊力を発揮する打撃方。前へ放つことすら達人級の技術を要するこれを、マッチョは真上へ放って見せたのだ。


「ですが、それだけではなく……」


 ちらりと、賞賛を浴び仁王立ちするマッチョマンの足下に倒れる敗者を見る。横たわったグライザの胸は、ぜいぜいと呼吸し上下していた。

 そう、マッチョは相手を殺さなかったのだ。あの一撃を無力化し反撃するだけでなく、放置すれば地面に激突し絶命していたであろう敵を救ったのだ……!


「……」


「く、そ……もう、動けねぇ……」


「……」


「殺るなら、殺れよ……このリングの上じゃ、相手に殺されても何も言えねぇ……」


 グライザの言う通り、このリングの上では相手に殺されても何も文句は言えない。不人気な選手であれば、観客から殺せというコールが湧くこともある。

 横目で相手セコンド席にいるマレーナを見る。彼女からすれば、自分は家を没落させた一味の仲間だ。このまま殺されたとしても何もおかしくはない。


 しかし、グライザの眼前に出された拳は開かれていた。


「な、に……?」


「貴様もまた、強敵(トモ)であった……」


「……はっ、ははは……ここまで舐められちゃ、怒りすらわかねぇや……だが」


 差し出されたごつく分厚い握手を握り返し、グライザは清々しい気分で敗北宣言をした。


「悪くねぇ、負けだったぜ」


《第三話「マッチョマン、命名される! 今日から貴方はショワちゃんですわ!」につづく》

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