勇者召喚で一発逆転しようとしたら顔が濃いマッチョが出てきて闘技大会が世紀末でしてよ!? ~わたくしのお家復興は覇王に託されました~【10話完結】

@H_H

1.救世主はマッチョマン? 武闘大会へ殴り込みでしてよ!

 伯爵家、ヴァルドネル家の屋敷がついに闇夜を照らすロウソクの調達にすら困り始めたのは、数日前。


「このまま破滅を座して待つわけにはいきませんわ!」


 その家の長女、マレーナ・ヴァルドネルが病に伏せる両親に具のない塩スープを飲ませ終えて叫んだのが数時間前。


「み、見つけましたわ! これがご先祖より受け継がれてきた伝説の……!」


 危険だからと封印されていた魔導古書庫の扉を斧で叩き割り、長い金髪とドレスを汚しながらぼろぼろの魔導書を探し当てたのが十分前。


「魔法陣はこれで良し……あとは魔力を注ぐだけ」


 そして魔導書に記された魔法陣を白の粉棒で書き終えたの今さっき。


 もう三日も飯を食べていないながらも凄まじい行動力を発揮した彼女は、吊り目をキッと見開いて、ざっと魔法陣に誤りがないことを確かめた。

 マレーナは膝をついて、肉の薄い骨張った両手を合わせる。信徒が神に礼拝するように、唇が小さくお願いします神様と震える。


 マレーナは願う。汚らしい他家に奪われた家の名誉を取り戻すことを、両親に再び元気になってほしいことを……そのための作戦はすでに立てていた。最後に必要なピースはこの魔法で呼び出される存在──


「勇者様、どうか私たちを……ヴァルドネル家をお救いください……!」


 かくして願いは聞き届けられた! 突如魔法陣が光り輝き、すぐに部屋中を白く染め上げる!

 窓も開いていないのに風が吹き荒れ、思わず顔を上げたマレーナのくすんだ金髪がなびいて踊る!


「こ、これは……!?」


 奇跡は起きたのか、驚愕する彼女の前で、勇者がゆっくりと魔法陣から顕現した。


 ***


 翌日。王国首都大闘技場にて。


「さあ始まりました王国主催第八十八回武闘会! 実況解説はこの私ギョッジウ・セツカーイが拡声魔法にてお送り致します!」


 実況席に座るひょろながい眼鏡の男が名乗りをあげて礼をする。わぁっと満員の観客席が歓声をあげ、その盛り上がりを感じた国王と妃が柔和な笑みを浮かべて喜んだ。


「今回も国王陛下のご観覧試合! この国で最も優れた戦士は誰か、そしてその戦士を連れるのは誰なのか……はっきりさせましょう!」


 実況の前口上に再び歓声が上がる。場の空気が十分に盛り上がったことを感じてうんうんと満足に頷いた彼が「それでは早速いってみましょう!」と右手を振り上げた。


「選手入場です!! 西方、大商会アルタナの雇われ傭兵、グライザ選手~! 彼の魔法で強化された脚力は、あらゆるものを置き去りに加速する! 持ち前のスピードで敵を切り刻んできた凄腕です!」


 紹介と共に門から現れたのは中肉中背、やや背を丸めた男だった。黒茶色の短髪と頬の傷。鋭い目つきが、商会の護衛だけを生業にしているのではないと雄弁に語っている。

 腰の鞘にぶら下げた二振りのダガーに手をやり、それを抜く瞬間を今か今かと待っているようだ。


「八十八回もやっているので皆さんご存知でしょうが、本大会は戦闘に関する全ての行為が許されています! 武器だろうが魔法だろうがとにかく勝てば良かろうの精神!」


 全員承知のはずだが、一応は説明しておくのが実況解説の仕事。良いから早く進めろという野次にこほんと咳払いして、反対側の入り口を手で指し示す。


「そして東、滑り込み登録した伯爵家、ヴァルドネル家からは──な、なんだぁ!?」


 そこからぬぅっと現れたのは、マッチョだった。

 黒光りする肌を露出させた上半身に機能性重視のズボン。頭髪は短く切りそろえられ、細められた眼は剣呑とした雰囲気を垂れ流していた。


「ヒューッ! 見てみろよあの背中、まるで鋼みてぇだ!」


「革鎧すら身につけぬ潔さは見える……だが」


 控え室から試合を見ていた二人組が騒ぐ。同じ男としてその肉体美を賞賛する優男と冷静な美女。二人はどちらが勝つかを口論し始めるが、焦点となったのは、


「これはムキムキ! 見事な鋼の肉体マッチョですが武器の類はなし、これは武闘家か!? だが無手で挑めるほどこの武道会は甘くない! どうしたことかヴァルドネル家!? 選手名がまだこちらに届いていませんが、ひとまずマッチョマンと呼びます! これは大丈夫なのかぁ~?!」


 そう、マッチョは素手であった。武道会と言いながら何でもありの戦いに、龍手も防具もつけずにやってきた筋肉自慢。自殺志願者と思われてもおかしくはなかった。あるいは、余程の実力者か。


(へっ、没落した家にまともな武器を買う金も傭兵を雇う伝手もあるはずねぇ、端金でゴロツキでも連れてきたか?)


 グライザは前者だと判断し、ちらりとセコンド席にいる薄汚れた没落令嬢を見た。哀れだな。その没落に一役買った大商会に雇われている男は呟き、背後からの「さっさと終わらせろ!」という雇い主の声に肩をすくめた。


「いきなり波乱の予感がしますが全ては選手の自己責任! 始めさせていただきましょうそれでは第一試合、開始のゴングです!」


「そのご自慢の筋肉、切り刻んでやるぜぇ!!」


 ゴングの甲高い音とほぼ同時、足裏から光の帯を放出しながらグライザは加速した。十五メートルは離れていた距離が一瞬で縮まる。観客と実況の目には光の帯と残像しか映らない!


 その光の線がぐるりぐるりと、マッチョの周囲を踊り回る。その合間に魔法で強化され煌めくダガーが舞うのが見え、その中心で棒立ちのマッチョの身体がどうなっているのか、容易く想像させた。


「これは惨い! 棒立ちのマッチョが四方八方からの斬撃を受けて揺れています! これは早くも勝負あったか!?」


 観客の歓声が悲鳴に変わる。これでは一方的な虐殺、試合ですらない。なぜセコンドの令嬢は制止しようとしないのか!?


「いいえ違いますわ、これは……」


 目を見開いてマッチョと対戦相手を見ていたマレーナは呟く。あれは斬られて揺れているのではない。なぜならば、斬撃は一度も彼の筋肉を裂いていないのだ……!


「な、なんなんだこいつは!?」


 その違和感は斬撃を繰り出しているグライザ本人が一番よく感じていた! 人肌どころか岩をも抉るダガーが、当たっていると確信があるのに艶やかさすら感じる筋肉に一筋の血線すらつけられない……!


(いくら斬りつけても切れない……いや、まさかこいつ!!)


 グライザは理解した。この男、周囲から繰り出される無数の斬撃を切っ先が触れるか触れないかの回避だけでをいなしているのだ! それがまるで、攻撃を受けてのけぞり揺れているように周囲からは見えていた……!


「ナイフの刃先がギリギリ撫でるかどうかの回避で連撃破をいなしている……! あれが、勇者様の力!」


 ぞくりとグライザの背筋に悪寒が走る。長年の傭兵経験が告げていた……このマッチョはやばいと!


「チクショウが! ならこいつでどうだぁ!!」


 ぎゅんと最高速で距離を取り、跳ね返るような軌道で鋭い一撃を放つ! 王国の近衛騎士ですら捉えられないと謳われた。音速をも超える一撃!


「この動きは閃光の一撃! 全力の突進は光すら置き去りにする!!」


 口から泡を飛ばし興奮する実況がそれを言い終わる頃には、試合の動きは止まっていた。


「なっ……これはなんということだ! グライザのダガーが──」


 そう、超高速で動いていたはずのグライザの動きが、ぴたりと、マッチョの指によって止められていたのだ! 魔力の強化で凄まじい切れ味となっている切っ先を、指二本で挟んだだけで止めていた!


 観客のざわつきが歓声に変わってようやく、グライザは何が起きたのかを理解し、驚愕する!


「う、受け止めただとぉ……!?」


 バカなあり得ない。グライザの脳が高速回転する。ダガーの切れ味どころか運動エネルギーまでもどうやって止めたのか、自分は間違いなく全力で突き抜いたはずなのに、気がつけば壁に棒を押し込んでいるかのような抵抗感で受け止められている……!


「なんてパワーですの……あれが、伝説の勇者の力……」


 ごくりと、マレーナは生唾を飲んだ。驚きが興奮に変わり、血の気がなかった頬が薄らと赤くなる。これならば、きっと──


「優勝は……私たちがいただきですわ!!!」


 まさかの展開にわぁっと沸いた歓声に混ぜるように、没落令嬢は咆哮した……!


《第二話「音速を超えた戦い、マッチョの一撃は音をも超えるですわ!」につづく》

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