このたびは面接の機会をいただき、誠にありがとうございます。

久世 空気

このたびは面接の機会をいただき、誠にありがとうございます。

 久しぶりのスーツに身を包み、私は目の前にいる男性二人に頭を下げた。あれ? 何度だっけ? お辞儀の角度。と考えているうちにすごく泰然とした動作になってしまった。面接官にも奇妙な動きに見えたようで、年配の方がクスッと笑って私に席に座るように促した。

「緊張してます? とりあえず、自己PRを1分程度でお願いします」

 私はハローワークの相談員と考えた自己PR文を口にした。

 しかし気になる。「とりあえず」でする自己PRって何なんだろう。飲み会のビールじゃあるまいし。というか面接官もこっちがそれなりに準備していること分かって聞いているから「とりあえず」なのかしら。まあ、履歴書にも書いてあるしね。それを口頭で言わせてるだけなんだよね。

 それで「今聞いて疑問に思ったんだけど」みたいな雰囲気で、先に履歴書みて決めておいた質問を会話形式で投げかけてくるんだよ。相談員と話してて新卒の時の就活を思い出したわ。

「・・・・・・なるほど、手先が器用ということですが、学生時代何か部活とかやっていましたか?」

 おっと、遡るなぁ! こちとら40歳手前だよ。もう遙か彼方のことで覚えてないわ。そういえば婚活中もそんなこと聞いてくる奴いたなぁ。「小学生の時、将来の夢を友達と合わせてたタイプでしょ?」とかいうやつ。いや、覚えてないし、例えそうだとしても「だから何?」て話だよ。子供の頃友達となんでも同じにしたがるなんて普通でしょうが。

「ではこの会社を選んだ理由を教えてください」

 新卒の時も思ってたけどさあ、それって聞く意味ある? よく考えてみて? あなた方もたくさん送られてきた履歴書の中から、良いスペックの人間を選りすぐって面接に呼んでるわけじゃない? 求職者だってそうなのよ。たくさんある求人の中からスペックの良い会社、条件の良い会社を選んで履歴書送ってるんだわ。だから質問の答えは「同時期の求人と見比べてちょっと良かったから」の一つだけなのよ。ベストじゃなくてベターなのよ。とか言えたら面白いんだけどね、ちゃんと相談員と考えてきたわよ、御社が喜びそうな理由をね!

「えっと、君、何か聞くことある?」

 年配の面接官が隣の若い面接官に声を掛けた。30歳くらいの色の白い男性は「じゃあ・・・・・・」とかすれた声を出した。

「この会社に入って・・・・・・将来の夢とかありますか?」

 えーっと、何それ? 御社に何か夢見てる? ってこと? いや見てないけど。だってこのご時世どんな会社だって傾くかもしれないし、リストラの嵐が吹きすさむことだってあるかもしれないじゃん。それでも今の生活を守り、将来のために旦那と老後の資金を貯めるために、とりあえず働かなきゃ駄目なんじゃん。御社に入って「さて将来安泰です、良い夢見ようぜ」とはならないでしょ。いや、年配の面接官は分かってるよね、変な顔で隣見てるもん。それとも、なんか奇をてらった質問でもしちゃおっかなって事? ああ、新卒の時もあったわ。「あなたを文房具に例えてください」とか。あんなの大喜利じゃん。辞めといた方が良いよ。下手したら圧迫面接になっちゃうから。圧迫面接って普通に「性格悪い奴が我が社にいます」アピールだから。内定辞退されちゃうよ?

「なるほど。ところで通勤される場合は自転車ですか?」

 私の絞り出した対外用の夢を「なるほど」で済ますなよ若手面接官。それに自転車って。うちの周りどれほどの坂やと思ってんねん。思わず関西弁になったわよ。こっちは事前に履歴書で個人情報晒してるんだから多少調べなさいよ。あの坂は電動アシストでも死ぬわよ。死んだ人見たことないけど、皆、今のあなたみたいに真っ白な顔で自転車押して上るのよ。ゾンビ坂よ。私以外誰もそう呼んでないけど。


 1日の面接が終わって、若手面接官はすっかり疲労困憊していた。年配面接官は不安そうに彼の顔をのぞき込む。

「君がテレパシーを使えるから面接官に指名したんだが・・・・・・いったい求職者の心の内はどうなっていたんだい?」

 若手面接官は深くため息をついて答えた。

「もう、ぐっちゃぐちゃ」

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このたびは面接の機会をいただき、誠にありがとうございます。 久世 空気 @kuze-kuuki

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