13 恋人のように見せて
令嬢たちからは姿が見えないところまでやってきたところでジスデリアはマルガレットの肩に回していた腕を離した。
「あんなの放っておけばいいのに。きみ、あんなキャラだったっけ」
ジスデリアはけらけらと口を大きく開けて笑ったが、今の彼には悪意のようなものが一切感じられなかった。王子モードゆえだろう。
「彼女たちの言動がどうしても気になってしまって。わたしのことを探していたとおっしゃっていましたが、なにかございましたか?」
「違う違う、厄介なことになってたから連れ出そうと思っただけだよお」
どうやらジスデリアなりに助け船を出してくれたようだ。以前よりも随分親切だなと思った。彼の中でも多少なりとも何か変化が起こったのだろうか。
「正直言うと、助かりました。あの、ありがとうございました」
緊張が解けたマルガレットはほっと胸を撫でおろす。ジスデリアは周りに聞かれないように彼女の耳に唇を寄せると、そっと囁いた。
「ぼく、ああいう何にも考えてなそうな頭空っぽな子って大っ嫌い」
その話し方は普段公でも見せるような間延びしたものなのにどこか皮肉めいていて、マルガレットは少しだけ恐怖した。
いつ見ても笑顔を携えていて誰にでも親切なジスデリアさまは王子の鑑と言えるけど、やっぱり本心では令嬢たちをそんな風に思っていたのね。本当にオンとオフの使い分けが上手で恐ろしい人だわ。
きみだってそう思うよねえ?といたずらっぽく目を細めたジスデリアの瞳は今日も目を奪われるほど美しかった。ジスデリアのこの凄まじいまでのオンオフの差も星々を閉じ込めた美しいサファイアの瞳もこれからは徐々に慣れていかなければと思うと当分心労が絶えなそうだ。
なんとリアクションしたらよいか分からずマルガレットは愛想笑いを浮かべるが、はっとした。婚約発表にばかり気を取られていたが今夜のメインイベントはジスデリアの誕生パーティーではないか。まだ肝心なことが言えていない。
「お伝えするのが遅くなってしまいましたが、ジスデリアさまお誕生日おめでとうございます」
「わー! ありがとうマルガレット。 どう? 二十歳になったぼくもかっこいい?」
その様子を近で見ていた大人たちはジスデリアさまったら相変わらず可愛らしいわね、とくすくす笑っていた。ジスデリアにとってはこれも計算の内なのだろう。愛嬌五割増しだ。
ジスデリアは十二分に見目麗しいと思う。ただ、もう少しキースのように落ち着いてもいいのにともマルガレットは思った。
「ええ、とっても素敵ですわ、ジスデリアさま」
「それにしても、きみも今夜は一段と気合が入ってるね、綺麗だ」
突然の褒め言葉にマルガレットは心臓を鷲掴みにされたような気分になり、恥ずかしさから思わず顔を伏せた。
「特にそのドレス」
ジスデリアの言葉にマルガレットは勢いよく顔を上げる。明らかに落胆した表情が浮かんでいた。
ああ、なんだ、ジスデリアさまはわたしではなくてドレスのことを褒めていたのね。マルガレットは身に纏うドレスを見下ろした。カナリアの羽のような黄色ベースのドレスは上から順に黒とベージュのオーガンジーの生地が覆いメリハリのあるデザインに仕上がっている。
今マルガレットが身に着けているダイヤモンドとオニキスがふんだんに使われたネックレスもこの日のためにスティングが急いで用意させたもの。確かに今夜のマルガレットの装いは相当気合が入っていた。
「うそうそ。マルガレットもとても綺麗だよ」
とても本心で言っているとは思えないけれど。あんまりジスデリアさまの言葉を間に受けては駄目ね。
「でもぼくだって素敵でしょう?」
ジスデリアのは黒を基調とした衣装だったが、胸元のスカーフはマルガレットと同じカナリアイエローが使われていた。色を一部分でも揃えようと提案したのは、これもまたジスデリアだ。
「あ、そうだ。せっかくだから一曲くらい踊ろうよ」
「え、でもあとでその……発表のあとにも踊る予定では? それにジスデリアさま、今夜はたくさんの方のお相手をされているでしょうから少しお疲れではないですか」
婚約発表はサプライズで行われるため小声で言う。国王から婚約を発表されたのち、マルガレットとジスデリアの二人でダンスを一曲披露する手筈になっていた。
「ぼくと踊るの嫌? ほら、
恋人、というのはあくまで設定だ。今回の婚約、あまりにも急に決まったことと婚約に至った理由がジスデリアのクラナビリティに関することであまり一般の国民に知られることは良しとしないため、両家と本人たちの同意の上で恋愛結婚ということになった。
「ぼくは何度でもマルガレットと踊りたいよ」
嘘だ。彼は演じているだけ。頭ではちゃんとわかっていても優しい眼差しと甘い言葉に今にも絆されてしまいそうだった。ジスデリアさまったらずるい。
ホールの中央に立つとすぐ近くに人がいないことをいいことに、やっと人込みから抜け出せたとだるそうに本音をぼやいた。
「政略結婚ならわざわざこのタイミングでダンスを踊ったりしないでしょ。だから今のうちに元々仲のいいアピールをしておけば恋愛結婚の信憑性が増すよ。それとまあ一応、この後の予行演習もしておきたかったしね」
「ジスデリアさまは、よく考えていらっしゃるのですね」
「きみもやっぱりさっきの令嬢たちみたいにあんまり何も考えないタイプ?」
ジスデリアさまに胸をときめかせてしまった、ほんの少し前の自分の尻を思い切り叩いてやりたい。一回一回嫌味を言わないと気が済まない人なのか、そう尋ねたくなる。
それから一曲だけダンスを踊った。ジスデリアとのダンスはやっぱり心が弾むように楽しかった。演技なのかそうでないのか分からなかったが、いや恐らく演技なのだろうが、ダンスを踊っているときだけはジスデリアが本当に心から楽しんでいるかのように柔らかい表情をするのだ。いつもこうであればいいのに。
「ぼく今日は主役だからあんまりかまってあげられないけど、もうさっきみたいに注目を浴びるようなことしないでね」
「そうですよね、先ほどは出過ぎたことを申し訳ございませんでした」
「……でもまあ、スカッとしたよ。ありがと」
それだけ言うとジスデリアはまたどこかへ行ってしまった。彼の表情を見ることはできなかったが言葉に棘は感じられず、少しだけ照れが含まれているような気さえした。
それからすぐにヨシュアと再会したが、そのときにはもうキースの姿はなかった。婚約発表までの間ゆっくり食事をしたり顔見知りの令嬢と少しだけ話して時間を潰した。
事前の告知により二十一時前になると、ほとんどの招待客がホールに集まった。この日だけ特別に一部の記者たちも招待されたことから、一般の招待客も今夜の発表はよほど大きなことなのだろうとざわつく。中には第一王子が結婚するのでは噂する者もいた。
ホール前方に予め用意していた壇上に国王が立つと皆が注目した。
「まず初めに、本日は我がブルーヘミア国第二王子であるジスデリア・ヴィントルーヴの誕生パーティーにお集まり頂き誠にありがとうございます。今宵は皆様にご報告があります。……ええ、ジスデリアですが、婚約する運びとなりました」
その言葉を合図に、腕を組みながら中央の階段をマルガレットとジスデリアが下りていく。拍手が起こる中、一部の令嬢たちの悲痛な叫びも混じっていた。
「お相手はこちら、ジルスチュアード公爵家令嬢のマルガレットです」
二人でゆっくりと国王の隣に並ぶ。お辞儀をすると再び拍手が起こったが、ふと視線を感じ横を見ればまるで愛しい者を見るような眼差しでジスデリアがマルガレットを見つめていた。負けじとマルガレットもジスデリアを見つめることにした。
ジスデリアが前に向き直り口を開いた。すると、すかさず前方で待機していた記者たちがカメラのシャッターを切る。
「マルガレットとは幼いころより親しくさせていただいておりましたが、訳あって長年会うことがかないませんでした。しかし少し前に久しぶりに再会したとき、ぼくたちは自然と惹かれあい、ぼくはマルガレットを生涯かけて幸せにしたいと思ったんです。どうかぼくたちのことを皆さまにも温かい目で見守っていただけたら幸いです」
どこかで聞いた話だなと一瞬思ったが緊張でいっぱいだったマルガレットはそんなことを悠長に考えている暇もなく、今はただ隣にいる王子の婚約者を演じ切ることに必死でひたすら笑顔でいることに集中した。
ジスデリアにエスコートされ、流れるようにホールの真ん中に立つ。この場にいる全員がマルガレットとジスデリアに注目していた。
上手に踊れないかもしれない、失敗したらきっとジスデリアに迷惑をかける、そんなことを考えれば考えるほどマルガレットは不安な気持ちになっていき、ついには手がぶるぶると震えだした。その手をジスデリアが力強く握り直す。
「マルガレット、大丈夫だよ。ぼくに任せて」
まるで初めて踊った日のようだ。やっぱりジスデリアの手は冷たくて気持ちがいい。
「はい、ジスデリアさま」
曲が終わると、ホール内で拍手喝采が起こった。ジスデリアはマルガレットの手の甲に触れるか触れないかの口づけを落とす。仲がいいアピールをするにしてはやりすぎではないだろうか。マルガレットがどぎまぎしていることを分かってか、ジスデリアは小悪魔のような笑みを漏らす。
「ぼくたちなぜかダンスの相性はぴったりだよね」
ジスデリアとマルガレットの婚約発表は翌日に号外新聞が出されたことによって国中で話題となった。紙面にはジスデリアとマルガレットの二人が幸せそうに綻ぶ写真が全面的に写し出されている。それは誰がどう見ても、心から愛しあっている者たちの表情だった。
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