12 公爵令嬢の特権
あれから一週間が経ち、今夜はついに王宮でジスデリアの誕生パーティーが執り行われる。つまりマルガレットとジスデリアの婚約発表の日でもあった。
マルガレットはこの一週間気持ちの整理期間としてゆっくり過ごし、ジスデリアについても時間をかけて考えたことで溜飲が下がった。
結論からいえばジスデリアはそこまで悪い人間ではないのだと思う。
多少二面性の差は気になるものの、裏を返せばそれだけジスデリアが王子としての立場に責任感を持って臨んでいるという捉え方もできた。少なくとも公の場での彼は紛れもない本物の王子だった。
正直今もジスデリアのことを心から受け入れられるかと問われれば答えはノーだ。舞踏会の日やその翌日に言われた言葉の数々はそれなりに傷ついたし数日間落ち込んだ。苦手意識があることにも変わりはない。
だからと言って自分の役目を投げ出すほどマルガレットはもう子供ではなかったし、たとえローズベリーの代わりだったとしてもジスデリアの婚約者という大役を任された以上は最後までやり遂げるつもりでいた。
ジスデリアの腹の内は読めないがあの日握手を交わしたのだ。きっと上手くやれる。
馬車がゆっくりと止まった、王宮の玄関前に到着したようだ。今夜はヨシュアがエスコートしてくれることになっている。馬車を降りるとヨシュアはなぜか浮かない表情をしていた。
「もしかしてお兄さま緊張しているの?」
「緊張っていうよりも落ち込んでいるんだ、可愛い妹が僕より先に結婚しちゃうから」
「気が早いわ、まだ婚約するだけよ」
「同じようなものだよ」
マルガレットが反応に困っていると後から馬車を降りてきたスティングに肩を叩かれた。
「マル、今夜の流れは頭の中に入ってるね」
「ええもちろんですわ」
「お化粧もばっちりね、それでは中に入りましょう」
「ええお母さま」
マルガレットとヨシュア、スティングとアメリの四人は横二列になってホールに入場していく。
今夜の流れとしてはこうだ。しばらくは自由に過ごし、二十一時ごろになったら国王から婚約発表の紹介を受ける。何か特別難しいことをするわけではないが想像するだけで頭がくらくらしそうだ。
まさかこのわたしが一国の王子様と結婚だなんてやっぱり実感が湧かないわ。
だけどもし、来年の春までにジスデリアさまが自身のクラナビリティを完璧に扱えるようになれば婚約も破談になるのかしら。あくまで今回の結婚はジスデリアさまの身に何かあったときや力が暴走したときにすぐに対処できるようにするため……そのときはきっとお役御免になるんだわ。
まあ先のことを今考えても仕方ないか。
ホールは先週よりも多くの招待客で賑わっていた。優に二千人はいるだろうか。それでも十分な広さがあるため人と人がぶつかることはなさそうだ。こんなに人がいては一度はぐれてしまったら再び合流することはできないのではとマルガレットは不安になる。
「ジスデリアさまってすごい人気があるのね」
「そりゃそうだよ、男の僕が見てもジスデリア王子はかっこいいもの。どこにいるんだろうね」
マルガレットたち家族一行は初めに国王と王妃へ挨拶に伺った。そこにはキースの姿もあった。
「今夜はよく来てくれたね。時間までしばらくゆっくり楽しんでくれ」
そう言うと国王はこっそりスティングにだけ聞こえるように「先日のワインがあまりにも旨かったから今夜取り寄せたんだよ。後で一緒に飲もう」と耳打ちしている。スティングも嬉しそうに頷いていた。
するとキースが一歩前に出てくる。
「マルガレット、今夜はジスデリアのためにありがとう」
「い、いえ、とんでもございませんわキース王子殿下。そうですね、直接ジスデリアさまのことをお祝いして差し上げないと」
「ああ、きっと喜ぶよ」
少しだけ複雑だった。キースとどうにかなりたいとかそんなことは勿論思っていないが、自分はもうただの弟の婚約者になってしまったのだなと思った。本当に昔のように親しく話すことはできなくなるのだろう。
ますます返すタイミングが無くなってしまったなと、グローブの上から右手の中指に嵌めている指輪を撫でる。
そもそも婚約者を持つ身としてほかの男性から一時的とはいえ預かったものを身に着けることが良くないことは分かっていたが、愛着の湧いたサファイアの指輪は言わばお守りのようで着けていると安心した。
国王と王妃への挨拶を済ませるとマルガレットとヨシュアそしてキースの三人は食事をとるため一旦その場を抜けた。
「僕とキースで何か食べ物を取ってくるからマルはここに座って待っていなよ。そのドレスだと動きづらいだろ」
「いいのお兄さま? そうしたらお言葉に甘えさせていただきます」
マルガレットのドレスはこの日のためにアメリが特注でしつらえたもので、実に華やかで普段にも増してボリュームがあるから他の令嬢たちよりも目立っていた。
ヨシュアたちが戻ってくるまでの間、マルガレットはホールの端にあるソファにちょこんと座って待った。
それにしても、今夜は一段と大勢のご令嬢がいらっしゃっているのね。皆ジスデリアさま狙いなのかしら。確かに王子様モードのジスデリアさまは愛嬌があって母性本能がくすぐられるのかもしれないけれどオフモードを知っているだけに何とも言えないわ。
「ねえ、聞きまして? ジスデリアさまは未だにクラナビリティを上手く扱えないんですって」
「まあこのお歳で……」
なにやら近くから嫌な内容の話が聞こえてきた。声のする方を見てみると、何となく見覚えのある令嬢が二人いた。名前は思い出せないがいつかの舞踏会で話したことがある。確かこの辺りで暮らしている伯爵家と男爵家の令嬢ではなかっただろうか。
二人は会話を続けた。
「完全にキースさまのお顔に泥を塗っているわ」
「そうね、ジスデリアさまはあんまり努力とか得意そうではないですし」
なんて言い草だろうと思った。それに、よりにもよって本人の誕生パーティーでそんな話をするなんてまるでモラルがない。
わたし、ジスデリアさまのクラナビリティのことが噂になっているだなんて知らなかったわ。
普段他人に対して憤りを覚えることは滅多にないマルガレットだったがこの時ばかりは許せなかった。マルガレットは拳をぎゅっと握るとソファから立ち上がり令嬢たちに近付いていく。
大丈夫よ。今のわたしは気が強い見た目をしているんだもの。弱虫のマルガレットじゃないわ。
「ちょっとよろしいかしら。貴方たち、あまりそういう噂話は感心しませんよ」
「マ、マルガレットさま」
「えっと、これは」
心臓がばくばくしている。声も震えそうだ、いやもしかしたらすでに震えているかもしれない。慣れないことをしたから胃まで痛くなってきた。
けれどこういうときばかりは爵位が役に立つわね。あまり権力とか地位を振りかざすのは望ましくないけれど……
突然、マルガレットの後ろから一際大きな声で「あっ、やっと見つけた!」と誰かが言った。この間延びする声は、と振り返ろうとしたときにはすでに声の主に肩を抱かれていた。
「ジ、ジスデリアさま」
「もうーマルガレットのこと探してたんだから。ほら、いこ」
王子様モードのジスデリアは無邪気に微笑んだ。思わぬ距離の近さに尚も心臓は激しく高鳴り続けている。
令嬢たちの前から立ち去る間際ジスデリアはひょいと振り返った。
「あ、それと。ぼくのことはどうぞご心配なく」
はきはきとした話し方や少年のような笑顔とは裏腹に周辺の温度の急低下はジスデリアが機嫌を損ねたことを物語っていた。
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