11 一輪の薔薇をきみに
二人は城の廊下を少し歩いたところにある中庭の庭園までやってきた。辺り一面には真っ赤な薔薇が咲き誇っており、風が吹くたびそのかぐわしさに包まれた。
時期的にさほど気温は低くないしこの時間は使用人が滅多に通ることもないから人目を気にせず話すことができるだろう。
「あの、ジスデリアさま、いったいお話とは」
「きみ、さっきはどうしてあんな嘘を吐いたの」
それはその、と口ごもるマルガレットに先ほどのような覇気はなく、ただおどおどしているだけだった。
「……な、何とかジスデリアさまのお力にならなくてはと思って」
「ああやってぼくを立てれば恩を売れると思った? それともぼくを哀れんだの?」
「そんなこと……」
この子だってどうして自分が僕の婚約者に選ばれたのかくらい分かっているはずだ。
「ぼくがクラナビリティを扱いきれないから……暴走を恐れた父がそれを抑えられるかもしれないきみを婚約者として選んだ。そうだろ」
「それは……」
ぴし、と本来柔らかいはずの薔薇の花弁は軋み、みるみるうちに凍っていく。
「今寒いでしょ。この力はね、ぼくのいうことを聞かないんだ。少しでも感情が高まれば勝手に漏れて周りの温度をどんどん下げて、最後には何もかもを凍らせるんだよ」
ジスデリアのクラナビリティは氷雪を操る力を司っていた。
代々ヴィントルーヴ家では黒龍と契約を結ぶのだが、不思議なことにこの黒龍は契約者によって異なる能力を発動させた。
ジスデリアが十歳のとき代々受け継がれてきたヴィントルーヴ家の書物に沿って儀式を行い契約は無事結べたのだが、なぜかジスデリアはその力をうまく使役することができなかった。
黒龍を召喚することはおろか、好きなときに能力を使用することもできず、能力を使用する気がなくても感情が揺らぐと本人の意思に関係なく周辺の温度を下げたり近くの物を凍らせてしまうという事象が頻繁に起きていた。
このことからジスデリアは以前よりクラナビリティ関連のこととなると冷静さを失ってしまうというところがあった。
「はい、ジスデリアさまのクラナビリティの件については存じております」
マルガレットが慎重に言葉を選んでいるのが見て取れた。
「ぼくはきみが必要最低限の役割を果たしてくれたらそれでいい。そうすればきみに不自由な生活をさせるつもりはないから安心してよ。好きなだけ遊んでくれてかまわないし、なんなら結婚後はほかに恋人を作ってくれたっていい。あ、でも悪いけどキースのことは諦めてね。身内でゴタゴタを起こされても困るから」
「わたくし、そんな体たらくなことしません」
彼女のプライドを傷つけただろうか。でも今だって本当はキースのことが好きなはずだ。
「……ただ、ジスデリアさまのお相手として選ばれたからにはわたくしも自分の責務はきちんと努めたいと思っております。姉のローズベリーではなく、わたくしが相手では不服かと思いますがどうかそこはご容赦くださいませ」
マルガレットは深く頭を下げた。本来公爵家の令嬢がすることではないだろう。何が彼女をそうまでさせるというのだろうか。ジスデリアは少しだけ興味があった。
「ぼくはきみに好きに暮らしたらいいって言ったんだ、なのにどうして? きみをそこまで突き動かすものは何?」
マルガレットは悲しげに眉尻を下げた。彼女は何を思ったのだろう。
「残念に思うでしょうが今回の婚約、隣国との契約がなければ本来選ばれるのは姉だったと思うのです。わたくしは姉のローズベリーのように溢れる才能も誰かが惹かれるような魅力もありません。ですが姉の代わりに選ばれたからにはせめて、与えられた役目くらい果たさないとって……でないとわたくしにはもう存在意義すらありません」
まるで自分を見ているようで苛々した。この子の考え方はどこかぼくと似ている。自己犠牲の塊。自分がどうしたいかではなくてどういう行動をとれば周囲にとって都合がよくなるかを一番に考える。ああ、嫌になるな。
「ぼくも自分の役割を全うするだけだ」
「はい。わたくし、ジスデリアさまの不利益になることは絶対にしませんわ」
ジスデリアは真っ直ぐに自分を見つめるマルガレットに耐えられずつい目を逸らした。
どうせその辺の令嬢と同じだろうと思っていたマルガレットは食事のときといい、今聞いた考え方といい随分変わった女だった。そういう破天荒なところはローズベリーに負けず劣らずだなとジスデリアは思う。
すっかりマルガレットへの敵意は消え、冷え切っていた自身の指先も熱を取り戻しつつあった。
そこでふと疑問に思ったことを口にしてみた。
「もしかしてそのドレスや装飾品ってきみの趣味じゃないでしょ。それともあえてそうしているの?」
「あっ、やっぱり派手に思いますよね。ジスデリアさまのおっしゃる通りです、お母さまがこういうドレスやジュエリーが好きなのです」
特にジュエリーはジルスチュアード商会で取り扱う商品の宣伝にもなることから外へ出かける際はモデルとして必ず着用させられているようだ。ジルスチュアード家ではまずジュエリーを選んでからそれに見合ったドレスを選ぶ。ジュエリーが映えるように胸元は基本的に開いたものを着用することが多いらしく、とんだ徹底ぶりだった。
「でも悪いことばかりでもないですよ。少しきつく見えるくらいのほうが周りの方から馬鹿にされることもないですし、夜会で変な方に絡まれることもありませんから」
「へえ、案外令嬢も苦労しているんだね」
ジスデリアは思い付いたように近くの茂みに近付くと、棘が刺さらないように慎重に薔薇を一本摘み取った。コートの内側に忍ばせてある短剣を取り出して手早く棘を削り取る。
「はい、どうぞ」
それをマルガレットに差し出すと、何が何だかという風に首を傾げきょとんとした様子で彼女はジスデリアを見つめた。
「えっと」
「ほら、ぼくたちこうして皆のところから抜け出しちゃったじゃない。だから親密になったふりとかしておかないと怪しまれるでしょ」
「な、なるほど」
彼女への贈り物というより世間体を気にしたただの裏工作のつもりだったが、マルガレットはさも幸せそうに一輪の薔薇を両手で持ち香りを楽しんでいた。
「ごめんね、一本じゃ物足りないでしょう」
「とんでもないです、とっても嬉しいですわ。 ジスデリアさまありがとうございます」
月の光に照らされたマルガレットはキラキラ光るクリスタルが散りばめられたドレスも相まって、まるでお伽噺の妖精のようだった。
妖艶な美しさにジスデリアの心臓がどくんと跳ねる。なんだか顔も熱い。
「まあこれからよろしく頼むよ、マルガレット」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますジスデリアさま」
二人は握手を交わした。
ようやくジスデリアとマルガレットの気持ちが同じ方向へと進み始めた。
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