間章:実家と私と過去のこと 1/6

 過去に引きずられるのは嫌いだけど、過去を振り返るのは嫌いじゃない。

 嫌だったことも、楽しかったことも、後悔もしたことも、納得していることも。


 全て、今の自分を構築するためには何一つ欠けてはならない大事なものだから。


 ――とまあ、そんなこんなで、帰省をしているわけだ。

 私はこれから、別の大陸に向かう予定。


 長旅にはなるだろうが、その気になれば飛んで帰れないこともない……やりたくないけど。


 だから今生の別れではないけど、それでも遠いは遠い。

 そういうことで、一度帰ることにした。


「懐かしいねぇ、ここも」


 私は眼下に広がる街を眺めながら呟いた。

 ミスラ王国、都市ダリス。


 探している居住区、そこには赤茶色の屋根が遠くまで綺麗に並んでいた。


 肌寒い空気が肌を撫でる。

 実を言うと魔法で温めることもできるのだけれど、この少し薄ら寒いような感覚も、私は嫌いじゃなかった。


 ……まあ、めっちゃ寒いときは普通に温めるけど。


「そうだな。イリアにとっては随分ゆかりのある場所だろう」


 私がそんな思考にふけっていると、箒の穂先と柄の間くらいの場所に座ったフィルが、私に声を掛けた。


「フィルも一応ここに居たでしょ? まあ期間としては短かったのは確かだけど」

「街の中については、あまり覚えていないからな。本当に数週間の出来事だったしな――まずは家に帰るか?」

「うん、じゃあ行こっか。まあでも一回門は通らないとね」


 私は言いながら、門の近くに箒を降ろすことにした。


 ◇


 待ちゆく人々や馬車を眺めながら、私は実家に辿り着いた。


 他と特に代わり映えはしない民家。だけど、窓から一瞬見えたリビングに、懐かしさを感じる。


 そして、そこに繋がった横のエリアには私の両親が経営している飲食店があった。

 『飲食店・ジェブレット』。確か、昼に太陽の光を吸収し、夜に淡く光るハーブの名前だっただろうか。いつでも分かりやすいように光ってくれる、優しい飲食店、みたいな由来があったはずだ。


 扉の横には『閉店中』と書かれた看板が立て掛けられていた。今日は休業らしい。


 懐かしいなぁ、昔はここで働いていたもんだ……と私は少し感傷にふけった。

 と、ずっとそんなことをしているわけにも行かないので、私は玄関のドアをノックすることにした。


「すいません――」


 言ってから、親に対する挨拶ではないような気がして言葉に詰まる。


「――ねぇフィル、親への久しぶりの挨拶ってどうすればいいのさ!」


 私は地面に座っていたフィルに、声をひそめて訊いた。


「……ノックだけにするか『こんにちはー』と言うとか、もしくは『お母さん』でもいいんじゃないのか? というか、そんなに気にすることでもないだろう」

「ま、まあそうなんだけどね」


 私たちが小声で話していると、奥の方から物音が聞こえてきた。

 しばらくもすると、ガチャリとドアが開いた。


 そこに居たのは、私の母。

 私と同じ白髪だが、緑色は入っていない。

 そして、指には紫の魔石の入った鉄の指輪が嵌められていた。

 父と同じものだ。


「まあ……! イリア、帰ってくるなら事前に連絡の一つもちょうだいよ!」


 すると、驚愕と歓喜が混じった表情と声で、言った。


「あはは……だって思念伝達魔法は流石に遠いとこだと届かないし、伝書鳩はこの街に帰ってくれるような鳩が手元に居なかったし……」


 私はちょっと返しに困って、そう言った。


「あ、確かにそうね。あははっ! じゃあ玄関先で話すのも良くないでしょ? まず入って。私はお父さん呼んでくるね」


 お母さんは面白そうに笑い、家の奥に消えていった。


「そういえば、こんな人だったな。少し懐かしい」


 フィルが感慨深げに呟いた。


「そうだね。じゃあ入ろっか」


 私とフィルは、家の中に入ることにした。


 ◇


 久しぶりにやってきたリビングは、私の記憶と変わらず何も変わっていなかった。

 赤レンガの暖炉は、今は火が消えている。


 部屋の隅を見てみると本棚があり、いくつか本が置かれている。

 そこには魔法の本もあり、あれらは多分私がごねて買ってもらったものだろう。


 そんなリビングの中、私達はテーブルを囲んで話していた。

 フィルはテーブルの上で丸くなって寝ている。


「――いやー、久しぶりだなぁ! 帰ってきてくれて嬉しいぞイリア!」


 お父さんはそう言って快活に笑って私に抱擁しようとしてきた。


「ちょ、ちょっと! 流石に恥ずかしいからやめて!」

「あ、ああそうか。まあお前ももう十……八か? だもんな、すまん」


 私がちょっと手で制すると、テーブル越しの椅子に座ったお父さんは困ったように頭を掻いた。

 少し頭から緑色の毛が抜け落ちる。


 そう、私の緑のメッシュは父由来なのだ。

 ついでに、目の色もお母さんは紺色だけど、お父さんは綺麗な緑をしている。


「それで――今日はどうして帰ってきたの? 旅は終わり?」


 私は水を持ってきてくれたお母さんに『ありがとう』と返す。


 一方、お母さんはテーブルの上に伸ばした手でフィルをこっそり撫でていた。

 ちゃっかりしてるなぁ……でも久しぶりに会うもんね。


「いいや、違うよ。逆に、ちょっと別の大陸まで行っちゃおうかな、と思ってね」


 私は笑った。


「別大陸⁉ ……そりゃ凄いまた随分遠くまで行くんだな」


 すると、お父さんが驚愕の声を上げた。

 ……確かに、よく考えれば凄いことをしようとしてるな、私。


「ま、まあすぐ帰れるし、そんな心配することじゃないよ」


 別に大丈夫だ……たぶん。


「いや、別に心配はしてないさ。お前が魔法学校をちゃんと卒業できてからは本当に安定していたからな……」


 お父さんは感慨深そうに顎に手を当てた。


「確かにそう言われるとそうだね」


 私は過去のことを思い出す。


 その前は本当に色々あったものだけど……今はこうやって世界中を旅しても大丈夫なくらい成長した。


「そういえば、お父さんとお母さんも、お店の方は大丈夫? 看板もいつも通りだったし大丈夫だとは思うけど……」

「おう! もちろん問題ないさ。母さんの料理は今日も美味いぞー!」

「安心した。じゃあこれで私も別大陸に行けるってもんよ」


 私は冗談っぽく言ってみせた。


「それで、どこ行くんだ?」

「隣のマギファルトってとこかなぁ。魔術――まあ魔法が発展してて、後は魔物が凄い多いところ」


 魔術は学問、魔法は実際に体で発動するもののことを言うのは案外知られていないことだ。


「そうなのね……でも大陸を渡るってなると、魔導空挺じゃ無理よね? やっぱり船になるの?」

「うん、船になるかな。せっかくここに来たから、ここの冒険者協会でちょっとお金を稼いでー、それから旅立つ感じ?」

「それにしても、大陸を旅するってのもすげぇな。結構珍しいんじゃねぇか?」

「だろうねぇ。だけど、こっちのフィルの目的にも必要だし、私も行ってみたい場所だったからね」

「ああ、あの約束か――ちゃんとやってるんだな」


 お父さんが優しそうな顔で笑った。

 昔、フィルとその約束を交わして、半ば助けてもらったような形になっている。魔法を教えてもらって、話し相手にもなってくれて、それでようやく今の私が居る。

 そんなだから、私がしっかり約束を果たしていると聞いて嬉しいのだろう。


 しかし、当の私は――


「ああいやー……まあ、一応?」

「お、おう。どうした?」

「ちゃんとやってはいるんだけど……フィルの方が私に影響されて結構自由奔放になったから、割と適当というかなんというか……」


 最初のうちは結構遺跡探索ばかりだったのだが、旅を続けて半年くらいにもなると、もう『そこまで優先してなくていい』なんて言われるようになった。


 そんな私の言葉に、お父さんは少し俯いた。

 あれ? ちょっとやばい?


「――ガッハッハ! まさかそんなことがあったなんてな! いやー、やっぱりうちのイリアは他人も変えられるようなすげぇ娘だ!」


 ああ違う、これ親バカだわ。

 なんて思いながらも、少しこの光景が懐かしいような気がして、ふっと笑みが溢れる。


「そうねぇ。最初はフィルちゃんも――それこそ堅物って感じだったのにね」

「確かに、最初はそうだったね――」


 ~あとがき~


 超お久しぶりです……

 長い間筆が進まず書けていなかったのですが、せめて過去編くらいは書かねば、と思って書き上げました。


 最後までお読みいただけると幸いです!

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