九話:連れ火祭りと魔法の花火 5/5
「処理完了!」
私がそんなことを言っていると、外からドタバタ音がしてきた。
扉の奥から、また五人の人間が顔を出した。
しかし、今度はチンピラではないらしい。
「お、おい! こりゃどういうことだ! まさか……お前がやったのか⁉」
初老の男性がそう叫んだ。
……下を見てみると、ちゃっかりフィルもついてきている。
騒動を聞いて戻ってきたということだろう。
「ち、違うよ! この人達が花火玉を盗もうとしてたから、私が気絶させてたの!」
「お、おう……そうだったのか。まあ確かに、そう言われた方が納得できる状況だな」
その男性は考え込むと、そう呟いた。
そうしている内に、他の数人が周りに散らばった花火玉や、筒に駆け寄っていった。
「……親方! これ壊れてます!」
「んだと⁉ おいおい、今日のために準備してたってのに、マジか⁉」
親方と呼ばれた初老の男性も、それに駆け寄る。
「……くそっ、これは無理だな」
「ちゅ、中止ですか……?」
不安そうな表情を浮かべながら、一人が訊いた。
「だろうな。これじゃあ流石に打ち上げられねぇ。打ち上げたとしても、誤爆しねぇかが心配だ」
苦虫を噛み潰したような表情で親方は言った。
「打ち上げ?」
「なんだ、あんた知らないのか? これは打ち上げ花火ってヤツさ。これをこっちの筒で打ち上げると、綺麗な花火が咲くのさ」
親方は花火玉と、壊れた筒を順番に指差した。
「……花火が、咲く?」
「そうか、そこから分からんか。まあなんつーか、外にある花火が全方向にブワーって広がんのさ。実際に見て……って、今日は無理だな」
親方は自嘲気味に笑う。
「ふむ、折角の一大イベントらしきものが中止になるのは勿体ないな」
いつの間にか近くに来ていたフィルが、ニヤリと笑った。
「……そうだね?」
私は少し嫌な予感がして、疑問符付きで返す。
「……つまり、魔法で再現してやろう、ということだ」
「結構無茶言うね?」
まあ、できないことはない。
使える花火玉をどうにか打ち上げて、その様子を真似て術式の構築、そして発動。
壊れた花火玉も、もしかしたら私に修理できるかもしれない。
一応魔道具の類だろうし。
「できるのか⁉」
親方から期待を込めた眼差しが突き刺さる。
「かなり難しいですよ? 失敗の可能性も高いですし」
「そうなのか……でも、可能性はあるんだろ?」
「……まあ、一応は」
「じゃあやってくれ! 大事なイベントなんだ!」
私が言うと、頭を下げて親方は頼み込んできた。
「俺達からも、お願いします!」
すると、周りの人たちも同じく頭を下げ、そう言った。
「……しょ、しょうがないですね。じゃあ、やってやりますよ!」
私はやけくそ気味にそう叫ぶ。
こんなに人がいるのに、このまま終わりは勿体ない。
そういう気持ちは、確かにあったからね!
◇
「パパ! もうすぐ打ち上げ花火だよね?」
「うん、カイル。確かにそのはずなんだけど……少し遅いね。もう時間になってから随分経っている気がするけど」
無論、正確にその時間で打ち上げられるわけではないのも、父親は分かっている。
が、それにしても遅いのだ。
「どうしたんだろう……あのお姉さんもどこか行っちゃったし」
少年は悲しそうな表情を浮かべた。
「そうだねぇ……何してるんだろうね」
何もない黒色の空を見上げて、父親は呟いた。
――すると、その時声が響いた。
『あー、あー……聞こえてますかー?』
「あっ! お姉さんの声だ!」
「えっ? あの人係員だったのか?」
喜びの表情を浮かべる少年と対照的に、父親は驚きの表情を浮かべた。
『えー皆さん、空を見てください。打ち上げ花火大会は、予定通り始まります! イエーイ!』
元気のよいそんな声と共に、空に一輪の火の花が咲いた。
緑とオレンジの色彩が交じり合った、文字通り花の形をしたそれが空に輝いた。
「わぁー!」
カイルは目をキラキラと輝かせ、目線は空に釘付けになっていた。
「おー、今年も綺麗だな」
父親は落ち着いている様子だが、感慨深げなその瞳には、綺麗な花火が映りこんでいる。
彼も同様に、空をずっと眺めている。
いや、周囲の人々は、皆空を見上げていた。
「たーまやー!」
次々と打ちあがる花火が、様々な色が、空を彩る。
「今年も、安泰で過ごせますように」
◇
一人、フードを被った少女が歩いていた。
頭には、横にお面が括りつけられている。
「屋台の裏ってこんななんだ……」
懲りずに屋台の裏側を見ているらしい。
将来は商売人にでもなるのだろうか? とイリアが見れば思うかもしれない。
すると、彼女の耳に大きな音が入り込む。
「うひゃあっ⁉」
ビクリと体を揺らして、音の源へ目を向ける。
そこにあったのは、空に咲いた色とりどりの花。
「……綺麗」
彼女は、それを見ると思わずそう呟いた。
空に見入り、花火を見つめる。
「はぁ、もし次があるなら彼氏と一緒に……!」
彼女はそういって拳を握り、決意した。
◇
「っはー、疲れたー!」
公園の端で、私は芝生の上に倒れ込んだ。
辺りに広がるのは、一部焼け跡の残る羊皮紙と、魔法筒、という筒。
「おう、お疲れさん。本当に助かったぜ! まさか花火大会がそのまま開催できるなんてな!」
親方は快活に笑う。
「僕からも、ありがとうございます! やっぱり、伝統の打ち上げ花火ですから、できたのが本当に嬉しいです!」
「いいよ、あのチンピラ達も衛兵さんに出してくれたし、私も見てて綺麗だったしねー……まあちょっと見ている暇がなかったっていう部分があるのは否めないけど」
私は小さく笑った。
そう、彼らは色々と花火以外の処理もしてくれた。
私は縄なんて持っていなかったし、運ぶのも難しかったから、助かった。
「私は楽しめたぞ」
横で
「そりゃそうだろうね!」
私は上体を起こしてそう叫ぶ。
周りにいる係員さんからもくすくすと少し笑い声が聞こえてくる。
彼らからの情報から、大元自体は事前に作ってあったけど、発射中に見た目を調整していたからめちゃくちゃ大変だった。
なぜかアナウンスも私が魔法で拡声してやることになったし……
フィルも魔法陣の大元の作成は手伝ってくれたけど……調整の方は手伝ってくれなかったんだよ!
「はっはっは、まあでも良い思い出だったな」
「……まあねー」
私は何もなくなった空を見上げ、そう呟く。
「確かに綺麗だった」
「おう、そう言ってくれると俺も嬉しいぜ」
親方はニカッと笑う。
「今日はなんだかんだ楽しかった! それじゃあ他のみんなもじゃあね! 私は行ってくる!」
「なんだ、行っちまうのか? うちの花火職人になって欲しかったんだが……」
「あはは、私は旅人ですから、そんな冗談……冗談ですよね?」
親方の真剣すぎる表情に、思わず訊いてしまう。
「本気だが?」
「……まあ、私は旅人ですから」
私は目を逸らして言う。
「でも、真面目な話、私はあまりどこかに定住する気はありません。一時的にとどまることはありますけど……私はやっぱり、自由に色んなところを飛び回りたいんです」
「そうなのか? 残念だな……でもうちに来れば結構払うぜ?」
……まだ言うのか! という言葉は飲み込み、私は続ける。
「安定が欲しいわけじゃありませんから。それに、旅を続けられるのが、ある種安定という節はありますから」
私は小さく笑った。
「……へぇ、そういうもんか」
親方は興味深そうにうなずく。
「まあしゃあねぇ、これ以上引き留めるのもよくねぇし、ありがとよ。今日は本当に助かったぜ」
「いえいえ、私もいいものが見れましたから。それではさようなら!」
◇
『イリアの日記帳』
――と、いうことがあった。
やっぱり、旅は楽しんでなんぼだよね! 楽しいものを見て、綺麗なものを見て、人助けする。人が苦しんでいる姿を見るのは気分が良くないし、感謝されたら嬉しい。
明日はどんな楽しいことがあるかな?
……あ、そういえばカイルくんとこに戻るの忘れてた! ま、まあでもアナウンスは聞いてただろうし、いいよね。そういうことにしておこう。
そういえば、旅を始めてもう一年くらいかな。
まだ全部を見て回れたわけじゃないけど、そろそろ別の大陸に行ってみるのも悪くないかもね。
〜あとがき〜
最後までお読みいただきありがとうございます。
少し今話の内容の補足と、お知らせがあります。
作中で「たーまやー!」なんて言っておりますが、実際に発言しているのは、たまやではなく彼ら独自の掛け声になっています。
それを日本語に翻訳する際にこのような表記になっている、という設定です。ご了承ください。
あとはお知らせについてですが、実はこっそりやっていた定期更新を、今回でやめることにしました。
……まあ明言せずにやっていたことなので、黙ってやめてもよかったのですが、一応の報告になります。
また、それについての詳細や、今後の展望について近況ノートで書きましたので、もし気になる方が居れば見てくださればなと。
加えて、今回で一章完結でになります。そしてそれを区切りとして定期更新をやめる、ということですね。
また、最後に大陸移動するかも、ということでそれで物語の形が少し変わったり、区切りにちょっとしたエピソードを挟む可能性があります|'ω')
それについての詳細も、近況ノートに書いていますので、気になる方は見ていただければなと思っております。
また気が向いたら、更新しようかな、と思っております。彼女の旅と同じように、気ままということですね。
……はい、言い訳です。
イリアの幻想旅日記、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
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