七話:魔法使いの街と賢者志望の女の子/第四幕
案外、教師生活は悪くなかった。実は昔、冒険者協会の教師依頼を受けていた時期があったんだけど、それを少し思い出した。あ、だから教師依頼を引き受けたっていうのもあるかな。
メルは多少焦りが見えるし『賢者になること』に囚われているような様子はあるけど、案外飲み込みは早いし、言ったことはすぐに実践してくれる。
あんまり自分から聞いてくるような様子はないけどね。
私は旅人だから、どこか一つに拘束されることはあまりないけど、別にそこまで嫌いなわけではない。
もちろん、誰かに強制されて居るのは嫌いだけど、ここに留まるという選択をしたのは私だから、これもある意味、私にとっての『自由』とも言える。
「そういえば、イリアさんって、なんで魔法使いになったんですか? それに、そんなに実力があるのになんで旅人なんですか?」
メルの家の庭で、彼女はそう話を切り出した。
……ちなみに、呼び方は最初『師匠』とか『先生』とか呼ばれたけど、ひじょーにむず痒かったのでさん付けに変えてもらった。
「うーん、まあ元より魔法が好きだったからかな? だから学んで、学校とかにも通って――まあそれから色々あって、冒険者になって、旅人になって、今に至る。みたいな」
「……なんか一番大事な部分を省いてませんか?」
「ソンナコトナイヨー」
私はわざとらしく目を逸して言った。
いや、話すと長くなるのだ、本当に。
「話すと長くなっちゃうからねぇ……」
「じゃあ、イリアさんは賢者になろうとか、立派な魔法使いになろうと思ったことはありますか?」
と、メルはそんなことを聞いてきた。
――つまり、聞きたかったのはそういうことなのかな? なんて予想を立ててみる。
「いやー、ないね。本当に魔法が好きでやってただけ。後は、あの頃は友達もいなかったからなぁ……それもあってがむしゃらに魔法の勉強だけしてた」
「……さらっと重要なこと言いますね?」
「ソンナコトナイヨー」
……私は、わざとらしく目を逸して言った。
「……そうですか、まあいいですけど」
呆れたようにメルは返した。
「ま、まあ本当に話すと長くなるし、複雑だし、ちゃんと解釈してもらえるか分からないからね――まあ、賢者になりたいっていう夢が揺らいでるのは分かるけど、私は参考にならないと思うよ?」
と、私は少しカマをかけてみた。
「――え? なんで分かったんですか?」
「ちょっとカマをかけさせてもらったよ」
私はニッと笑ってそう言った。
「……ま、まあそういうことです。私、賢者になるのは無理なんじゃないかって」
「ふんふん、なるほどね」
「どう思いますか?」
「うーん、今のままだと無理!」
「――え?」
私のその言葉に、メルは酷くショックを受けたような表情をした。
「と言っても、大事なのは『今のままだと』って部分。多分、魔法に全てかけれるほど本気じゃないでしょ?」
「あ、そういう意味だったんですね」
と、私が大事な部分を言ったら、納得してくれた様子だ。
「全てをかけれるほど本気じゃない……は確かにそうですね。全てはかけれないです」
「じゃあ、全てをかけれるような、そんな自分になりたい?」
人間関係とか、夢とか、全部かなぐり捨てて研究に没頭するでもないと、賢者として生きていくのは厳しい。もちろん、別に収入源を用意すれば問題はないけど、それでも厳しい部分はある。だから、そんな全てを捨てる人間になるのは少し難しい。
「……なりたくない、と思います」
「なるほどね」
「色々調べたんです。賢者のこと。そしたら、凄い厳しそうで……私には無理かもって思いまして」
憧れなんだから最初から調べないのか、と普通なら思うかも知れないが、そういうのは案外分からないものだ。そもそも、情報自体が少ないのもあるし、わざわざ実態まで知ろうとする人間は少数派だ。
「うんうん、まあ賢者の研究だけで生きるのは相当厳しいからね」
「でもやっぱり、賢者になるのはいいことですし、教師もしてもらってますから、頑張ろうと思います」
と、メルはそんなことを言った。
賢者になるのがいいこと、か。
「……それでもいいけど、メルは賢者になりたいの?」
「だって、親も研究職ですし――」
「いやいや、自分の話『メル』が賢者になりたいのか。別に賢者になってちやほやされたいでも理由はなんでもいいけど、本当に自分がなりたい?」
「……違うかもしれません」
私が問うと、メルは少し考え込んで、そう言った。
「でしょ? あと、私は正直どっちに転んでもいい。別に興味がないわけじゃないんだけど――私が人の人生に介入する権利はないと思ってるから、私はただ人の手助けをするだけ。決めるのは、メルだよ」
『どうでもいい』と言うふうに聞こえるかも知れないが――まあそれも間違いではない。
だって、ただ街であった数週間の付き合いだけの人間だ。
まあでも、その人が征く道の舗装くらいならした方が、私の気分も良いというものだ。
「……じゃあ、賢者になるのは、一回やめます」
「うん、いいと思うよ」
「あ、あと……ついでに教師もやめてもらえたらなーと」
今度は少し申し訳無さそうに言った。
「うん、それもいいよ」
……まあ、別に私はそれで問題ないのだ!
「いいんですか?」
「だって報酬は貰ってるし、別にやめても私が困ることはないし、困るとしたらメルの方だからね」
「……なんか冷たくないですか?」
「そう見えるかもしれないけど、別に興味がないわけじゃないよ。本当に、メルの選択次第だから、私の介入する余地がないと思ってるだけ。それに、私に困ることがあったら、また気持ちが揺らいじゃうでしょ?」
私は、最後の部分を少し冗談っぽく言った。
「まあ、そうかもしれないですね」
メルもそう言って笑った。
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