七話:魔法使いの街と賢者志望の女の子/第二幕

「ほら! やっぱり!」


「だな、私も手伝おう」


 私はバッと走り出し、フィルもそれに走ってついてくる。


「障壁を展開するから、フィルは水頼んだよ!」


 走っている間に、少女は腰を抜かしてしまっていた。

 髪がチリチリと燃えているが、自身に魔法で水を掛けてどうにかしたらしい。


 しかし、目の前の火柱を見て酷く焦燥している様子だ。


「何者も通過を許さぬ無謬の障壁よ、我の目の前に展開し災害を封印し給え・・・・・・!」


 手元で詠唱と共に魔力を練り、魔法障壁の用意をする。


 本来ならこの詠唱は『災害から守り給え』になるが、今回は炎を押し止めるのが目的だ。

 目的によって詠唱を変えるのはコツがいるが、できれば詠唱をそのまま言うよりもずっとうまく活用できる。


 発動位置はずらしてあるが、正確な位置に展開するためには近づかなければいけない。

 熱い空気に気圧されながらも、私はその火柱に近づいて、その術式を開放した。


 目の前に展開された大きな障壁は、炎を包み込むように球状に展開する。


「フィル!」


「分かっている!」


 今度はフィルの目の前に魔法文字が展開され、そこから大量の水が出現する。

 発動体型が少し特殊だが、魔法に変わりはない。


 私はそれを目視して、魔法障壁に魔力をそのまま当てて術式を途中改変することによって、その水が当たる箇所に穴を開ける。


 すると、その水は炎の中に飛び込んでいくと同時に、上側に跳ねていく様子も見られた。奇妙な動きだが、効果的ではある。

 上の方も消火するために、そういう挙動にしたのだろう。


 そして、最後の仕上げとして魔法障壁をさらに弄る。


「障壁よ、形を変えて顕現せよ!」


 今度は大規模な改変だから、詠唱付きだ。


 すると、障壁は段々とその大きさを小さくしていき、それと同時に火の手も小さくなっていく。

 水によって弱められた火が、さらに魔法障壁によって追い込まれていく。


 数秒もすると、その火柱は小さい火種になっていた。

 私はそれを足で踏みつけ、今度こそ消火を完全に完了した。


「よっし、消火完了だね!」


「一件落着と言ったところか」


 ふと横を見ると、そこには先程の少女がいた。

 毛先が焦げているが、あまり怪我をしている様子はないようでよかった。


 そして――


「す、すいませんでした‼ それと本当にありがとうございます‼」


 その表情には、焦燥や驚き、動揺と色んなものが浮かんでいた。

 座ったまま激しく何度も頭を下げる彼女。


 ……いやまあ、そりゃいきなりあんなことが起きたらそうだよね。


「ほ、本当にありがとうございます……ど、どうなってしまうかと……」


 気がつくと、周りはなんだなんだと少しざわついていた。

 まあそりゃそうだよね。あんだけ大きい火柱だし。


「大丈夫だよ……でももう少し気をつけたほうがいいんじゃないかな?」


 私は、大丈夫だと言いつつも彼女の諭した。


「本当にすいません‼」


 ……逆効果みたいだったけど。


「いやだから――まあいいや、そういえばなんでこんなことしてたの?」


 まあ一旦そんな彼女の状態は放置して、理由を聞いてみることにした。


「そ、それは……一つ夢がありまして。賢者になりたくて、それで研究成果を出せないかなーと……」


 と、そういうことらしい。

 賢者と言えば、何らかの実績のある魔法使いに贈られる称号だ。例えば画期的な研究の成果を出したり、理論を提唱したりと言った魔法理論などもそうだし、魔物や別の国の驚異から、国を守ったりといった実技系でも賢者にはなれる。一部の国で採用されている制度だ。

 国によっては全く影響力を持たないが、魔法国家と呼ばれるほどの国であるこの国であれば、重要視される称号だ。


「そういうことねー。うーん、でもやっぱり、安全確認はしないと駄目じゃない?」


「……ごもっともです」


 私が言うと、彼女はそう言って項垂うなだれた。


「そっ、そうだ! じゃあ、指導してもらうことって可能でしょうか……?」


 彼女は、座ったまま上目遣いでそう訊いてきた。


「えぇ? 私? そんな実績とかあるわけじゃないけど……」


「いえいえ! あんな大魔法を使えるお方ですから、凄くないわけありませんよ⁉」


 私が言うと、そう言ってぐいと顔を近づけてきた。


「近い近い、いや、そもそも魔法を使うのが上手いからといって、教えるのもうまいとは限らないし、魔法を使うのと研究は別物だから、期待に添えるかは分からないよ?」


 少し彼女を手で制しながら、私は言い返した。


「そ、そうなんですか? じゃあ研究はできるんですか?」


「……うーん、まあ論文書いて小さい賞をもらったこともあるし――」


「じゃあ大丈夫じゃないですか! 報酬は出すので師事をお願いします!」


 すると、またそう言って頭を下げてきた。


「え⁉ いや、あの――もう、分かったから!」


 そろそろ、野次馬も集まってきたし、ついでにフィルがあくびをしている。

 要するに「話が長い」ということだ。


 フィルについての説明は面倒だから、短い間なら話さないようにしてもらっているのだ。


「いいんですか⁉」


 彼女は期待の眼差しを向けた。

 ――これは大変になりそうなやつだ!


「いい! いいから! 報酬はもらうけど、それならやったげるよ」


「ありがとうございます!」


 彼女はまたもや勢いよく頭を下げる。


「とりあえず落ち着いて、で一旦――」


 と、そんな問答をしていると、後ろから複数のガシャガシャと金属が擦れる音がした。


「おい! お前たち、この辺りで火事があったと聞いた。お前らのせいなのか?」


 後ろを振り向くと、そこにいたのは金属の甲冑を着た兵士。

 つまり、自警団、もとい王の私兵だ。


「あー、えっと、そこの人がやりました」


 私は、そばに座っている少女を指差した。


「え?」


 なんだか驚いた表情をしているが、事実やってしまったのは彼女だ。

 私は悪くない!


「そうなのか? ――いや待て、お前にも着てもらうぞ。現場に居る以上は事情聴取させてもらおう」


「あっはい、そうですよね……」


 ……まあ予想はしていた。

 現場に居合わせたら、当然だ。


 ◇


「はぁ、白金級であることにこれほど感謝したことはないね」


 留置所から出た私は、疲れたままそう呟いた。

 少し話して、事情は分かってもらえたのだが、彼女の過失のせいで火事が起きかけたのは事実だ。そんな大事だったから、白金級だったら信じてもらえなさそうなレベルで、私も少女も疑われていた。


 あ、あとこっそりついてきたフィルも、私に随伴してるよ。

 バレないように隠れてたらしい。


「冒険者って案外信頼されてるんですね……」


「そりゃあ、ほぼどんな場所にもあるくらい普及してて、さらに国が支援してるくらいの場所もあるし、そもそもランクを上げるには信頼も必要だからねぇ」


「なんだか意外です……あそうだ、師事についてですけど――」

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