六話:邂逅の遺跡と魔法使いイリア/第四幕
全力で、抱擁した。
「はっ⁉ あんた⁉」
驚きの声を上げつつ、なおもこの至近距離で雷や氷の魔法を私の体へと向かって放つ彼女。
うっ、痛いけど、今は我慢時だ。最初の放ったそれよりも随分弱い魔法だし、これくらいなら魔法使いの私なら耐えられる。周りは寒いけれど、今はそれを気にしている場合ではない。
――そしてなぜ、私はこんなことをしているのか。
「ごめんね、私。あの時はずっと、優しくしてあげられなかったね」
私は最大限、優しい声で語りかける。彼女は、私が一番苦しかった時の状態のまま、成長してしまったのだろう。今まで通ってきた道だ。よく分かる。
親という味方はいた。けれど、周囲から期待の魔法使いとして学校に通っていたのに、それに行けなくなった。学校からは毎日のように手紙が届いたし、友人からもだ。でも、どれも私に寄り添ったものではなかった。
学校に戻って欲しい、要するにそういうことだった。だから、私は精一杯頑張った。どうにか戻ろうと。でもできなかった。
少し、魔法が弱まる。
「は? 何言って――第一、あんたは私じゃない! 私は、あの時からずっと――」
「苦しかったんだよね。あの時、私はずっと自分を攻撃してたから。私が、私に優しく出来なかった。だから、ごめんね。それと今まで、よく頑張ったね」
彼女の言葉を遮って、私は続ける。
ずっと、自分が嫌いだった。何もできない自分が、期待に応えられない自分が。でも、何もできていないなんていうのは幻想だった。私は私、最初からそれで充分だったんだけど、あの時はそうは思えなかった。
だから今、私は自分に優しくしている。それは、あの時の私が自分自身にしてあげられなかったことでもあり、同時に誰かにして欲しかったことでもある。
「――なにそれ、意味分かんない。そんな、自分自身に謝られたって何も……何もないじゃない」
段々と、彼女の声は弱いものになっていく。私の身体を打つ魔法は既になかった。
口調が荒くなって、髪も短くして、まるで強くなったように見える私。でもそれは、本当は心が弱いから、表面上強く見せなければならなかっただけだ。
心が強い人間なんて、いないんだから。
周りに舞う氷霜を鎮めるために、今度はそのまま魔力を放出する。
魔力によって作られた水、そしてそれを凍らせたものである氷の魔法は、術式の穴を突いて魔力を通せば沈静化するのだ。少し魔力消費は大きいけれど、まあ今はいいだろう。
辺りは次第に元の温度を取り戻す。
「何もなくないよ。ずっと、誰かに理解してもらいたかった。何かして欲しいんじゃなくて、ただ分かって、そばに居て欲しかった。あなたもそうかはわからないけれど……でも、これは私がしてほしかったことで――今、私がしたいこと」
私の肩、その服に何かの液体が染みる。
彼女の身体をぎゅっと強く抱きしめる。
「馬鹿……みたいじゃない。私、こんなことして、それで――」
言葉に嗚咽が交じる。
しばらくそのままでいると、段々とその声も落ち着いてくる。
「ほらね? 意味があった。大丈夫だったでしょ?」
私はゆっくり彼女を離して、今度はその泣き腫らした顔を見て、笑って言った。
「……ええ、まあ。それじゃあ、ありがとう」
少し恥ずかしげな声で彼女は言った。
「ここももう、終わりみたいだから」
彼女は続けて、顔だけ別の場所を向いて、言った。
「――え? それってどういう」
私がそれに言葉を返す間もなく、上から世界の瓦礫が崩れ落ちてきた。
◇
「……わぁ、綺麗な星だなぁ」
いきなりすぎるその出来事に、思わず幼児のような感想を漏らす。
眼前にあるのは無数の星々。綺麗な星空だ。
気がつけば、なぜかベッドの上にいた。しかし、星空が見えるということは天井がないということだ。
どうやら、廃墟の一部にこんな場所があったらしい。
「ええっと、つまり、夢だったってこと?」
身体を起こして、そう予測を口にする。
いつからそうだったのかは分からないが、そういうことだろう。
確かに、そもそも自分自身がいきなり出てくるなんて、それこそ夢でしか起こり得ないことだろう。
「あ、じゃあフィルは……」
少し周りを見渡すと、隣でフィルが丸くなっていた。もしかして、まだ夢の中?
「おーい、フィル」
少し揺らすと、すぐに起きた。
「……ふわぁーあ。なんだ、起きたのか」
どうやら、普通に寝ていただけらしい。
「あれ? フィルはあの夢の仕掛けにかからなかったの?」
「――ああ、やはり同じ状況だったのか。あれのことなら、かかったさ。だが、すぐに抜け出せた」
フィルはあっけらかんとそう言ってみせた。
……いやぁ、私も結構早かったと思うんだけどな。
「へぇ、それにしても、わざわざベッドまで用意してるなんてね……」
「その辺に転がしておいたら色々大変だからな。しっかり魔法で運ぶ仕組みが作られていたんだと、今思い出した」
相変わらず親切だねぇ。
「そうなんだ……そういえば、フィルの方はどうだったの? やっぱり自分が出てきた?」
「ああ、そういう仕掛けだからな。と言っても、私はあまり昔から変わっていないからな。戦って勝って、それで終わりだ……まあ、昔の私は少し攻撃的だったことは否めないが」
フィルは、最後の方だけはそっぽを向いて言った。
「へぇ、確かに最初合った時はそうだったもんねぇ……」
「それで、イリアはどうだったんだ?」
私が面白げに言うと、それを遮るようにフィルは言った。
「私? 私はねぇ、まあなんかダークサイドな私みたいなのが出てきたから、慰めてやった!」
私は、冗談っぽくそう言ってみせた。
「……なるほど、そういうことか。確かに、イリアの過去も考えると、そうなるかもな」
フィルは少し考えて、私の言いたいことが大体分かったらしい。
私の過去は知っているし、今ので大体分かったのだろう。
「さて、じゃあ報酬、と言ってもそんな大したものはないが、見に行こうか」
フィルはベッドからストンと降りて、歩き出した。
向かった方向には、いかにもな地下へ下る階段が置いてあった。
「おお、じゃあ行こっか」
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