六話:邂逅の遺跡と魔法使いイリア/第三幕
「こんにちは、私――じゃあ早速、死んでもらうよ?」
不気味な笑顔で口角を釣り上げながら言ったのは、紛れもない私自身だった。
ラベンダー色のローブに帽子。指に嵌められた緑色の魔石と銀でできた指輪。
一つ違うのは、白をベースに緑のメッシュが入ったその髪は、首までの長さで短くカットされていたことだ。
「えぇっ⁉ いや、死なないけどっ!――」
驚いている暇はなかった。もう一度放たれた魔法を私は再度横に跳んで避けると、今度は私も攻撃を行う。
魔法で氷の柱を放って、牽制する。当然、それは魔法障壁によって防御される。
――良く分からない状況だが、この遺跡は自分を倒せとか、そういう話なのだろうか?
しょうがない、相手が自分ともなれば全力を出すしかない。
「速いね。あれからずっと、幸せな人生を歩んできたから?」
まるで親の仇かのように睨んでくる眼の前の『私』。
その言葉に身に覚えは――あった。
「――えぇ? ああなんか、そういうこと?」
一瞬思案して、すぐに分かった。
まあ多分目の前の私は、ダークサイドイリアみたいな、そんなところだろう。口調も刺々しいし。
……私だって、今までずっと楽観的なわけじゃなかった。
そしてそんな思考をしつつも、私は攻撃を続ける。
今度は魔法で雷を放った。
――でも、それは少し変則的な動きをするものだ。
横に避けようとした『私』――いや、分かりにくいからダークイリアでいいや。
ダークイリアは、その変則的な動作をする雷に当たった。
ダークイリアは少しよろける。
思ったよりもダメージは少なかった。魔力は、扱えるようになればなるほど魔法への耐性が上がったりするものだから。
――それにしても、今のを避けられないのは妙だ。もしかして、過去の私程度の実力しかないのだろうか?
思って、ニヤリと笑う。それなら勝てる。
次いで今度は相手が初手撃った魔法と同じものをお返しで撃つ。
ダークイリアが撃ったそれよりも青に染まったように見える光線が迸る。
彼女はそれを避けるが、逃げ遅れたただでさえ短い髪は光線によって焼かれた。
「……チッ! 無駄に強くなってるのね」
私のその表情が気に食わなかったのか、舌打ちをして、攻撃的な口調で言ってくる。
うわぁ、なんか随分ヤなやつだなぁ。過去の私ってこんなんだったの?
「無駄とは失礼な。有益に強くなったんだよ」
「そりゃあ、随分楽しかったでしょうね! 全部投げ出して、やめて、自由になって! 私は! あの時学校をやめないで頑張ったのに!」
私が言い返すと、ダークイリアは語気を強くして言い放った。
……まあ確かに、言い返せる話ではない、だけど――
「――それで、あなたは楽しい? 自分を攻撃するのは嫌でしょ?」
「っ……じゃあ、どうしろって言うのよ!」
悲しそうな顔で叫ぶダークイリア。
「それをやめて、楽しいことする、以上!」
私は胸を張って自慢げに言い放つ。
そう、案外これいくらい単純な方がちょうどいい、少なくとも私はそう思っている。
「――そんなの、無理だよ」
すると、ダークイリアは素早く身を翻し、顔を見せずに言った。
「あっ待って! ――逃さないよ!」
今度は、多少手加減して、走っていくダークイリアの足元に氷柱を放つ。しかし、それはダークイリアはの展開した魔法障壁によって弾かれ、そのまま部屋から出ていった。
――直後、爆音。すぐ隣から発生したそれは、この家屋を揺らし、倒壊を招いた。
上からはほこりが舞い、通路からはガラガラと瓦礫が崩れ落ちる音がする。
「ちょっと、まずいって!」
流石にそんな荒業をするとは思わなかった。
私は部屋にあった窓へ向かい、それに魔法で作った石を飛ばす。勢いよくパリンと割れたそれから、飛び出す。
ふわりと風の魔法で浮いて、制御する。周りを確認して、ダークイリアは居なさそうだったからそのまま着地。
「っと、危なかった……」
周りは、霧は晴れているが、まだ暗い。周囲にあるのは廃墟の山だ。
すると、また後方で魔力が膨れ上がる。
バッと後ろを振り向くと、そこには巨大な炎の塊。
「うわぁっ!」
急いで身体強化を行って、さらに風魔法での歩行速度の加速、さらには風そのもので自身を押して、必死に避けようとする。
私は勢いよく動き、それを制御できないまま遠くまで移動した。
後方では爆炎が舞っている。
随分派手にやるねぇ、なんて思いながら、私は警戒を強める。
「ねぇ! 不意打ちばっかりしてないで、出てきなよ!」
私が言うと、向こうの物陰からゆっくりとダークイリアが出てきた。そして――
それを見て、私はニヤリと笑う。既に準備していた氷魔法を発動する。
巨大な氷塊がいきなり出現し、それはそのサイズに見合わない速度でダークイリアへと飛来する。
「なっ……⁉」
驚きの声を上げるダークイリアをよそに、私は氷塊を追うように走る。
そのまま遠回りをしながら、彼女の方へと向かう。
すると、今度はダークイリアの方から炎の柱が浮かぶ。
どうやら、魔法障壁では防ぎきれないと判断して溶かすことにしたようだ。荒業だが、他の攻撃の防御もできるし悪くない手段だ。
だけど、視界が狭まってしまう。
「――絶対零度の氷霜よ、
長尺の詠唱。あまり詠唱はしない私だが、威力を優先する場面では詠唱も行う。それに今は舞い上がった炎により、小声の詠唱なんてかき消されてしまう。
人類の集合知によって最適化されたその詠唱は、目の前の敵を凍らさんと私の手元に私の魔力を集め、氷霜の種が出来上がる。
少し経って、炎の柱が消える。
未だ明後日の方向を向いているダークイリアへ、用意したそれを放つ。
こちらに気づいて魔法障壁を発動する彼女だったが、これはその程度で防御できる範囲の魔法ではない。
――氷霜が、舞う。
辺りは一気に冷気に包まれ、廃墟が段々と凍りついていく。
当然、その最中にいるダークイリアも例外ではない。炎を出して抵抗している様子だが、事前に用意した上級魔法に、即席で対抗できるほどの実力は持ち合わせていないだろう。
そう! この私が! 事前に用意した魔法なのだ、そう簡単には破られない。
……まあそんな冗談は置いておき、抵抗しつつもこちらに睨みを聞かせるダークイリアに、私は走って寄る。
絶望の表情を浮かべる彼女に、今度は私は――
全力で、抱擁した。
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