六話:邂逅の遺跡と魔法使いイリア/第二幕

「はぁ、しょうがない。辺りを見つつ、フィルも探そっと」


 嘆息して、再度歩き出す。

 フィルがいないということは、今更戻ることもできないのだ。


 すると、今度は目の前に見えてきたのは、小さな民家。

 土台は石レンガで作られ、壁はクリーム色のレンガで作られ、ところどころ木の支えが付いている。

 屋根は赤茶色の瓦でできた、良く見る民家。

 でも、どこか見覚えがある気がする。一応、こういう民家もそれぞれ地域の特色が特徴が出る。

 今まで見た国の中にそういったものがあったのだろうか?


「……とりあえず入ろ」


 目の前に出てきたということは、入れということなのだろう。


 ◇


 中に入ると、まず目につくのは暖かな光を放つ暖炉。

 普通サイズのリビングに、床にはカーペットも敷かれている。どちらかと言えば裕福な家庭、といったところだろうか。


 横には本棚が置いてあり、色んな本が入っていた。

 がしかし、それら全ての文字はまるでモヤがかかったみたいにぐちゃぐちゃで、内容は分からない。


「……変だねぇ」


 そろそろ、この現象がレインの仕掛けによって動いているものだ、という予想はついてきた。具体的に何がどうなっているのかまでは分からないが。

 それにしても、どこか見覚えがある。


 部屋の中を見ると、入ってきたところの左手に扉があり、奥の方には階段があった。

 まず扉を開けようと、それに近づいた。そしてそれを開けるとそこは外で、先には何もなかった。


「本当に変だね」


 呟いて、今度は階段を上ることにした。

 上ると、そこにあったのは――私の部屋だった。


 掛札には「イリア」と書かれていた。


「……どういうことぉ? というか、じゃあここ私の実家ってこと?」


 不思議に思い、首をひねる。幻覚の類だろうか。

 ともかく、下の階に見覚えがあったのは、ここが私の実家だったことによるものだったようだ。

 ……まあ、考えていてもしょうがない。この遺跡は、わざわざ私の家と部屋を用意したくらいだし、入れということのはずだ。


 扉を開けると、そこは見知った私の部屋だった。


 小さな本棚の中には、魔法関連の本が置いてある。今度はタイトルがハッキリ見える。

 下の階にあるのは親の趣味だが、こちらは私が頼み込んで買ってもらったものだ。

 ……ちょっと高かったらしい、買ってくれたことに感謝しないとね。


 そういえば、下のタイトルは見えなかったのに、こちらが見えているのは、私がこれらのタイトルをハッキリ覚えていたからだろうか。となると、この遺跡の仕組みは私の記憶を読み込んで、うんぬんかんぬんしている可能性が高い。

 ……曖昧だけど、詳しいことが分からないんだからしょうがない、うん。


 そして、デスクとそこに置かれた一枚の羊皮紙。そこにはまるで書きなぐったように書かれた無数の文字列。

 私が自分を整理するために、一枚の羊皮紙を無駄にして書いたそれは、私の過去そのものでもあった。あれが嫌だったこれが嫌だったと、とにかく書き出していた。


 少し懐かしい気持ちになる。こんなものを見て嫌じゃないのか、と多くの人は思うだろうが、私にとってこんなものはもう決別した昔の話で、笑い話だ。

 書かれているのは、友人と上手くいかないこと。成績も優秀で、普通に話せているはずなのに、どこか疎外感を感じていること。

 なぜそうなっているのか分からないし、学校に通わせてもらっているにも関わらず、学校が嫌になってきている自分がいること。


 それに優しく触れて、ふっと笑う。自嘲ではない、それが懐かしいからだ。それに、笑い話にできるくらい私は成長したのだ。


 ――刹那、私の後ろから膨大な魔力の流れを感じた。ある程度魔法を扱える者なら分かる、魔法発動の際の魔力の塊。

 すぐに横っ飛びでそれを避ける。逃げ遅れた私の髪を焼きながら飛んできたのは、青と赤の入り交じる、炎の光線だった。


 『ファイアレイ』と呼ばれる上級魔法に属する魔法。それを詠唱もなしにこの威力、ということは、私と同じくらいの実力を――

 そこまで考えて、私の目の前の光景に絶句した。


「こんにちは、私――じゃあ早速、死んでもらうよ?」


 不気味な笑顔で口角を釣り上げながら言ったのは、紛れもない私自身だった。

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