六話:邂逅の遺跡と魔法使いイリア/第一幕
ガタゴトと、馬車の揺れる音がする。馬車の外を見ると、今は太陽が少し傾いており、もう少しで日が暮れそうだ。外は広い草原となっており、その中に出来た踏み均された道を馬車は進む。
いつも箒に乗っていると疲れるから、たまにこうやって馬車を使っている。
今日は特に目的地はない。ただ、前の街から次の街に行くための馬車に乗っただけ。
私は、その時見えた道を好き勝手に進む。その後引き返すこともあるけど、それもまた私の自由だ。
そう、川の流れに身を任せるように――なんてそれっぽいことを言ってみたり。
フィルは、私の膝の上でスースーと呑気に寝ている。
馬車にそのまま寝るのは寝心地が悪いからと言って、私はいつもベッドにされている。
「……ふわぁーあ」
なんだか私も眠くなってきて、大きくあくびをする。
「そういや、この辺には妙な遺跡があるらしいぜ」
「あん? なんだそれ? 俺は普通のダンジョンにしか潜らないぞ?」
ふと、同じ馬車の中に座った二人の冒険者の会話が聞こえてくる。
興味なさげに聞き返したのは、ローブを羽織った冒険者だ。盗賊職と言ったところだろうか?
「いや、遺跡だよ。昔の人が遺したヤツ。魔力でできるダンジョンとは別だって前も言ったろ?」
と、腰に剣を差した、剣士らしき人物が返す。
「ああ、そうだったか……それで? 遺跡ってのは?」
楽しそうに話す剣士に比べ、盗賊職は興味がなさそうだ。
「なんかな、その遺跡はただの廃墟に見えるんだけど、夜になると何かが起こるらしい。で、それが大体、今いる近くの森にあるんだよ」
そんなものがあるらしい。
私も知らなかった。まあ地図を持っているわけではないからしょうがない。
「……それ、本当なのか?」
「昔剣士学校行ってたからな、覚えてんだ――まあ、一瞬で退学だったけどよ! 親には申し訳ねぇが、あそこは俺がいる場所じゃなかったな」
学校かぁ、私も昔通っていたな。
――私も二年でやめたけど! 本来は三年か四年かくらいはいるものだ。
なんというか、私には合わなかったのだ。あそこは私にとっては随分居心地が悪かったらしく、行けなくなったのだ。お金の問題で学校に行けない人間が多い中、超贅沢な話だけど。
ともかく、今となってはどうでもいいことだ。
「……へぇ、そうなんだな」
「なんだよ、反応薄いな。金儲けのチャンスかもしれないだろ? 俺が剣士学校に通ってたってのが信じられないなら、裏付けがもう一つあるぜ」
そう言って剣士は人差し指を立てた。
「あそこは、魔物がほとんどいないらしい。妙だよな?」
どこか楽しそうに剣士は言った。
確かに、ここは人里離れた場所なのに、魔物がほとんどいないのは少し珍しい。
「……いや、どうせそれレインの遺跡とかだろ? アイツの遺跡はロクなもんがない」
と、盗賊職の人間が言った。
――それにしても、レインの遺跡、ねぇ。なるほどなるほど。
ちょうど、私の目も覚めてきたところだ。
「……あー、そういやレインとか言ってた気もするな。確かにアレはロクなもんがねぇな」
剣士はそう言って笑った。剣士もそこまで興味が深いわけではないようだ。
まあ冒険者はその日暮らしだし、今回みたいに会話すら自由な人間が多い。
……でも、今度は興味が湧いてきたのは私の方だ。まあ言う通りただの噂だから、間違っている可能性もあるけれど、探してもしあったら面白いよね。そんな程度だけど、私は動いてみることにした。
それに、今は休憩していたけれど、目的ができれば多少箒を使うのもやぶさかではない。
「フィル、起きて」
「ん……どうした? 何かあったか?」
「いや、ちょっと……面白そうな話があったから、行動開始しようかなと」
「ほう? そうだったのか。何があったのだ?」
フィルは何かを察して、面白そうに聞き返す。
「近くにレインの遺跡があるかもって。ちょうど暇してたし、今から出発しようかなって」
「ふっ、相変わらずのマイペースさだな。まあ馬車の料金は既に払っている、問題ないだろう」
ひょい、とフィルは私の肩に乗る。
準備完了のようだ。
「そうそう――じゃあ行こうか!」
私が少し大きな声を出して立ち上がると、あの二人の視線が向く。
私はそれを気にもとめずに、馬車の前方、御者の方へ声を張り上げる。
「御者さん! 私ここで降りるので、ありがとうございました!」
「え? 急にどうしたんだい。まだ全然――」
私はそれを最後まで聞かないまま、馬車の後ろの方へと走っていく。
そのまま馬車を軽く蹴って、跳ぶ。
さらに次元収納魔法から空飛ぶ箒を取り出し、すぐに跨る。
私は夕日を背に、飛び立った――
――
――――
「……なあお前、今のなんだと思う?」
「……さぁ? 俺には分からんな。今の俺らの話聞いて飛び出したってとこか?」
「そんなことあるか?」
「……だから『さぁ?』ってことだよ」
◇
「で、ここってこと?」
辺りはもう完全に日が落ちていた。
少し暗いが、道は月明かりが照らしてくれる。少し歩きにくくはあるが問題ない範囲だ。
それにいざとなったら魔法を使えば良い。
目の前にあるのは、廃墟。空を飛んでいたところ、森の少し奥にこんなものがあった。
……に見えるが、噂によるとレインの遺跡らしい。こんなタイプを見るのは私も初めてだ。
石レンガを主とした建造物だっただろうそれは、苔が生え、雑草もぼうぼうで植物のテリトリーになっていた。
……もしかすると、レインが最初からこういう設計にした可能性もある、というかその可能性は高いけど。
「ふむ、らしいな。私もこんなものは覚えがない――と言っても、私の記憶違いなだけかもしれないが」
フィルは都合上、レインの遺跡やレインのことをよく知っているが、それは本人の記憶な以上、完全なものではない。
「じゃあとりあえず入ろっか」
私はその奥へと歩みを進める。
フィルは肩から降りて、自分で歩くようだ。
そこには石レンガで作られた小さな門のようなものがあった。
歩いてそれをくぐる。
「門くぐったら何か起きるとか……?」
辺りには霧が立ち込めてきた。先程までは夜だから暗かったものの、霧なんてものははなかった。
「何か起きたな」
フィルは面白そうに言った。
「……起きたねぇ」
それにしても、周りは全く見えなくなってしまった。
一緒に歩いているフィルすら見失ってしまいそうだ。
一瞬、平衡感覚がなくなって、何かにつまづいたように足元がぐらついた。
「おぉっと……」
転ばないように踏ん張り、一瞬足を止める。
周りを見ると、本当に霧が深い。
「うーん、全然見えないね。どうする? はぐれないようにフィルは肩に乗っておいた方が――」
そう言ってフィルの方を見ると、そこにいつも見る黒い猫の姿はなかった。
「フィル? おーい!」
はぐれたのかと思って、大きな声を上げる。流石にそう遠くへは言っていないはずだし、これで戻ってくるだろう。
「……」
どうやら、そうでもなさそうだ。
これもレインの仕掛けだろうか? ――それにしては少し意地悪な気もするが。レインの仕掛けは大抵、普通のダンジョンにあるような危険な仕掛けはない。まあもしかすると、それはただの傾向でものによっては危険なものもあるということなのかもしれない。気を引き締めよう。
「はぁ、しょうがない。辺りを見つつ、フィルも探そっと」
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