五話:おもちゃの国の盗難事件/第四幕

 ハッキリとしない思考の中、うるさいシンバルのような音が私の耳に入る。


「……うーん……なんのおと?」


 独り言のように呟き、眠い目を擦りながら体を起こす。

 すると――そこにあったのは、机の上に放置していた私の帽子がふわりと風に乗って浮かび上がる光景。

 それはまるで誰かに操作されているかのようにゆっくりと窓の方へと向かっていった。


 ああ、なんか帽子が浮いて――って、そんなこと言ってる場合じゃない!


「えぇ!? ちょまっ――」


 私は急いでそれを掴み取ろうとするが、すんでのところで掴み損ね、いつの間にか空いていた窓の外へと落ちていった。


「え!? いやどういうこと!?」


 私は窓から乗り出して、大きな叫び声を上げる。


「……一体なんだ、何かあったのか? それにしても、もう少し声量は抑えた方がいいと思うがな」


 眠そうなフィルの声が私の耳に届く。

 その冷静な意見に少しハッとして、私は今度は小さな声で言う。


「あ、ごめん……いや、なんか帽子が飛んでって――とりあえず、私追いかけてくる」


「……うん? 一体何を言っているんだ?」


 理解できていないフィルをよそに、私は次元収納魔法からいつもの魔法使いの服だけを着て、内側は寝間着のまま窓から飛び降りる。


 ふわりと下に風を発生させてしっかりと着地を行う。


 すると、前方に浮いている帽子を発見した。


 ふわふわと浮いたまま、洗濯物を干す用の長いロープがかけられた裏路地を進んでいっていた。

 それは少しずつ加速していっているようで、もう遠くまで行ってしまっていた。


 私は全速力で駆けていく。


「――さん! ちょ――」


 後ろから声が聞こえたような気がするが、それを無視して私は走る。


 帽子は角を曲がり、見えなくなる。

 それを追ってみると、今度はさらに人気のなく狭い路地へと抜けた。


 そのまま帽子を追っていると、だんだんとシンバルの音が近くなってきているのが分かった。

 さらに帽子は角を抜け、私もそれを追う。


 すると、シンバルの音が間近まで迫ってきていた。

 前方にあったのは両手でうるさくバシンバシンとシンバルを叩いている猿のおもちゃ。


 さらに、そのもとには一つの人影があった。ローブを着ており、深くフードを被っているため顔はよく見えないが、背は小さく見える。

 人影は私の方に気づいたのか、慌ててそのおもちゃを持って逃げ出した。


「逃さないよっ!」


 一つ声を上げて、その人影の足元に向かって魔法で氷の柱を放つ。

 すると、驚くことに人影はそれをひょいと避け、また路地の角へと逃げていった。

 その逃げ足は私から見ても相当のものだった。


 ちらり、と上を見ると帽子が上からふわふわと降りてきているのが見えた。


 私はそれを魔法の補助と共に高く跳び、キャッチする。

 それをそのまま被って、再び人影との追いかけっこを継続することにした。


 風魔法で着地し、今度は全身に魔力を巡らせることによる身体強化と、風魔法を足に纏わせることによる速度強化の両方で素早く走る。少し制御が効かなくなってくるが、旋回時は弱めて対応する。


 角を抜け、今度こそ人影を真正面に捉え、氷の柱を足元に一、二、三と撃って逃げ場をなくし、氷によるダメージと拘束を狙う。

 少し怪我をさせてしまうけど、まあ盗みの代償と考えればしょうがないだろう。


 今度こそその氷柱は人影を捉え、足元に氷を展開した。


「ふぅ、ちゃんと捕まったみたいだね」


 すると、フードの下からでも分かるくらい怯えた人影は、体を弄って――そこからナイフを取り出した。

 片足は動かせないまま、震える手でこちらにそれを向ける。


「おー、危ないね」


 私は言って、土魔法で石をピッと飛ばしてそれを弾く。

 人影はそれに驚き、酷く焦燥している様子だった。


「まあ待ちなさいな。別に取って食うわけじゃないから――で、君は誰かな?」


 私は、少し距離を取ったまま風魔法でふわりとそのフードを剥がすことにした。

 すると、下にあったのはまだ幼い少年の顔。その顔には恐怖、焦り、色んなものが浮かんでいた。


 ――こんな少年が盗みなんて、と思うが、逆にこんな少年だからこそ盗みしかできないのかもしれない。

 事情はよく知らないが、働き方を知らない子供が犯罪に走る、なんていうのはよく聞く話だ。少し悲しくなってくるが、同情してもしょうがない。今はこの子をどうするかだ。

 ……まあ私もそんな歳行ってるわけじゃないけど。


 あ、そういえば、今日聞いた連続盗難事件の話。魔道具が使われていると言っていたし、これのことではないだろうか。


「――さん! イリアさん! ……おおっ! もう捕まえちゃったんですね! 凄いですね!」


 すると、後ろから小走りでやってきたのはライフェルさんだ。バイトしている時とは違って、最初に合った時のような服装をしていた。

 そういえば、盗難事件の調査をやっている、なんて言っていた気がする。


「あれ? ライフェルさん居たんですね」


「ええ。そりゃちょうど盗難事件の件で、張り込みをしていたところですから。いやー、いきなりそこからイリアさんが飛び出してびっくりしましたよ」


 彼女は腕を組んでうんうんと頷く。


「そうだったんだ……調査とか言ってたもんね。あ、そういえば私縄とか持ってないし……持ってる?」


 私が訊くと、ライフェルさんは懐から縄を取り出した。


「ええ、探偵と言っても、実際に捕まえる行動に出ることもありますから――えっと、この子を捕まえるんですよね?」


 ライフェルさんは、少し考え込んでから、怯える少年の後ろに回った。

 そのまま、暴れる少年を冷静に抑えながら縄を付けた。

 ……ちょっとかわいそうな気もするけど、まあ刃物を取り出したりしてる以上はしょうがないよね。


「さて、しばらく追ってたんだから、私のことは知ってるよね? ここからは尋問タイム! 依頼者に頼まれたからね。動機と盗まれた物品の回収を」

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