五話:おもちゃの国の盗難事件/第三幕

 外は少し暗くなってきていた。建物の並ぶ街の奥からは、夕焼けのに染まった空が垣間見える。

 あの探偵さんと別れてから、少しまた屋台で食べ物を買ったり、見て回ったりしたらこんな時間になっていた。

 宿を取るのは遅くなったけど、まあ私は次元収納魔法が使えるし、荷物の心配はないから遅くなっても構わない。


 宿屋の札がぶら下げられた、大きめの建造物。

 私はそこの木製の扉をギィと開ける。


 木製の落ち着いた色の内装だが、すぐそこは食堂のようで、いくつかのテーブルと、向こうに厨房があった。厨房とテーブルには少しだけ人がいるが、多くはない。

 周りを少し探すと、受付があり、そこには一人女の人が立っていた。チェックインのためにそこへと向かう。


「すいませーん。宿を取りたいんですが大丈夫ですか? あ、あと猫もいます」


「あ、はい。猫は大丈夫ですねー。それではこちらのメニューから――」


 私が声をかけると、彼女はこちらを見て、そう言いかけたのちに固まってしまった。

 ……うん? もしかして顔に何かついてた?


「さっきの魔導士さんじゃないですか!」


 すると、彼女は大きな声でそう言った。

 ……さっきの、というとつまりこの人はあの探偵さんだろうか。


「いえ、私は魔法使いですけど……さっきの探偵さんですか?」


「はい、そうですよ!」


 そう言うと、彼女はどこからともなく鹿追帽子を取り出して被った。

 おお、確かに似てるかもしれない。


「というかなんでわざわざこの宿に……」


 と、彼女は酷く悔しそうにそう言った。


「い、いえ。別に狙ったわけではないですが。それにしても、探偵なのにここで働いているんですか?」


「……探偵業だけだと厳しいので、バイトをしてます」


 私が訊くと、とても答えづらそうにしながらそう返した。

 ……そういえばお金がないって言っていたなぁ。


「あれ? そういえばライフェル探偵事務所ってここじゃないですか?」


 私は先程の羊皮紙を取り出して見た。するとそこには、大雑把な街の地図っぽいものの中のここと同じ場所にバッテンがついていた。


「あ、はい。一応ここでバイトしてるので、そういうことにさせてもらっています」


 彼女はなんとも思っていない様子で返す。


「……いいんですか? それ」


「……たまに怒られます」


 彼女は目をそらして小さく言った。

 まあ、そりゃ普通はそうだよね。自分が運営してる宿に探偵目的の人が来たら。


「そ、そうですか……ともかく、今はただ宿を取りに来ただけなのでお願いします」


「はい。じゃあこっちの夕食とか朝食をつけるかのメニューから選んで――」


 ◇


 あれから、自室の中を軽く見て、その後大衆浴場に入った。

 たまーに大衆浴場がない街に滞在する時は困るから、あってよかった。


 そしてまた、私は自室のドアを開ける。

 至って普通の宿の部屋。窓があって、机があって、ついでに小さいクローゼットもある。

 そういえば、朝食や夕食は全てなしにしておいた。基本どこかで食べ歩きとかするのが楽しいからね。


 取り付けられた窓からは淡い月光が差し込んでいる。


「それにしても、あの人間はライフェルと言っていたな。自分の名前を事務所にするのは恥ずかしくないのか?」


 すると、フィルは思い出したようにそんなことを言った。

 あのあとついでに名前を互いに教えたのだが、彼女の名前は事務所――といっても一人の事務所だが。それと同じ名前だった。


「ま、まあ自分で付けたんだろうし本人はいいんじゃない? 私は少し気が引けるけど……」


「そういうものか」


 私は次元収納魔法からフィル用の丸くて黒いベッド――もといクッションを取り出して、ドアの隣、部屋の隅に置く。


「さて、今日は一通り見たし終わりだね」


 私は軽くあくびをして言った。


 フィルは呟く私をよそに、クッションに乗って、毛づくろいを始めた。

 私はそんなフィルをよそに、私は普段着とも言える魔法使い装備を脱いで、寝る準備をする――

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