五話:おもちゃの国の盗難事件/第二幕
私は少し街の奥の方まで来ていた。
「こういう特色のある街は歩いてるだけでも楽しくていいね〜」
私は他の国ではあまり見ないおもちゃ屋の看板や、ところどころに立っている魔道具屋の看板、それらの軒先にある動くおもちゃを眺めながら独り言のように言った。
魔道具屋が多いのは、魔法式のおもちゃが多いからだろうか。
「だな。観光業が盛んなのも頷ける」
私のその発言に、フィルはそう返した。
そういえば獣人の人たち含めて観光者っぽい人は多いし、お土産屋も他の国と比べて多い。
「そうだったんだ。確かにお土産屋とかちらほら見るね」
「なんだ、知らなかったのか。前に買っていた様々な国のことが書かれた本に書いてあったぞ」
私のその答えに、フィルはそう返す。
そうだったっけ? そんな本を買った記憶はあるし、見た記憶もあるけど、細かい内容までは覚えていない。
「流石フィル、記憶力がいい」
私は面白げにパチパチと手を叩いてフィルを褒めた。
「……確かに今回はそうかもしれないが、そもそものイリアの記憶力のなさは異常だぞ?」
すると、フィルは少し考えて、そんなことを言い出した。
「わ、私は旅人で今を生きる人だからいいんだよ! それに今回はフィルが凄いわけだし!」
そう、私は今を生きる旅人! 昔のことは気にしない――ということにしておこう、うん。
「今回
フィルは一部だけを強調して言った。
「と、とりあえず、なんか屋台でもないかなーっと」
実は少し小腹が空いてきたところだったのだ。
私がフィルの言葉を無視して周りをキョロキョロ見渡していると、後ろから声をかけられた。
「すいませ〜ん。あなた魔導士だったりしますか?」
後ろを振り向くと、そこにはベージュ色の鹿追帽を被り、同じくベージュ色のインバネスコートを着た、あからさまに探偵、と言って見た目も女性が立っていた。背丈は私よりも少し上くらいだった。
……まあ私の服装も似たようなものだから人のこと言えないけど。
「んー、魔法使いですけど、魔道具がいじれないことはない、程度ですかね? というか何かあったんですか?」
私はそう答えると同時に、その女性に訊いた。
女性はちらりとフィルの方を向いたが、特段それを気にする様子はなかった。
まあ喋らなければただの黒猫だしね。
「そうです! 何かあったんですよ! というのも、最近この街で奇妙な窃盗事件が連続で起こっておりまして……私は、それの依頼を受けて調査をしている探偵、というわけです」
ぐい、とこちらに詰め寄り、ハイテンションで彼女は言った。
どうやら実際に探偵らしい。
「ち、近いです! というかそれが魔導士と関係あるんですか?」
私は彼女を押し返して訊いた。
――そういえば、あの芸人さんも盗まれたとかなんとか言っていたけど、その事件と関係があるんだろうか?
「それはですね、犯行に魔道具、もとい魔道おもちゃが使われてるからなんですよ……いかんせん、私は魔道具だとか魔法とかが分からないものでして、ちょうど良さそうな方がいたので声をかけさせてもらった次第です」
彼女はそう答えた。
私があからさまに魔法使いという格好をしていたから、そう思ったのだろう。魔法使いということはある程度魔導具に対しても、少しくらいは造詣がある場合が多いから、声をかけたと。
「なるほどです――えっとつまり、協力して欲しい、ということですか?」
「ですね。そうなります」
すると、彼女はそう答えた。
うーん、盗みの事件かぁ。協力しても良くはあるんだけど――彼女が依頼を受けている以上、私が介入するのも変な話な気がするし、そこまでの大事というわけでもなさそうだから放置で良いような気もする。
少し悩んでいると、彼女はまた口を開いた。
「が、最近お金がカツカツなので無償でお願いできればなー、と……」
彼女は困り顔で、お願いするようなポーズをして言った。
……うん、なんか協力しなくても良い気がしてきた。元より報酬が欲しかったわけではないが、わざわざそんなお願いをされたら協力する気もなくなってくるというものだ。
「……あなたは、お金をもらって依頼を受けてるんですよね?」
「ええまあ、はい」
訊くと、そんな曖昧な返答が帰ってくる。
「それに私が無償で協力すると」
「ですです!」
彼女はまるで期待するような表情で嬉しそうに言った。
「うーん、却下で!」
「そ、そんなぁ!」
彼女はまるで絶望したような表情で叫ぶ。
「……じゃあ一つ、その犯行で、人に盗み以外の危害が加えられたりしたことはありますか?」
私は、少し考えてそういったことがあれば協力しよう、と考えた。
街でそんな危ない事件が起きてるとか、私も危険だし、それにそんなものが身近で起きているのはあまり気分が良くない。そういった場合は、まあ人のためにもなるし――
「いえ、全く。不思議なくらい何もありませんね。本当に盗みだけです」
彼女はけろりとそう言ってみせた。
――と、そういったこともなさそうだ。
「……なおさら却下ですね」
「ひどい!」
彼女はまたも悲痛な声で叫ぶ。
「だってあなたはお金をもらって受けてるのに、私は無償というのも変な話ですし……まあでも、人に危害があったら私も嫌なので、協力しますよ。それでは私は宿屋でも探しに――」
私は振り返ってそこを去ろうとすると、またも引き留められた。
「ああ! 少し待ってください! せめてこちらを持っていってください……」
悲しそうな声で差し出してきたのは、一枚の二つ折りにされた麻紙。
「なんですか? これ」
受け取って、広げてみると、そこに書いてあったのは『ライフェル探偵事務所』の文字。そこには彼女の絵のようなものが貼られてあった。着ている服も同じで、どうやら事務所所属の探偵らしい。
「これ、私の名前がついている私の事務所――といっても私一人だけなんですが。ともかく! 何かあったらここまでお願いします!」
……一人しかいない事務所の、探偵だと。
まあ言いたいことは分かったし、本当に何かあったら行くことにしよう。
「……なるほど。分かりました。では私は美味しそうなものを売ってる屋台でも探しに行ってきますね」
「はい、ありがとうございましたー!」
彼女――ライフェルは笑顔で私を送り出した。
先程の悲痛な表情は演技か何かだったのか、打って変わったその態度に私は苦笑いを零しつつ、そこを去った。
「……随分ハイテンションで情緒豊かな人間だったな」
少し歩くと、フィルが呟いた。
……その感想には同意する。
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