四話:魔法使いの喧嘩/第四幕:終

「「えっと、言ってもいいですか?」」


 二人の声が重なる。そして、その視線が向かう先は私。

 私の頬に冷や汗が伝う。


「え、い、いやー……いいん、じゃないかな?」


 うろたえる私に、二人はどんどん怪訝な表情へと変わっていく。


「「もしかして、イリアさんに教わった!?」」


 またも二人の声が重なる。

 二人はなんだか怒ったような表情で私を睨む。


「くっくっく……自業自得、というやつか……」


 フィルが心底面白そうに笑った。


 うん、私が今すべきことは――


「よしっ! 私の仕事は終わった! それじゃあね二人共!」


 逃げる!


 私は一目散にその場から走り出し、その間に次元収納魔法から箒を取り出し、素早くまたがる。


「待ってくださいっ! 流石に、酷いですよ!」


「私達片方だけって言ってたじゃないですか!」


 二人は立ち上がり、少しボロくなった服のまま追いかけてくる。


 私は一気に高度を上げ、逃げようと画策する。


「はっはっは! もし悔しかったら撃墜してみ――」


 後ろを振り向くと、二人の魔法使い。

 ――うん、私の指導が役に立ったみたいだね……


「――サンダーストーム!」


 レンカの詠唱が響く。


 直後、雷鳴。


「うわぁっ!」


 しっかり保護を施していない魔道具は、魔法、特に雷のそれを受けると、一時的に制御を失い使い物にならなくなる。

 ――もちろん、移動用の箒はその例に漏れない。


 私は制御を失った魔法の箒を急いでしまって、自力での姿勢制御と着地を試みる。

 森の中、ぐんぐんと木々が迫ってくる。

 ――まずはあの木をどうにかしないと。冷静に考え、下に『ウィンドカッター』を何回か発動する。

 風の刃が吹き荒れ、枝切を薙ぎ払う。

 ――着地場所は確保できた。


 今度は地面が私へと迫る。しかし、準備はもう終わっている。


 あとは単純な体の動きで姿勢を調整して――一気に下に『ウィンド』!


 ふわり、と浮いた私の体が、ゆっくりと地面へと到達する。

 魔法は、入力した魔力量によって威力や持続時間等が変わる。私は今それを見極めてちょうど良いラインで魔力を使ったのだ。


 そして少し経った後、二人も降ってくる。

 魔法障壁による足場は、魔力消費や耐久の都合上、長くはいられないから階段で降りるのは難しい。


 彼らはそれを分かっているのか、ミレイが風魔法で素直に着地した。


「クラウドバースト!」


 彼女の中級魔法の詠唱により、辺りに風が吹き荒れ、彼らの着地を手助けする。

 私が使った魔法よりも上級の、風の威力を重視した魔法だ。


「よっと……いてて、流石に少し痛めちゃった……」


 着地はしたが、完璧とは言えなかったのか、座り込むミレイ。


「もしイリアさんが木を払ってなかったらちょっと危なかっただろ、今の」


「……うるさい。しょうがないでしょ。それに一矢報いれたわけだし」


 レンカの言葉に、座ったまま抗議するミレイ。


「……ははっ! それもそうだな」


 レンカがそう言って笑うと、ミレイもつられてふふっと笑った。


 ……あれ? なんだか雰囲気いい感じ?


「いやはや。二人ともよくやるね!」


 私は、まるで誤魔化すように少し遠くにいる二人に向かって親指を立てた。


「……はぁ、そんなこと言ってる場合じゃないですよ。というか空中で次元収納魔法を使って、さらに風魔法で枝を切って、風魔法で完璧な着地とか、本当に人間なんですか?」


 レンカは私の動作を見ていたらしく、怪訝そうな表情でそう言ってきた。

 実は最初の雷も避けたり、防御できないことはなかったけど――それは言わないでおこう。


「いや、普通の人間だよ。まあちょっと変なとこはあるけどね」


 私は少し冗談臭くそう言ってみせた。

 ……よし! このまま誤魔化せそうだ!


「あれだけ魔法の造詣が深かったイリアさんなら落ちても大丈夫だとは思いましたけど、まさかあそこまで完璧とは……っていや、誤魔化されませんよ!? 一体何をしたんですか!?」


 と、レンカは思い返してしまったのか、鬼気迫る勢いでそう叫んだ。


「あー! 分かったから! 説明するから待って!」


 その後、私は彼らに説明をして、呆れられながらも帰路につくこととなった。

 ――なんだか二人がさらに仲良くなったような気がするし、まあ結果オーライでしょう!


 ◇


 私は宿屋のベッドの上で、大きく伸びをする。あの後さらに箒がどうだとか魔法の話なんかをさせられたりしたが、まあ面白いものが見れたのでよしとしよう。


 今日はなんだか一仕事終えたような気分だ――実際、結構魔法を使った一週間だった。

 指導もそうだし、最後のもそうだ。最後のはまあまあ集中もしてたしね。


「やっぱり、初級とか中級魔法の方が汎用性があるよねー」


 上級魔法には色んな要素を混合させ、巨大な炎の隕石を降らせる魔法なんかがあったりするけど――それよりも、小回りの効く魔法をその場に応じて使う方が、汎用性は高い。

 私は別に城を攻めたり、ドラゴンを討伐するわけじゃないしね。


「まあな。マスターもいつも使うのは上級魔法よりもそういった低級の魔法だった」


 上級に分類されるものは威力は高いけど、低級も効率化さえしてしまえば、使用魔力に対する効果――魔力対効果はあまり変わらない。


「ふわぁーあ……今日は日記書いておやすみかな……」


「そうか。お疲れ様だな」


 フィルもそう言って自分のベッドにひょいと乗った。


 私は机に向かい、日記を綴る。必ず毎日書いてるわけじゃない、という適当な日記だけど、久々に見返すと案外楽しいものだ。

 それが書いている理由でもある。


 ――と、思い返している途中に、彼らが最後なんだかいい雰囲気になっていたような気がしたことを思い出す。

 旅をしていると定期的にああいうことが起こるんだろうか……まあ別にいっか!


 さて、今日は――

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