四話:魔法使いの喧嘩/第一幕

「俺の方が上だろ! だってお前まだ火と水の中級魔法一つも使えないだろ!? それに初級魔法だって使えないのもあるじゃないか!」


 何やら、二人の男女が、小さな噴水広場の中央で喧嘩をしている。どちらもローブを着ており、手には杖。

 魔法使いのようだ。


 周りには野次馬が少し集まっており、はやしたてている人間も中にはいる。

 まあ、ほとんどは気にしながらも通りすがるだけだけど。


「はぁ!? そんなこと言ったらあんた無属性魔法全部無理じゃない! 私は初級の無属性魔法は全部使えるし、中級だって使えるわよ!?」


 どうやら、彼らは十代中盤の若き魔法使いのようだ――まあ、そうでもなければ広場で喧嘩しないよね。


 そして、初級魔法と中級魔法と無属性魔法。

 それぞれ、初級魔法は一通り使えれば一人前、少し使えれば見習い、といったレベルの魔法で、中級魔法はこれにあたるものが全て使えれば熟練魔法使いと呼ばれる。

 といっても、それぞれそういう分類にされているだけで、明確な区分ではないのだが――まあ今はどうでもいいだろう。

 無属性魔法は、少し難しいけど汎用性の高い魔法だ。私もよく使っている、魔法障壁もこれに該当する。


 彼らは見習い魔法使い、もしくは一人前一歩手前といったところだろうか? 十代でそれなら、順調な魔法使い生といったところだろうか……私が言うのもなんだけど。


「っ――じゃあ今回こそ戦って決めようぜ!」


 それにしても、結構激しい論争だ。互いにライバル視しているのだろうか。


「野次馬が集まってきているというのに、彼らは気に留めている様子もないな」


 私の肩に乗ったフィルが周りを見ながら、そう言った。


「――だ、だって審判がいないじゃない! 師匠は断るし、他にあてもないじゃない! だからいっつもやらないんでしょ!?」


 どうやら直接の対決は苦手なのか、たじろく女性魔法使い。


「だねー。あれ、決着つくのかな? まあ、とりあえずさよならしようかな」


 私がそう踵を返そうとした時、その言葉が広場に響いた。


「それは……この辺の人を――そうだ、そこの人! そこのラベンダー帽子のいかにも魔法使いの人! 俺たちの審判をやってくれ!」


 男性魔法使いの声。


 一瞬足を止め、キョロキョロと周りを見渡す。

 すると、ラベンダー帽子の魔法使いっぽい人はいないし、なぜかみんなの視線は私へと向いている。


「――えぇ!?」


 そう、彼が指名したのは私だった。


「なんだ、面白そうになってきたではないか」


 なんだかワクワクしたような声で言うフィル。


「で、じゃあその人はやってくれるの!?」


 女性魔法使いの方は、男性魔法使いに向かってそう叫んだ。


「え、ええと……」


「なに、面白そうではないか?」


 フィルも私の方を向いて、面白そうに言った。


「……はぁ、じゃ、やってあげよっかな! 確かにちょっと面白そうだし」


 私は、ため息を一つ吐いて、広場へと躍り出た。


「本当か!?」


 嬉しそうな声でそう言う男性魔法使い。


「でも〜、ちょーっと二人共おいたがすぎるんじゃないか――なっ!」


 私は、そう言って空に手を掲げ、空から二人に小さな雷を降らせた。

 二人の身体に弱い電流が流れ、二人は痺れた。

 痛みはあるけど、大きな怪我にはならない程度の火力にしておいた。

 ……まあ自業自得ってやつ?


「きゃああ!」


「うわぁぁ!」


 それを受けた二人は、ふらふらとそのまま地面に倒れ込んだ。


「こんぐらいがちょうどいい仕打ちだよねっ!」


 私は倒れた二人をよそに、そう言い放った。


 すると、周りからは『おぉ〜』という小さな歓声が上がった。


「と、とりあえず二人共起きて!」


「見世物にされてしまったな」


 私はなんだか気恥ずかしくなって、二人を起こすことにした。


 ◇


 私の雷の衝撃から覚めた二人は、少し冷静になったようで、少し場所を移すことにした。

 周りからは残念がる声も上がったが……流石に見世物にされる趣味は私にはないよ!


 今いるのは、薄暗い裏路地。今は昼間だが、注目の目を逸らせるから、ここがちょうどいいと思ったのだ。


「ええと、まずすいません。ちょっと熱くなっちゃってて……」


 申し訳無さげに言う男性魔法使いは、レンカという名前らしい。


「はい、こっちのレンカが……」


 いきなり責任転嫁をしだしたこちらの女性魔法使いは、ミラスというらしい。


「いや、俺は最初ただどっちが上かっていう話をしただけだろ?」


「だって、それから煽ったりしたのは――」


 私は手に脅すための小さな雷魔法をビリ、と発動させると、二人は肩をビクリと揺らして大人しくなった。


「……くっくっく、面白い人間達だな」


 笑いを堪えながらそう言ったのは、フィルだった。

 ちなみに、フィルについては少し前に説明しておいた。


「こら、あんまり笑わない……まあ、面白いのは否めないけど」


 私はフィルをそう諭しつつ、本音を零(こぼ)した。


「えぇっ!?」


「酷くないですか!?」


 二人は驚いたように叫んだ。


「いやー、だってほんとに子供同士の喧嘩みたいで面白いよ! ……でも、あんな道端で喧嘩してたら、見世物にされるのもしょうがないよー? 気をつけな?」


 私は面白そうに言いつつも、そう諭した。


「うっ、た、確かに……」


「あ、あんまり歳は違わないはずなのに、ちょっと恥ずかしくなってきた――あれ?」


 ミラスのほうは、そう言って、しばらく考えるような動作をした。

 その目線は、私の顔と、服をまじまじと見つめていた。

 嫌な予感がする。


「もしかして『緑――」


「あーあー知らなーい! さて! じゃあ君たちの審判をやってあげよう! さぁ、ルール説明!」


 私の気恥ずかしい二つ名を言おうとした彼女をよそに、私は大声を上げて無理やり話を遮った。

 またも笑いを堪えているフィルをよそに、私は二人に説明を求める。


「そ、そうですか? えっと、とりあえずルールは普通の魔法だけでの決闘ですね。当たれば致命傷を負うような、あんまり殺傷能力が高いのはなしで、互いに五回胴体に魔法が当たったら終わりです」


「……ええ、まあそれでいいわ」


 少し不満げなミラスだったが、それに同意した。


「なるほどねー。じゃあ、私は文字通りそれの審判と、安全管理をやればいい、ってわけね?」


「はい、そうです」


「ええ。お願いします」


 二人共、それで問題ないようだ。


「日時は七日後。その正午にあの広場で集合でお願いします。」


 レンカがそう言った。


「なるほどなるほど。分かった、じゃあ私の仕事も決まったね! 日時は分かったけど、決闘の場所はどうする?」


「場所は……近くの森に小さな広場みたいなものがあるんです。そこで行きましょう」


 レンカが提案した。


「あそこね。じゃあ、私もそれでいいわよ」


 ミレイもそれで納得したようだ。

 近くの森の広場、というと、私もここに来るときに見たけど、確証はないから彼らに案内してもらうことに使用。


 ――とここで、私は一つ、思いついたけど、それはこの場では言わないことにした。


「……よし、じゃあ予定は決まったし解散かな!」


「はい。大丈夫です」


「ええ。ありがとうございます」


 さて、じゃあ準備だね。

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