閑話:手紙配達人イリア/第二幕:終

「ここね」


 私が立ち止まったのは目的地。

 見た目は至って普通の石造りのレンガ屋根に、窓もついている。

 普通のカフェに見えるが……立て看板には、何やらハートのマークと共にカップル専用メニュー、とかが書いてある。


「カップル限定メニュー、か。カイラというやつは既に恋人がいるのに大丈夫なのか?」


 フィルはそう疑問を口にした。


「逆に、カップル……自分を含む、に楽しんでもらえたら嬉しい、みたいな感じじゃない? カップルの気持ちは分かるから、みたいな」


 ……そういえば、レイテルアという名前、レネルアと似てるよね。

 いや、多分関係ないだろう、ウン。


 私は頭の中に浮かんだ『バカップル』という単語をかき消すように歩き出した……


「そういうものか」


「あとただの店員かもしれないしねー」


 私達が店内に入ると、案外そこは普通のカフェだった。木製の家具に、受付。上からはカンテラがぶら下がっている。

 人はちらほらと居て、閑古鳥が鳴いているわけでもなかったし、壁に貼り付けてある手書きのメニューも見たことあるようなものがあった。


 あと大事なところだが特にカップルだらけ、ということもなかった。


 ……少し安心だ。


 さて、目的はここの店の店長、だとは思うけど、とりあえずカイラっていう人。

 私は受付を見つけると、受付の男性に聞いてみることにした。


「すいません。カイラさんっていますか?」


「はい、うちの店長ですが……何か用ですか?」


 ……どうやら、店長だったようだ。

 つまり、メニューも名前もカイラさん考案ということになる。


「はい。レネルアさんという方からカイラさんに手紙を預かっていまして、この場で渡してしまってもいいですかね?」


「手紙……ですか? 待っていてください、店長を呼んできます」


 受付の人は私の言葉を聞くと、怪訝そうな表情を浮かべ、そう言った後に足早に店の奥へと消えていった。


 そして、少しすると奥から、受付の人と共に男の人が一人出てきた


「こちらが店長のカイラです」


「こんにちは。カイラです、えっと、レネルアからの手紙を持っているって本当ですか?」


「はい、本人から頼まれて預かって――」


「ほ、本当ですか? だって、今までずっと手紙はとどいてなくて――」


 私が言いかけると、焦ったような様子でそう言った。


「お、落ち着いて? ――レネルアさんは、手紙は送っていたそうですが、知らないんですか?」


「――あ、そういえば、手紙あったような……」


 と、受付の男性が、思いついたようにそう呟いた。


「え? 勝手に手紙処理してたのか?」


「い、いや……渡し忘れてたっていうか、その、すまん」


 カイラがそう聞くと、困ったような表情で受付の人は謝った。


「は、はぁ……そうだったのか。でも安心した。何かあったらどうしようかと……」


 ホッと胸を撫で下ろすカイラ。


「え、えっと、もう大丈夫そうですか?」


「あ、はい。すみません、お見苦しいところを……手紙、ありがとうございます。恩に着ます」


 そう言ってカイラはぺこりと頭を下げてきた。

 このカイラさんはバ――レネルアのことになると少しで暴走してしまう印象があるけど、全く悪い人じゃない、どころかいい人のように見えた。


「いえいえ。それでは私はこれで、さようなら」


 と私が去ろうとすると、カイラに引き留められた。


「あ、一つお礼をさせてください。ご自由に一つメニューを無料でご提供いたしますよ」


 と、メニュー表とともに提案された。

 メニューをちらりと見たが、知らないメニューもあれば、見たことあるメニューもあった……けど、ここで挑戦して見る気にはなれないから、普通のものを頼もう。

 私はそう考え普通のカフェラテを頼むことにした。


「じゃあ……普通のカフェラテでお願いします。流石に通りすがりの店で挑戦するのはちょっと怖いですしね」


 私はそう言って愛想笑いをした。


「それもそうですね。では分かりました」


 カイラさんも小さく笑って、店の奥に消えていった。


 ◇


 私はストローでカフェラテをズズズと飲みながら、窓の外を眺める。


「実はあんまりカフェとか来たことないんだよねー」


「そういえば、旅の道中でも行っていなかったな」


 でも、案外悪くないかもしれない。

 と言っても明日の私はそんなこと忘れているかもしれないが。


 ……まあ、それも気ままな旅の醍醐味! ――ということにしておこう。


「そうそう。じゃ、そろそろ出よっか」


 飲み干したカフェラテをゴミ箱に捨て、ここを出ようと席を立った時――


「――カップル限定メニューって頼めないのか⁉? だってあれ美味しそうだから気になるんだよ、俺も欲しいんだ!」


 とある客の悲痛な声が響いてきた。

 声の主は一人の中年男性のようだ。


「申し訳ございませんお客様、それは限定メニューとなっておりまして――」


「……ええっと、あれ大丈夫かな?」


「ふむ、ただのクレーマー、とも言い切れなさそうだし大丈夫ではないか?」


 私がそう聞くと、冷静に分析を口にするフィル。

 ……ほんとにいいのかな?


「それなら出すのやめてくれ! 出すならカップル限定カフェとかにしてくれ! そしたら諦めもつくから……」


 なんだか非常に哀愁漂う声だ。


「す、すいませんお客様……」


 しかし、店員は……あれ困ってるの? なぜだか本気で申し訳無さそうにしている雰囲気が漂っている。


 ――ただまあ、ちょっと大変そうだから、手伝っておこう。


 私はさり気なくその客の後ろを通ると、足で魔法を発動。

 その客の足に電流を流し、床に魔法文字で「一回落ち着きな?」と書いた。


「いてっ! ――あ、ああ……えっと、すまん。じゃあ帰る。お代はこれで」


 その客は一度足を振り上げると、床を見て、そう受付に謝罪し、足早に店を立ち去った。


 私はそれを見て、魔法文字をすぐに消した。


「そ、そうですか? あ、ありがとうございましたー……」


 なんだか困惑している様子の受付をよそに、私も店から出た。


 少し店から離れると、フィルが喋りだした。


「ははは、なんだか去り際に面白いものが見えたな」


 そう言ってフィルは面白そうに笑った。


「……フィル、前私に『性格が悪いな』とか言ってたわりに、フィルの方が悪いんじゃないの?」


 私はフィルを半目で睨んだ。


「確かに、そうかもしれんな」


 ニヤリ、とフィルが笑ったような気がした。


「はぁ、まあいいけどね」


 私もそう言ってふっと笑った。

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