三話:海空の遺跡と銀級冒険者/第五幕:終

「さて、それではしばし休憩だな? 待てば起動するようだし、わざわざ戻ることはないだろう」


 フィルはそう提案した。


「だね。待とうか」


「ああ」


 ◇


 パチパチという音を立てながら、目の前の焚き火は暖かな炎の光を発している。


 辺りはもう暗くなっていた。私の知る星空とは違う、また別の星空がそこにはあった。

 焚き火を焚いているせいで全部は見えないが、それでも空を覆い尽くすほどの星が存在していた。


 そして、周囲の大理石の柱やアーチは、その青色の部分が淡く光り、私達を少しだけ照らしていた。


 恐らく、台座の起動がトリガーとなって、夜になったのだろう。

 これがどのくらい続くのかは分からないが、今は堪能しておこう。


 そういえば、本は回収しておいた。

 フィルが大賢者レインからコールドスリープとやらをされる前に頼まれた、レインの遺跡巡り。

 その内容は、色んな遺跡にある遺物やらなんやらを入手すること。それはフィルが持っていた本にリスト化されていたから、何を持っていけばいいのかは分かっている。

 そして、今回はあの本だった。


「……なぁ、聞きたいことがあるんだが、いいか? そこの、黒猫……フィルだったか? が気になってな」


 私にそう問いかけてきたのは、焚き火の向こうで膝を立てて座っていたレルガだった。


「それは、フィルに聞いたほうがいいんじゃない?」


「猫に聞くのは――いや、喋る猫なら、人として扱うのが妥当か」


 話題に上げられているにも関わらず、無言で焚き火を見るフィル。

 聞こえていないのか、無視しているのか、それとも聞こえた上で無反応なのか、良く分からない。


 フィルは、いつもこういう感じだ。猫だからかな?


「なあ、あんたのこと聞いてもいいか? 特に、なんで喋れるのか、とかさ」


 レルガは今まで一切それを聞いてこなかったが、どうやらどうしても気になったようだ。


「……いいだろう。なぜ喋れるのか、と問われれば、ただの魔物だった私が、理性を持つ猫に治療、まあ改造と言っても差し支えないか。ともかく、それをされたのだ」


 フィルは一拍置いて、語り出した。


「魔物の、治療? そんなの、できるのか?」


 怪訝な表情を浮かべるレルガ。


「ああ、昔にできる人物がいたのだ。それを、その人物にしてもらった。だから、私は魔力を持った猫になった」


「だから、喋れるってことか? その魔力を使って」


「いや、少し違うな。魔力を持ったことで、私の体は変化していた。そこで、レイ――私を助けた人物に、喋れるようになる魔法をかけてもらったのだ。本来なら不可能なことだが、魔力を持った私には可能だったようだ」


 フィルは、質問に対してそう説明した。


「……へぇ、聞いたことない魔法だな。そんなのものあるのか」


「ああ、それで――いや、ここは喋らないでおこう」


「……あんたの『マスター』が誰なのか、俺は聞かないほうがいいよな?」


 レルガは、まるで『俺にはそれが誰か分かっている』と言いたげな様子だった。


「……ふん、勘の良い奴め。説明が面倒だから、やめてくれると助かるのだが」


 フィルは、そっけなく言った。


「はは、じゃあやめとこう。すまんな、怒らせるつもりはなかったんだ」


 レルガはふっ、と笑って言った。


「いやいや、フィルも別に怒ってるわけじゃないから、大丈夫だよ。ねっ?」


 私は、フィルをフォローしつつ、フィルにそう聞いた。


「……まあな。怒っているわけではない。しかし、バレると本当に面倒だからな」


 フィルは、疲れているような声色でそう言った。


「そうか。まあ冒険者同士は本来詮索不要だ。今のは、俺の問題だ。すまんな」


 レルガは、そう言ってもう一度謝罪をした。


「いや、問題ない」


 一件落着のようで安心だ。


 と、私はフィルの発言の数々を思い出した。

 『出題者フィル』な発言とか、レインって言いかけてたところとか……


「……ふふっ」


 思わず、笑いが溢れた。


「イリア、やめてくれ」


 フィルは切実な声色でそう言った。


 それで、そんな声なものだから、私の笑いはさらにこみ上げてくる。


「ご、ごめんごめん。でもあれはもうバレるよ、普通。これでもよく耐えた方だよ……」


 私は必死に笑いを堪えながら、そう言った。


「はっはっは、本当に面白いな、お前たちは」


 面白そうに笑うレルガ。


「別に面白がってもらうためにやっているのではないのだがな?」


 と、下の方から、キュイイン、という音が鳴った。

 もしや、魔法陣の準備ができたのだろうか?


「あ、今の音って、もしかして魔法陣の準備ができたのかな?」


「そのようだな。行くか」


「了解だ」


 ◇


 私達は火を消して、魔法陣のところへ向かっていた。


 そして魔法陣は、先程とは違い、紫色の淡い光を放っていた。


「おっ、起動してるみたいだね」


 それは魔法陣に魔力が通っているということを意味する。

 つまり起動の証だ。


「では行くか」


「――あ、ちょっと待って。一回、星を撮りたいから」


 私はレルガとフィルにそう言って、足早に階段を駆け上る。


「取る? 星をか?」


 信じられない、といった表情を浮かべるレルガ。


「ああ、それはな――」


 レルガに説明をしているフィルをよそに、私は準備をする。


 スタンドと写真機を次元収納魔法から取り出して、スタンドを立て、そこに写真機をセット、露光時間とか諸々を調整して――

 しばらく待つ。


 ――一分ほど待つと、パシャリ、と音がした。


 画面に表示されている写真を見ると、よく撮れていた。本当はもう少し撮りたいけど、今はいいだろう。

 これは、後で魔法で印刷するものだ。このままだと画面が小さすぎるしね。


「おい、そんな時間がかかることなのか?」


 少し大きな声で私に聞くレルガ。


「今終わったから、今行く!」


 私は急いでそれらを次元収納魔法にしまい、足早にそこを去った。


 ◇


「っ……これが転移か。なんだか変な間隔だな」


 気がつくと、俺たちは、最初の門の外に出ていた。

 遺跡の中は暗かったが、どうやら外はまだ明るいようで、少しその明るさに目が眩む。


 転移、すごい技術だな。


「だろうな。私も始めは違和感があった」


 そう言う黒猫――フィル。


「まあねー。結構凄いことやってるからね」


 なんだか晴れ晴れしたような表情を浮かべているのは、少女イリア。

 と言っても、少女とは言えないくらいの実力者のようだが。


「……さて、じゃあここでお別れだな。今回は本当に助かった。謎解きも俺だけじゃ無理だっただろうしな」


 俺はそう言ってフッと笑った。


「全然! 私も楽しかったし!」


 彼女は、良く分からない魔法らしきものから、綺麗に装飾された箒を取り出した。


 へぇ、魔法使い、というか魔女って本当に箒で空を飛ぶんだな。


「それじゃ、私も帰るね。バイバイ!」


 そう言って箒にまたがる彼女の肩に、フィルはひょいと乗っかった。


「ああ、ありがとな!」


 俺が手を降ると、向こうも手を振った。

 そして、次の瞬間には、遠くへと飛び立っていっていた。


 そして、それと同時に強く吹く風は、周りの草木を揺らした。


「……なんだか、初めてのことばかりだったな」


 レインの遺跡も、あんな二人組も、それに――あんな景色も。


「まあ、少しくらいは金以外のことを考えてやってもいいかもな……」


 俺は、一人そう呟いて帰路についた。

 帰ったら、少しだけあのじいさんのことも聞いてみよう。


 ◇


「――おお! これがあのレインの遺物か! ……ん? なんで遺跡の中身を知っていたのかだって? いや、知らないさ。ただ、レインの遺跡には綺麗なもんが多いって聞いてな。はっはっは!」


「……なんだか聞いて損した気分だ」


 俺は肩をすくめた。

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