三話:海空の遺跡と銀級冒険者/第三幕

「……もしかして、さっきのはこれのための演出か?」


「そうだな。随分面白い反応をしてくれて、助かるぞ」


 なんだか楽しそうにしているフィルに対して、レルガは呆れたような顔をしていた。


「全く、大賢者じゃなくて、演出家を名乗ったほうがいいんじゃないか?」


 レルガは、肩をすくめ、至極真っ当な意見を口にした。


「ま、まあ大賢者としての実力がないとこんな壮大な演出もできないし……」


 私は大賢者・・・レインのフォローをしつつ、道の先を眺めていた。


 すると、レルガはスタスタと前の方へと歩いていっている様子だった。


 私はそれを見て、レルガについていく。


「……なんだこれは。謎解きか?」


 と、レルガは途切れた浮遊する足場の横、大きな石碑を見て呟いた。

 そしてその近くには、コの字の左の部分が床に刺さったような見た目をしている、細長い岩があった。

 それは周りの壊れかけの柱と比べると、やけに形が保たれていた。


 私もそれを覗き込むと、そこに書いてあるのは――


「えーっと何々? ……『この場所は偽りに満ちている。ここの全ては一切曲がることなく創られている。その偽りを隠蔽せよ。考えてみよ、我々のいる本来の世界は、一体どんな形をしている?』」


 隠蔽、というのが具体的にどんな行為を指しているのかは分からないが、この隣の岩を使うんだろうか?


 レルガはこれを見て、非常に険しい表情をしていた。


「……レインの遺跡はこんなのばっかりなのか?」


「まあ、そんなところだ。しかし、この世界をよく知り、その上で考えれば答えは出る」


 フィルは、まるで出題者側かのような物言いだった。

 ……まあ事実そっち側であるのは間違いないんだけど。


「この世界そのものの話なんて、考えたことがないな……っていうかお前、なんでそんな出題者みたいな感じで話すんだ? 答えを知ってるなら教えてくれよ」


 不思議そうに聞くレルガ。


「……いや、なんでもない。私も答えはわからないが、そこは分かっていた」


 と、フィルはどうやら今回ははぐらかすことにしたようだ。

 謎解きを楽しんでほしいってことかな?


 ……正直、私も答えは分かっていない。多分フィルは教えてくれないだろうし、自分で考える必要があるはず。


「……一体なんだってんだ? まあいいか。とりあえず『我々のいる世界はどんな形か』っていうのが大事そうだな」


「我々のいる世界。どんな形か……私達のいる世界は、球状、っていうのが一般的だね」


「え? 平らじゃないのか? ていうか、丸だったら下にいるやつが落ちちゃうだろ」


 レルガの言う通り、昔は平らだって言われてたけど、とある測量士が、ずっと同じ方向に進んで世界一周をして確かめたらしい。それに加え、魔法による測量によっても、球状であるという説が補強されている。

 ……と言っても、誰にでもその情報が行き渡っているわけではなさそうだけど。


「いんや、ずーっと同じ方向に進んだ人がいたんだけど、それで出発したところと同じところについたから、球体ってこと。まあ細かい話は自分で調べてみてくれっ!」


 私は投げやりにそう言って、レルガを指さした。


「は、はあ……そうか。まあいいだろう、別にそこまで気になるわけでもない」


 そういうレルガをよそに、私は考える。


 つまり、この世界は『曲がっている』ということだ。『曲がっていない』この空間との差を見つけ、それをどうにか看破しなきゃいけない、ということだろうか。


 曲がっていない……あ、水平線。

 そういえば、世界は球状でなければ水平線ができない、と聞いたことがある。

 確かに、空と海がずっと平行なら、水平線なんてできないはずだ。


 私は振り返って、先程の違和感を確かめる。

 やはり、水平線はない。


「……ほう?」


 興味深い、と言いたげな声を出すフィル。


 水平線がない、つまり――


「この岩で、遠くの空と海の間を埋めれば……」


 海と空の隙間、つまりこの世界が平行であることの副産物、それを隠蔽することになる――


「……? 何か分かったのか?」


 不思議そうに問うてくるレルガをよそに、私は思いついたことを試す。


 岩を覗き込んで、遠くに空いた、小さな空と海の隙間。

 その真っ白な空間と、この岩を合わせる――


「うぉっ! なんだ!?」


 後ろで海から巨大な何かが飛び出てくるような、大きな音が聞こえた。

 さらに、ゴロゴロと岩が擦れるような音が聞こえる。

 大地が唸るような地響きによろめきそうになるのを抑えながら、私は後ろを振り返る。


 成功したようだ。私はそれに対して喜びを覚えつつ、しっかりと前を見る。


 振り返ったそこには、浮遊する道が海から浮かび上がってきていた。


「流石だな、イリア。ヒントもなしで解いてしまうとは」


 フィルは、私の肩からひょいと降り、顔だけ私の方を向いて、そう褒めてきた。


「そりゃあ何個か解いてきたからね」


 そう、私は今までも何回か同じようなものを解いてきたのだ。

 と言っても、どれも初めてみるものばかりで、流用しているのは一つもない。

 レインの謎解きの引き出しは一体いくつあるんだ、と気になるところではあるが。


「さて、行こうか」


 完全に浮かび上がった道の上を、フィルは歩いていく。

 その道にはまだ水が滴り落ちており、ところどころサンゴのようなものがくっついているが、歩くのに支障はないだろう。


「お、おう。あんた頭いいんだな」


 驚いている様子のレルガ。


「まあ一応、天才だからねっ」


 私はレルガの方を振り向いて、わざとらしく笑ってみせた。

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