三話:海空の遺跡と銀級冒険者/第二幕

「ここが海空(うみぞら)の遺跡かー。意外と見た目は普通だね。中は凄いことになってるって聞いたけど」


 私は体に当たるそよ風を感じながら、目の前の門を眺めながら呟いた。

 その建造物のサイズはそこまで大きくはない。

 入り口の大きさがだいたい幅十メートル、高さが七メートルくらいだろうか。

 大理石をメインとした建造物で、ところどころに青空を想起させる透き通った空色をした宝石が嵌め込まれていたり、青や白のラインが入っていたりと、名前の通り海と空を想起させるデザインになっている。


 これが、海空の遺跡という命名にされた理由だ。

 発見者は危険を予期して帰ったようだが、そのデザインからレインの遺跡ということは予想されていた。

 警戒する必要はないだろう。レインの遺跡は、大抵危険はほとんどないのだ。

 問題は、ここが本当にレインの遺跡か、というところだが。


 私がいるのは平原の上。その真ん中に、遺跡への入り口があった。

 すぐ向こうには森があるが、今回の目的地はこの門の奥だ。


「そうなのか? 俺はレインの遺跡なんて探索したことがないからわからないな」


 そして、今回は同行者が一人いる。

 冒険者のレルガくんです! ……いや、多分歳は九つぐらい上なんだけど。


 ともかく、彼は冒険者教会でとある依頼を受けてきた、私と同じ冒険者だ。

 どうやら依頼ブッキング、ということもないらしく、普通に同行することになった。


「マスター――レインの遺跡は、変なのが多い。初めてならなおさら気をつけた方がいいだろう」


 また私の肩に乗っているフィルがそう言った。


 フィルは自身の魔法で色々と細工はしてるからそこまで重いことはなく、肩に乗るのは大した問題ではない。


「マスター……? 分かった。忠告感謝する」


 レルガはフィルのマスターという発言に違和感を覚えつつも、そう答えた。


「さて、レルガさんも、行きますよー!」


 私はそう言って、目の前の門へと歩き出した。


「……今から遺跡探索なのにやけにテンションが高いんだな。分かった、行こう」


 レルガはそう不思議に思いつつも、私について来た。


 今回の目的は、冒険者教会で受注したこの遺跡の調査と、あとは綺麗なものを見に行くこと――!


 ◇


 その門の中に入ると、左右にろうそくの刺された燭台が壁のくぼみに設置されており、真っ暗な建物の中を薄暗く照らしていた。

 等間隔に配置された揺らめくろうそくの炎と、無限に続くかのように見える階段が、なんだか少し不気味な様相を醸し出していた。


 ……こういった演出は、レインが好むものだ。

 ここはレインの遺跡で、間違いないだろう。


「……いつになったら明るい場所に出るんだろうな。海も空もないぞ?」


 周囲を警戒しながら進むレルガ。

 レインの遺跡は、実害を持つようなギミックがないことを知らないのだろう。


「うーん、私も詳しくは知らないけど……フィルなら知ってる?」


 私は初めてきたところだから、ここの詳しい構造は知らない。

 だけど、フィルなら知っているかもしれない。そう思って私は聞いてみた。


「――そうだな、もうすぐ、出るぞ」


 フィルは、一拍置いてから、前を向いてそう発現した。


「まだ終わりそうには見えないが――っ!? 火が消えたぞ!」


 と、燭台の火が、一斉に消えた。

 辺りは暗闇に包まれ、足元すら見えない中レルガは構えを取っているようだ。


 私は足を踏み外さないように、その場で止まった。


「だーいじょぶだって。レインの遺跡は、そんなに危ないトラップとかはないから」


「そうかもしれないが……」


 不安がるレルガをよそに、私は冷静に待っていた。

 すると、キィン、という甲高い音が鳴り響くと同時に、左右の燭台が順番に灯っていく。

 今度は、先程とは違って青色の炎を灯していた。


 そして、その奥に目を見やると、先程まではなかった出口のようなものが見えた。

 そこからはまるで外に繋がっているかのような、日の光が漏れ出ていた。


「さ、明るくなったみたいだし、行こっか」


「あ、ああ……」


 レルガは、慣れないレインの遺跡の探索に翻弄されているようだ。

 無理もない。レインの遺跡は、こういった意味のないギミックが多いのだ。


 スタスタと階段を降りていくと、光が近づいてくる。


 階段を降りきると、暖かな日の光に包まれるような感覚に陥る。先程までいた暗闇から一転、辺りは明るく照らされている。いきなり明るさが変わったせいか、少し眩しく感じながらも、辺りを見渡す。


 そこにあったのは、どこまでも広がる広大な海。上には、羊雲が点々と存在する空があった。その隙間からは、存在しない太陽の光が差し込んでいる。

 そして、その海と空は、どこまで言っても出会うことがなかった。

 私はそれに違和感を覚えつつも、他の場所に目を移す。


 私達が立っているのは、その上に浮遊する土の道。

 踏みならされた道に、脇にはまるで廃墟のようにところどころかけた大理石の大きな柱が点在しており、他にも同じ大理石の建物や、はたまた壊れた木製の家屋のようなものまで存在している。


「……もしかして、さっきのはこれのための演出か?」


「そうだな。随分面白い反応をしてくれて、助かるぞ」


 なんだか楽しそうにしているフィルに対して、レルガは呆れたような顔をしていた。


「全く、大賢者じゃなくて、演出家を名乗ったほうがいいんじゃないか?」


 レルガは、肩をすくめ、至極真っ当な意見を口にした。


「ま、まあ大賢者としての実力がないとこんな壮大な演出もできないし……」

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