二話:天才変人魔法使いと天才変人魔道士/第四幕:終

「んー、そんな話すことはないような気がしますけどね。うーん、じゃあ旅の目的でも話しますか。と言っても、綺麗なものを見て、楽しむこと、くらいですけど」


 羊雲が点々と存在する、どこまでも広がる青い空。いつでも見れるし、いつでもある、けれども美しさを持ったそれ。

 そこに光り輝く、いつも私達を照らしてくれる太陽の眩しい光。

 それが一瞬だけ目に入って、目が眩むような感覚に陥る。

 その光を手で遮りながら、私は呟いた。


 何か目的があって旅をしているわけではないのだ。


「ほう、綺麗なものを見て楽しむ。随分アバウトだね?」


「ですねー。まあ私、難しいこと考えるのも好きですけど、感情には素直に生きてるんですよ。感情は単純ですからね」


 私は笑って答える。


「……ん? 感情には素直……だから楽しむっていう単純な目的ってこと?」


「そんなところです」


 ミヘイラさんの疑問に、私は曖昧ながらも返答する。


「またアバウトな返答だねぇ……」


「まあ旅の目的はないみたいなものですから。私がするのは、私が目に見えた範囲で、私のしたいことをするだけです。それが人助けなこともありますけどね」


 世界を変える、なんて大層なことは、一瞬くらいなら考えたこともあるけれど、多分私はそれをやる人間じゃない。能力的にも難しいだろう。


「できるなら世界中のみんなが幸せになって欲しいですけど、それはできないですし、多分、私がする必要もないと思うんです――」


 と、続いて私は理由を言おうとしたけど、それを上手く言語化できずに、私はそれを言うのをやめた。


「そりゃまたなんで?」


 不思議そうに聞いてくるミヘイラさん。


「……なんででしょう? 自分でもよく分かりません」


 うん、本当に自分でも分からなくなってきたのだ。


「えぇー!? すっごい気になるんだけど!」


 私の言葉に驚き、詰め寄ってくるミヘイラさん。


「あはは……でも、なんでも自分の好きなようにするのが一番いいんだと思います。究極的に自分のために行動すれば、それは人のためにもなりますから」


 私はミヘイラさんを少し押し返しながら、思ったことをそのまま言った。

 私は大抵、自分のために行動しているし、その理由も単純だ。

 気分が落ちている人を見るのは嫌だからどうにかしようと人助けるのようなことをする、だとか。

 人のためという感情がないわけじゃないけど、十割それで動いているわけではない。

 人のためと思って動くと、かえって人に拒絶されてしまうこともある。


 すると、ミヘイラさんは少し考えて、こう言った。


「なんだか、本当に旅人って感じだね。ちょっと憧れちゃうなー。まあ私は今のこれも好きだからいいんだけど、ね」


 ミヘイラさんは小さく、けれども悲しげに笑った。


「そういえば、ミヘイラさんさんは普段どうしてるんですか? やっぱり魔道具の商売とか?」


 と、私はミヘイラさんの言葉で少し気になって、聞いてみた。


「私は大体そんな感じー。研究して、作って、商売して、たまに論文書いて、みたいな……よく、天才なんだからあーしろこーしろと親に言われるけどね」


 ミヘイラさんは自嘲気味に笑った。

 ……恐らく、彼女にも色々あるのだろう。何か声をかけようと言葉を探していると、私が口を開くよりも先にミヘイラさんが喋りだした。


「っとごめん、この話はいらないね。ともかく、面白いこと聞けたから満足! 修理もありがとね!」


 ミヘイラさんはそう言って話を切り上げた。


「修理は私が壊したようなものですし、いいですよ。というか、話はもう良いんですか?」


 わざわざ聞くことでもないかもしれないが、少し気になって聞いてみた。


「まあねー……なんか思ったよりも難しいこと言ってたし」


 頬をぽりぽりかきながら困ったような顔をするミヘイラさん。


「あそうだ、もう一つ聞いても良い? ……師匠とかっているの?」


 ミヘイラさんは、少し間を開けて聞いてきた。

 師匠か、多分、いないと言ったほうが正しいだろう。

 魔法学校には通っていたから、そこでの先生が師匠、と言えるかもしれないけど、そんなに密接な関係だったわけではない。


「そうですね、いないと言ったほうが正しいと思います。魔法学校には通っていましたが、そこまで密接な関係を持った魔法の先生はいませんでしたし」


「へー、じゃあ学校にはいったけど、ほぼ独学ってことね……私は師匠がいてこれだから、ほんとに私より天才なんじゃないかな?」


 少し考え込んで、ミヘイラさんはそう言った。


「うーん……どうでしょう? まあでも、そうかもしれません。もっと褒めてくれても良いんですよ!」


 私はぐっと親指を立てて、冗談臭く言ってみた。


「急に調子に乗り出した! やっぱ褒めるんじゃなかった!」


 ミヘイラさんは、そう言って面白そうに笑った。

 そして、私もつられてくすくすと笑ってしまっていた。


「それじゃ、今日は本当にありがとね! あ、片付けとかは私がやるから大丈夫だよ!」


 次にミヘイラさんは立ち上がって私に言った。


「……そうですか? ではお言葉に甘えて帰りますね」


 私は少し考えてから、それを受け入れることにした。

 なんだかそのままにしておくは心苦しいような気もするが……街中を爆走していたミヘイラさんにも責任はあるしいっか!


「あと、今日は私も面白いものが見れたから、ありがとうございます!」


 私はそう言って、軽く頭を下げた。


「おうよ! それじゃあまたいつか会えたらー」


 私が言うと、ミヘイラさんは元気よく返事をした。


「さようなら〜」


 私はミヘイラさんに手を振って、庭から出た。


「……もう帰るのか?」


 大きな口を開けてあくびをしていたフィルが、そんなことを聞いてきた。


「……そういえばフィル、何もしてないでしょ」


「ほう、何かするべきだったか? 猫の手も借りたい、というやつか」


 私が言うと、フィルはドヤ顔でそう言った。


「……いい感じのこと言ったみたいな雰囲気出すのやめてくれる?」


 ◇


 私は薄暗い宿の中、寝間着姿でランプの灯りを頼りにペンを持って日記を記していた。

 ……なんだか何も書いていない日があるが、多分その日は何もなかったんだろう。


「前々から思っていたが、その日記、書いてない日があるのではないか?」


 と、フィルが机の上に飛び乗り、私に聞いた。


「……多分なんもない日だったんじゃないかな?」


 私はとぼけて、そう言ってみせた。


「ふむ、昨日は一イベント程度はあったような気がするが」


 日記を眺めながらフィルは言った。

 ……目ざとい奴め。


「……うるさい。日記なんて自己満足なんだからいいでしょ?」


 フィルを半目で睨んで私は言う。


「ふっ、イリアがそう言うなら構わん。それでは私は寝てくる」


 フィルはそう言って部屋の隅、専用のベッドの上に丸くなった。

 あれは、私がいつも次元収納魔法で持ち歩いているやつだ。あれじゃないと寝心地が悪いらしい。


「うん、おやすみ」


 私も椅子の上から立って、大きく伸びをする。

 さて、今日はもう寝ようかな。


 ――

 ――――


 イリアの日記帳


 『――ということが今日はあった。もしあの人にまた会えたとしても、会えなかったとしても、今日は良い日だったな』

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