二話:天才変人魔法使いと天才変人魔道士/第三幕

「お、終わった……」


 疲弊しきった様子のミヘイラさん。二時間ほどずっと座って作業していたせいか、服には少し土がついていた。

 まあ、私もちょっと疲れた……。


「扱う魔法の属性を間違えていたとは、随分初歩的なミスだったようだな」


 そう、ずっと隣で眺めていたフィルの言う通り、初歩的なミスだった。

 今回の場合、雷の属性を使わなきゃいけないんだけど、間違ってそれが炎に設定されていた。


 水分補給のために牛乳を飲んでいるようなものだから、そりゃあ動かないよね……


「うるさーい! 猫に言われたかないわい!」


 フィルにそう言われ、怒った様子で言うミヘイラさん。


「っていうか、君なんなの? 猫だけど、喋ってるし」


 と、フィルのことが気になったのか、そう質問するミヘイラさん。

 うーん、それは説明すると少し長くなるし、だいぶ衝撃的な内容になる気がする。

 なんてったって、フィルは――


「私はフィルスミト・レイラー。かの大賢者レインの元ペットだからな」


 そうそう、実はコールドスリープ? なんてのをされてたレインのペットで、私が森で見つけて――

 って、何言っとるんじゃ!


「ちょっとフィル! 流石にいきなりはまずいでしょ!」


 私はフィルに近づいて、耳打ちした。

 フィルは、こちらを向いて「見ていろ」と言いたげな目をしていた。


「……あー、もしかして隠したい感じ? ……ま、なら別に聞かないけどさ」


 と、私の心配をよそに、ミヘイラさんは都合の良い解釈をしてくれたようだ。

 本当なんだけどな……


「ま、まあね。喋る猫は珍しいですし……」


 ともかく、わざわざ話すことでもないため、そのままにしておくことにした。

 フィルはそのままペロペロと呑気に毛づくろいをしていた。


 もし信じられたらどうしてたんだろうか。


「じゃあ、イリアちゃんのことは聞いても良い?」


「えっ、私?」


 と、ミヘイラさんはそんなことを聞いてきた。

 要するに、昔の私の話だろうか。

 

「そうそう。私よりさらに若いのに、凄い魔法使いなんでしょ? 冒険者としても『白金級』だとか」


 ミヘイラさんは、地面に座ったままそう質問してきた。

 白金級、というのは、冒険者のランクのことだ。

 ランクは石、銅、銀、金、白金、聖銀ミスリルとあり、私はその上から二番目。

 一応、全世界の冒険者の中でも0.001%で、その数は千人くらいいるらしい。

 数だけ見るとそうでもない数字だが、割合で見れば相当少ない。それに全世界の人間で換算したらもっともっと少ない割合になるだろう。


 確かに、凄いと言えば凄いランクではある。

 しかし――


「えっ、なんで知ってるんですか?」


 ミヘイラさんにそれを話した記憶はなかった。


「いやー、なんだか見覚えあると思ってさー。そしたら、あの『緑銀りょくぎんの魔女』じゃん! と思ってね。いかにも魔法使いな格好に、白い髪に緑のメッシュ、緑の瞳! その指輪は知らなかったけど……噂通りなんだね!」


 ミヘイラさんは、私の顔のそれぞれの部位を指しながらそう言った。

 確かに、私の髪は白い髪に緑のメッシュが入ってるし、目も緑だけど。

 緑銀の魔女とは一体なんの話だろうか。


「喜べ、イリア。いつの間にか二つ名が着いていたらしいぞ」


 なんだか茶化すような様子でフィルは言った。


「……喜ぶどころか恥ずかしいんだけど。というか、私ってそんな有名なんですか?」


 今までそんな話は一切聞かなかったし、昨日一緒に行動したベイルという子からもそんな話は聞かなかった。

 私は、そう思ってミヘイラさんに聞いてみた。


「んー、ちょっと有名ってとこかな? 一部界隈では噂されている、みたいな。それで、私は気になったわけよ。十八歳で白金級に上り詰め、さらになんだかどことも知らず旅をしているらしい天才魔法使いの話を」


「まあ、十八で白金は確かに珍しいらしいですけど……」


 私は冒険者家業を本格的に始めてから一年くらいで白金級になったが、それも相当早いらしい。

 私としては、もう四年くらい冒険者をやっているような感覚に陥っているのだけど。

 常々感じるが、私は人よりも随分濃密に時間を過ごしているらしい。

 というか、年齢まで知れ渡っているのか……


「で、気になってさ。なんで私よりも若いのに、腰を据えずに旅人っていう生き方をしてるのか、とか。どういう考えで生きてるのか、とか。話してても思うけど、どうもただの十八歳には見えないんだよね〜? 聞いても良い?」


 ミヘイラさんは、なんだか面白そうにしながら私に詰め寄った。


 それにしても――ただの十八歳には見えない、か。確かに、ただの十八歳ではないのだろう。

 白金級だし、魔法論文を出して、賞をもらったこともある。

 そんなに凄い賞ではなかったけれど。


「んー、そんな話すことはないような気がしますけどね。うーん、じゃあ旅の目的でも話しますか。と言っても、綺麗なものを見て、楽しむこと、くらいですけど――」

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