二話:天才変人魔法使いと天才変人魔道士/第一幕
とある国の至って普通の街。
レンガや石で作られた家屋が立ち並ぶ街道。
私はそこの喫茶店の外、屋外テーブルの上で、本を読んでくつろいでいた。
時刻は午前六時。人通りは少なく、同じくここを利用している人もあまりいない。
「さっき買っていた本だな。それは――冒険譚か?」
テーブルの上で毛づくろいをしていたフィルが、私の読んでいる本を覗き込んでそう聞いた。
「まあそんなとこかな? 魔法使いの旅の物語って感じ」
賢者を目指す天才魔法使いが、各地を旅する物語だ。実際にその土地に赴いたことのある人が書いているらしく、その街の実際の様子が丁寧に描かれている。私と状況が似ているからだろうか、少し惹かれて、買ってしまった。
まあ物語の中の魔法使いの年齢三十代とされてて、私は十八だから、そこは結構違うけど。
「私と少し似てるって思ってね」
「そうだな。確かに
フィルは少し、という言葉を強調して言った。
確かに、似ていない部分もとても多い。年齢もそうだし、出自もそうだ。
私は、物語の中の魔法使いのように、別に立派な魔法使いになろうとして、魔法を勉強していたわけではない。
上手く行かない人間関係から、逃げるように魔法に没頭していただけの話だった。
まあ今の私から考えれば嘘のような話なんだけどね。
それに、魔法を勉強するのは凄く楽しかったしね。
「……強調しなくていーの、そこは」
私は本をパタンと閉じて、フィルを横目で見てそう言う。
「すまんすまん。まあ、私とて昔のイリアと共にいたわけではないから、詳しくは分からぬがな」
フィルと会ったのは、大体一年前くらい、いや、一年半くらい経ってたっけな?
なんだか凄い前な気がするけど、私の今までの人生十八年から見れば、ほんの少ししか一緒に居ない。
だけど、私の過去がどうだったか、ということ自体はフィルも知っている。
「今のイリアを見ていると、昔の話なぞ嘘のように聞こえるがな」
「まあね、私もあの頃とは随分変わってるから。それに、今はすっごく楽しいしね!」
私はフィルに笑顔を向け、そう言った
これは、私の嘘偽りのない気持ちだ。
と言っても、案外自分の気持ちというのは、自分では気づきづらく、もしかしたらまだ私の中にも嘘があるのかもしれない。
まあでも、そのときはその時だ。
――と、何やら、街道の方が騒がしい。
なんだか、変な声と大きな音がする。
「ねぇ、なんか音しない?」
「そうだな、確かに妙な音がする」
その音はガタガタとうるさく鳴っており、まるで、馬車が急な坂を転がり落ちているような――
「――ゎぁあああー! 誰か止めてー!」
道の奥から見えてきたのは、何か魔道具らしきものに乗っかり、爆走する女性の姿が。
魔道具は、さながら四角い馬のような形をしていた。細かい形状は遠くてよくわからないが、高速で走れる魔道具なのかな?
「……あれ、どう見ても大丈夫じゃないよね?」
思わず私はフィルに聞いた。
周りの人達も、何事かと言った様子でそちらを見ている。
「そうだな。止めてやったほうが良さそうだぞ?」
「だね。やろっか」
私は立ち上がって、少しの間考える。
魔法障壁で止めれば魔道具は止まるが、そのままだと搭乗者が吹っ飛んでしまう。
となると、搭乗者が落ちる部分に、上手く風魔法を発動させて、私がそれをキャッチすればいいだろう。
私は急いであの魔道具の進路方向へと向かった。
「ちょ、ちょっとー! 危ないからどけてー! わぁぁぁ!」
酷く焦燥している様子だけど、私は冷静に動きを見極める。
魔法障壁を発動。集中して――
ガンと魔法障壁に魔道具が当たり、搭乗者が――その場所のまま、頭だけを機体に強く打った――
「――え?」
かのように見え、一瞬ヒヤリとする私だったが、どうやら彼女が頭を打った場所は、柔らかいクッションのようなものが展開されており、怪我の心配はなさそうだった。
――ほっ、やばいことしちゃったかと思ったよ。
「うっ、お腹が痛い……あ、止めてくれてありがとうございます……」
座ったままお腹をさすりながら、彼女は感謝の言葉を述べた。
何やらお腹の辺りには、彼女の体をぐるりと囲むようにベルトが装着されており、それが彼女が吹き飛ばされなかった原因のようだ。機体はさっき見た通り、四角い馬のような形をしていたが、足元には四つの車輪がついており、馬車にも見えるような形をしていた。
上には、完全に露出された座る場所があり、彼女はそこに座っていた。
どう見ても安全には見えないが、このクッションやベルトといい、事後処理は完璧のようだ。
「予算削減で車輪を安物にしたのがまずかったのかなぁ……でも、安全装置はおっけーだね……」
彼女は一人考え込んで、何やら呟いていた。
彼女は魔導士なのか、ポケットがついた白衣を着ており、そのいくつかのポケットは膨らんでおり、何かが入っていることが分かる。
その下には青の縞模様が入っている服を着ており、下には黒いズボンを履いていた。
次いで彼女はメモ帳を取り出して、何かをメモしていた。
「えっと、大丈夫ですか?」
私は気になって、そう質問した。
よく見ると、彼女は私よりも少し年上に見える。
「あっ、うん。大丈夫だよ! いやー、すみません本当にご迷惑をおかけしまして……」
そう言って彼女は軽く頭を下げて謝罪をした。
どうやらもう大丈夫のようだ。特に体に外傷がある様子もない。
「随分見たことのない魔道具に乗っているのだな」
てくてくと後からついてきたフィルが、彼女にそう質問した。
「……喋る猫? あ、この魔道具は自作だから、他にはどこにもないね」
フィルが喋っていることに疑問を持ちつつ、なんだか受け入れているようにも見える。
なんだか周りの視線が痛いが、一旦それは置いておこう。
「へー、でもこれ凄いですね……直接魔法で車輪が動いているわけではないんですか?」
私はその魔道具の車輪の辺りを観察しながら、そう呟いた。
車輪周りには魔法術式が見当たらない。
魔法を用いているのは確実だろうが、直接動かしているわけではなさそうだ。
「そう! そうなんだよ! 実はこの中に魔導エンジンが取り付けてあってそれの詳細はまあ省くけど、そこで生み出したエネルギーを物理的にこの車輪に組み込んで動かしてて、これだと従来の――」
すると、ものすごい勢いで彼女はそうまくし立てた。
「分かった! 分かったから! 一旦落ち着いてください?」
「あ、ごめん……まあともかく、助けてくれてありがとうね! それじゃあ私はこれで――」
私がそう宥めると、彼女も落ち着いたようだ。
そして、彼女はもう一度その魔道具に乗った――すると、魔道具は異音を上げ始めた。
よく見ると、私の魔法障壁にぶつかったせいか、その先端部分はひしゃげており、動くようには見えなかった。
「――あ、壊れてる。どうしよ……」
特に驚く様子もなく、彼女はそう呟いた。
……もともと、彼女が爆走していたのが原因とは言え、私がかなり荒っぽい止め方をしたのも事実だ。
ここは、せめて修理を手伝うくらいはすべきだろう。
「なんか私が壊しちゃったみたいですし、直しますよ?」
「いやー、大丈夫だよ。ここをちょちょいと直して――あれ?」
彼女は修理器具らしきものを白衣のポケットから取り出してやるが、上手くいっていない様子だ。
「ま、まだ大丈夫! これが駄目なら、こうして――」
ボフン、と黒い煙を上げる魔道具。
大丈夫、ではなさそうだ。
「……えーっと、助けてもらえる?」
彼女は私の方を振り返り、そう訊いた。
「……も、もちろん!」
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