一話:世界樹と恋する少年/第三幕

 私達は、世界樹の遺跡・・を出た。いや、ダンジョンって言ってもいいかな?

 私達が入ったときには夕方だったため、外はもう真っ暗だ。


 この遺跡は、もともとレインが作った遺跡だ。世界樹、と呼ばれるこの巨大な樹木には、世界樹の雫、と呼ばれる高度な治療の効果を持った雫が生成されていた。

 だから、最奥にはレインの作った世界樹の雫の精製装置がある――ま、これは知らない人が多いらしいけど。だけど、フィルなら知っていることだった。

 そして、さらに後にレインとはまた違う人物が試練を作った。

 なんだか簡単に世界樹の雫が手に入れられるのはよくないとか考えたらしい。全く、変な人の考えることはよく分からないね。私も人のこと言えないけど!


 ともかく、その試練は、ゴーレムを沢山倒して最奥にたどり着け、という簡単なものだった。 

 そして、ゴーレムだから当然作らなきゃいけない。何やら内部にはゴーレムを作る装置があって、そこで無限にゴーレムが作られてるらしい、だけど、その放出には一定のスパンがある。

 だから一度誰かが通った後はガラガラになって、簡単に通れるし、帰り道も何もいないただ歩くだけの道になる。

 実は、私が通ったときは何もいなかったのだが、それはベイルが倒していた、ということだ。


 後ろを振り向くと、世界樹の根本に、大きな穴が空いており、そこは樹木や木材を整形して作られたであろう門が取り付けられている。

 さらに奥には、私達が通ってきた大理石で舗装された道が続いていた。上には、青く光るのにも関わらず、辺りに太陽の下のような明るさをもたらす不思議なランタンが取り付けられていた。


 ――と、そのランタンが、何やら消灯していく。


「……? イリアさん、どうしたんですか?」


「いや? ただ、あのランタンが消えてるなーって思ってね」


 ランタンは完全に消灯され、辺りは真っ暗になってしまった。

 私は無詠唱で光の基本魔法、ライトを発動して辺りを照らす。

 ベイルはそれに少し驚いたようで、一歩後退りをした。


「え? あのランタン、消えるんですか?」


 ベイルが、不思議そうに聞いてきた。


「ああ、あそこのランタンは、世界樹が吸収した光エネルギーを使っているからな。夜になってからしばらくすると消えるんだ」


 と、フィルがそう説明してくれた。

 私は既に聞いていたことで、驚くことはない。


「そうなんですね……」


 辺りを見ると、数々の廃墟が並んでいた。

 月明かりの下に淡く照らされた、ずらりと並ぶそれらは、何故か少しの哀愁を感じさせる。


 これらは、世界樹の下に建造物を作ろうとした先人たちのものだ。

 しかし、それらは叶わなかった。明確な障害があったわけではないのだが、そのどれもが一年のうちに崩壊し、上手く行かなかった。次第に、世界樹の下に建造物を作ろうとする人はいなくなっていった。


 と、私は写真機を取り出し、角度や設定を調整して、一枚、二枚とパシャリ。


「夜の世界樹の廃墟の写真撮影か。前にも言っていたな」


 そう、実は夜の廃墟は昔から取ってみたかったのだ。

 ちょっと怖いけどなんだかいい雰囲気だよね!


 ……街中の廃墟は、やべー人たちがいたりするからあんまり近寄りたくないけど。


 先程まで後ろを向いていたベイルは、その音を聞いて何やらハッとしたような表情をして、言った。


「そうだ、イリアさん、ここまでありがとうございました。それでは、僕はデランの街の方へ帰りたいと思います。本当に恩に着ます」


 ベイルは、どうやらここから一番近くにある街、デランに帰るようだ、しかしもう夜も更けている。

 歩くのは少し危険な気がする――というか、なんでベイルくん、キミはこんな時間に来たんだね。

 ……まあいいや! とりあえず、私には安全に送ってあげられる手段がある。


「おーっと、一人で帰って大丈夫かい?」


 私は、次元収納魔法を発動して、よくある魔法使いが使ってそうな箒を取り出した。

 しっかり整形された真っ直ぐな木の棒の持ち手の先には、宝石――制御用の魔石だ。それが嵌め込まれた留め具があり、さらにそこから先に、箒の穂がついている。

 次元収納魔法は、私が相当頑張って、その場でパッと使えるくらいになった魔法だ。

 ――これをできる人は中々いないんじゃないかな?


 さて、この箒はそう、空を飛ぶやつだ。

 本来ならもっと安全な形にするのがいいのだが、こちらの方がコストは安いし、長時間使用には耐えられる……それにこちらのほうがロマンがある!


「えっと、それは空飛ぶほうき、的なやつでしょうか? 送ってくれるということですか?」


「どうやら、そうらしい。乗ると良い。遠慮するな」


 箒の上に跨った私の肩の上にフィルが乗っかる。

 フィルは、自分の体を軽くする魔法を使っているし、しっかりと飛んでいる中でも落っこちないように、自分で魔法を使ったりで耐えることができる。


「そーそー。ここでわざわざさよならするより、そのまんまお届けする方がスッキリするってもんよ」


 私はそう言って、ちょいちょいと手招きをする。


「乗ってきな!」


 私は親指を立て、こちら側を指さすと、決め顔でそう言い放った。


「そ、そうですか……では、お言葉に甘えます」


 ベイルは、そろそろ言っても無駄なんだろう、ということを理解した表情で、後ろに乗った。


「それじゃ! いっくよー!」


「えっあの初めて乗るので遅めだと助か――」


 ベイルのその抗議も虚しく、魔法の箒は全速力でデランの方角へと飛んでいった。


 ◇


 デランへと着いた私は、ゆっくりと箒を街の路地裏の地面へと下ろしていった。

 私は軽い足取りで箒から降りて、箒をしまった。

 フィルも同じく、地面に降りた。


 一方ベイルは、息も絶え絶えと言った様子で、膝に手を当てていた。


「ふむ、イリア。流石に飛ばしすぎたのではないか?」


 ベイルを眺めていたフィルがそう私に言った。


 ――ええっと……確かにそれは、否めないかも。


「あーっと、ごめんね〜? と、とりあえず、街にはついたから!」


 この路地裏のすぐ向こうからは、人々が行き交う大通りがあり、そこからオレンジ色の街灯の光が漏れている。


「……流石に、やばいです、あれは」


「あ、あはは……ごめん」


「いや……助けてもらった恩もあるので構わないんですが、あんまりはしゃぎすぎないほうがいいかと」


 ベイルに、そんなことを言って叱られてしまった。

 ――落ちないように魔法を使って配慮していたとは言え、今回ばかりは反論できない!


「そ、そうだね〜……ともかく! これで私の仕事は終わったかな? それじゃあ解散!」


 私が無理やり切り上げるようにそう言い放つと、ベイルはなんだか何かを言いたげな表情をしていた。

 ――も、もしかしてまだ何かある感じでしょうか?


「あの、これ、本当に僕が使って良いんですか? 僕が自力で取ったものではないですし、レニルにも使って良いのかどうか……」


 そう言う彼の表情は、あまり優れたものではなかった。

 どうやらさっきの話ではないようで、安心だ。


「元々、僕はその……幼馴染みに、助けたら、まあ好きになってくれるかな、みたいな感じで最初は行ったんです。それなのに人からもらったこんなの使っちゃって良いのかなって……」


 ベイルは、言いよどみながらも、そう自分の心情を吐露した。


「えっと、レニルってのは幼馴染みの名前かな。まあ別に全然いいよ。そもそも、君は一人で助けようとしてあそこまでいったわけだ。それで、私に助けられた」


「はい。理由は不純ですが……」


 と、申し訳無さげに言うベイル。


「と、理由が不純って自分で分かってて、さらにその理由をちゃんと私に言ってきた、さらにいえば、元より命をかけてあのダンジョンに言ったわけだ。じゃあもう使っちゃ駄目な理由はないでしょ? まあ人からもらったもの、って言ったほうがいいかもしれないけどね?」


「……確かに、そうかもしれません」


「あとは、私の善意の押し売りだから。私の座右の銘は一期一会! その時あった出会いを大事にして、自分がしたいと思ったことを、そのまんまやる。そうすれば……楽しいからね!」


 私はそう言ってニッと笑った。


「まあ、イリアの座右の銘はしょっちゅう変わるがな」


 先程から黙っていたフィルが、いきなりそんな横やりを入れてきた。


「ちょっとー! 今いい感じだったのに!」


「……ふふっ、じゃあ、大丈夫そうですね。本当にありがとうございました。なんだか、同い年なはずなのに、凄い年上みたいに感じました」


 ベイルはそう言って笑った。


「ああー……ま、よく言われるからね! それじゃあまた!」


 年上みたい、とは実際何回か言われてきた。

 ……まあ、私の宿命みたいなものかな?


「はい! ありがとうございした!」


 そう言ってベイルは元気そうに走り出していった。

 と、一つ言い忘れていたことがあった。

 使用方法だが、世界樹の雫は病気に対しては精製せずにそのまま使用するほうが効能を発揮する。

 というのも、実はあの機械で世界樹の雫は既に精製されているから、なのだが。


「あ! 世界樹の雫はそのまま飲ませた方が病気には効くからそうしてねー!」


「わかりました!」


 しっかりと聞こえたようで、ベイルは大きな声でそう返事をして、街明かりの煌めく街路へと消えていった。


 ――

 ――――


「しっかりと、いい話で終わったな」


「まあね〜」


「……準備をしているな? 今度は何をするんだ?」


「いやいや、折角だから覗き見でもしてやろうとね」


「性格が悪いな」


「失敬な〜。そんな変なことはしないよ。ちょっとしたサプライズをね。面白そうだからねっ」

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