一話:世界樹と恋する少年/第二幕

「全然、いいよ。ま、写真は撮らせてもらうけどね」


 イリアさんは何やらよく分からない魔道具らしきものを取り出してそう言った。


「写真?」


 ◇


 何十メートルはあろう高い天井からは二本の木の根が互いに絡まりながらねじれ、それは下へと行くに連れててつれて細くなっていき、その先端からはポタポタと澄んだ透明な水が雫となって滴り落ちている。

 その落ちた先を見ると、よく分からない模様が刻まれた、あまり見慣れない、しかし人工物のように見える台座の上に溜まっていた。


 そう、これが世界樹の雫。ここにあるのは、その雫の滴り落ちる静かな音と、その景色――に加え、それを色んな角度からさっきの機械で何かをしまくっているイリアさんがいた。


「あ、あの、それは一体……」


「ん? これはね、目の前にある景色を撮って、それを保存しておける魔道具だよ、最近レインの遺跡で見つけたの」


「景色を保存……って、レインの遺跡ですか?」


 大賢者レイン、大昔に『魔法革命』と呼ばれる、魔法に大きな発展をもたらした人物だ。

 そして、彼の遺跡といえば、意味不明でよく分からないものが多いらしい。


 有用なものも度々見つかるが、大規模な遺跡が多く、あまり探索は割に合わないとも聞くけど……


「そーそー。『あの』レインのね。写真機って言うんだけど、かなりいい感じだよ! こうやって撮って、沢山保存しておく。そしたらまた後で見れるからね」


 イリアさんはそう説明した。

 たまにその辺でスケッチをしている人と同じ感じだろうか。そのスパンが凄く短くて早く終わるっていう違いはありそうだけど。


「あとこうやっていろんな角度とか、いろんな撮り方で撮るのも、普通の視点とは違った見方ができて楽しいからね」


 「写真機」とやらをひらひらとこちらに見せながら、イリアさんはそう言った。


「それに私、綺麗なものが好きだからね――」


 イリアさんは頭上から伸びる木の根を眺めながら、なんだか感慨深そうにそう言った。


「綺麗なものは僕も好きですね。宝石とか、まあ嫌いっていう人は中々いないんじゃないですか?」


 僕はそう思ったことをありのまま口にした。

 すると、一瞬ハッとしたような表情をして、イリアさんはこう言った。


「いや、そういう意味ではないんだけど……まあ細かいことはどうでもいいね!」


 と、そう言ってイリアさんは露骨に話を切り上げた。


「じゃあとりあえずこれ上げるから待ってて」


 イリアさんはそう切り上げ、台座のあたりを探るように触りだした。


「……? あ、それは自分で取るので――」


「お、あった」


 と、イリアさんが何かを押し、カチッと音がなった。

 すると目の前の台座が小さな音とともに動き出し、台座の上の世界樹の雫が乗っている部分が動き出した。


「え、ええ!? 一体何が? って危ないから止めて!」


「大丈夫だってー、すぐ終わるから」


 僕が焦ってそう言うと、イリアさんは口元に笑みを浮かべながら、冷静な様子でそれを見つめていた。

 そんなこと言っている場合か! あれが溢れたら――あれ?


 それを見ていると、何やら台座の下から瓶が出てきて、世界樹の雫をそこに丁寧に入れ、さらにコルクで瓶の蓋を締めて、ゆっくりと台座の橋にそれを置いた。


「驚いた? いやー、意外とこれ知らない人多いんだよね〜」


 そう言ってイリアさんは笑った。


「し、知らなかったですね。すごい便利だし、丁寧ですね……あ、もしかして何か効能が違ったりします?」


 僕は少しの期待を込めて、そう聞いた。


「いや? ないよ? だってただの便利機能にわざわざそんなのつけなくない?」


「そ、そうですか……」


 確かに、僕達はつい古代都市、とか考えると全てに意味があるように考えてしまうけど、よく考えれば、その昔に作られただけで同じ人が作ったものだし、便利になるだけの機能もあるか……


「ともかく、ありがとうございます。これで僕の幼馴染を助けられます」


「あ、助けたい人って幼馴染だったんだ……あれ? もしかしてその子って女の子?」


「あ、はい。そうですね」


「……またそういうことかい!」


 と、イリアさんは急にそう叫んだ。


「……え?」


「いや、そりゃ別にいいけどさ、だって何人も何人もやってたらやんなってくるよぉ! なんでみんな幸せそうな顔して私に見せびらかしてくるんだよー!」


 イリアさんはそう言って声高に叫んだ。

 何やら深い事情があるような気がする……多分。


「えっいやあの……す、すいません」


「まあそう謝るな少年よ。イリアも本気で言っているわけではない。存分に幸せになってくれ」


 と、いつの間にかそばに来ていたフィルさんがそう言った。

 そういうフィルさんの顔は心なしか笑っているようにも見えた……猫にも表情ってあったんだ。


「フィル! 今の私は冗談だけど冗談じゃないからね! やんなってるのは本当だよ!」


「だ、そうだ。謙虚にはなりたまえよ?」


 フィルさんは僕にそう話を流した。


「ちょっと! そらさない!」


 その二人を見ていると、なんだか少し面白くなってしまった。

 猫と人間だけど、まるで親友みたいだ。


「あ、あはは……お二人は仲がいいんですね。付き合いは長いんですか?」


「ふっふっふ、確かに仲はいいね。なんてったって相棒ですから。あ、ちなみに会ってから、確か一年も経ってないくらいだよ」


 イリアさんは帽子のつばを掴みながら、ニヤリと笑ってそう言った。


「えーっと、それはどう突っ込めば……」

「……私も詳細は覚えていないが、流石に一年は経っていた気がするぞ?」

「……そ、そうだったかも」


 頬をぽりぽりと掻きながらイリアさんは言った。


「……さらにどう突っ込めばいいんですか?」

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