ダメなおまじないが効いた時

@rrroot

ダメなおまじないが効いた時

 田舎から上京し大学に入学してから初めて都会というものを知った。大学に入ったかと思えば今度はいきなり新入生歓迎会とは名ばかりの合コン会場へと足を踏み入れていた。


 先程まで雰囲気が落ち着いたら自己紹介をしよう、なんて言っていた派手な髪色のまとめ役たちはガヤガヤと暖まってきた会場で、待ってましたと言わんばかりに可愛い子たち目掛けて声をかけに行っている。


 田舎は都会ほど騒がしくないがどっちの男も可愛い女子に対して群がっていくことだけは同じだなと、甘いお菓子に群がる蟻のような景色を横目にグラスに手を伸ばす。すると隣の座布団に誰かがどすんと座った。


「よお、初めまして。君、名前なんて言うんだ」


 そう明るく言ってきた彼は黒髪の短髪に快活な笑顔を浮かべている。その風貌はまるで少しイケメンにした日本猿のようだった。


「俺は太宰」


「えっ、あの太宰」


 あので彼がなんとなく何を言おうとするのかが分かる。


「あの太宰だ」


「まじか、小説書けちゃうじゃん」


 そう言うと彼は底抜けに明るくガハハと笑った。


「君の名前は」


「ごめんごめん、俺の紹介忘れてたな。俺は芥川」


「えっ、あの芥川」


 まさかそんな返答が来るとは思わず咄嗟にさっきの彼と同じ反応をしてしまう。


「そう、その芥川」


「小説書けそうだろ」


 にやりとして言った後、彼はまたガハハと笑った。




 さっきまで空いていた隣の席は芥川という男とその知り合いの佐貫さんという女性で埋められた。


「初めまして。私は佐貫。気軽に佐貫って呼び捨てしちゃっていいから」


 と礼儀正しいがそれなりにフランクに話しかけてくれた。


「おい佐貫、あっち見てみろよあれ」


「指はささないの」


 そう彼女らが言う方を見てみるとガヤガヤとした居酒屋の中、歓迎会のまとめ役や他の男どもが一人の女性を囲っている。


 まるで悪事を唆す悪魔のような男どもとその話には決して耳を傾けずに凛と佇む一人の女性。日本風に例えるならば耳なし芳一だろう。


「ありゃ凄いな。あの人は確か羽田さんだよな。まわりの男どもはあんなに必死こいて天使を落とそうとしてるぜ」


「あれじゃさながら耳なし芳一ね」


 俺は悪魔の囁きに耐える彼女の方を向きながら君は今の君を貫いていてくれと静かに願った。




「前までは高校生だったのにもう大学生かよ。また勉強すんのやだなー」


 本当にだるそうに言っている彼は俺に肩代わりしてくれだの神様お願いなんて言っているとテーブルの唐揚げを頬張りながら佐貫さんが小突いてカツを入れた。


「勉強でもなんでも他の人が代わりにやってたら身につくものも身につかないでしょ。それだからうちの参拝客が減らないのよ」


「お前に言われると説得力違うな」


 参拝客という単語に疑問符を浮かべていると芥川が説明してくれた。


「実はこいつん家、そこそこ有名な神社でさ、この前なんかテレビが来たせいでお客さんが来まくって大変だったんだぜ」


 なるほど。彼の言う説得力とは彼女が願いを叶える側に物理的に近いからということだろう。


 「それは喜ばしいことなんじゃないのか」と問いかけると彼女は激しく首を横に振った。


「そんなの全然嬉しくないよ」


「全部神頼みするやつはね、結局、他人任せじゃない。私だったら神頼みする人よりかは自信を持ってお願いしにくる人の願いを叶えたいかな」


 なるほど、言われてみればそうかもしれない。


「でもそれどっちもお願いしてんじゃん」


 言わなくてもいいことを言った彼はまた小突かれながらガハハと笑った。




「神頼みで思い出したけど佐貫のあれは現役なのか」


 そう言う彼の言葉の意図が読めないが佐貫さんは元気そうにそうだねと頷いた。


「あれが現役ってどういうこと」


 そう聞くと彼は話すより実際に見たほうがいいと彼女と彼は羽田さんの方を見た。俺はきょとんとしながらそちらの方を見ていると突然何かが割れる音がした。


 どうやら羽田さんを囲っているうちの一人がグラスを落としたらしく流石にこれは迷惑になると思ったのかそれとも気まずく思ったのか周りの男たちは散り散りになっていった。


「まあ、少しは彼女を助けられたんじゃない。やりすぎちゃったかもしれないけど」


 「まるで逃げ惑う蟻んこだな」と言いながら彼はガハハと笑った。


 戸惑いつつも「なあ、だからどういうことだよ」と聞くと芥川は教えてくれた。


「こいつは昔から願ったことが叶うんだよ」


 最初は言っている意味が分からなかった。いや、意味は分かるがそんなことは普通に考えてあり得ない。


「ありえないって思ってるでしょ」


 実際そう思っていたし、なにより彼女の自分の力を信じてやまない様な声色に少しドキッとした。


「よし、もっかいだもっかい」


 愉快そうに手を叩いて催促する彼を尻目に彼女は真剣な瞳で俺の方を向く。すると突然テーブルに置いていたスマホが1センチくらい宙にふわりと浮いた。


 流石にこれには目を丸くして驚いてしまった。


「おい、これはどうやってるんだ」


 やっぱりみんなそういう反応をするよなと二人は顔を合わせながら頷いていた。


「でもね、さすがに大きいお願い事は無理なの。例えば、大金持ちになりたいとか、ビルを浮かせたいとか、そんなんじゃなくて、500円玉落ちてないかなとか、スーパーのお惣菜割引きしてないかな、とかの方が叶いやすいかな」


 説明している間に宙に浮いていたスマホはコトンと音を立ててテーブルに落ちた。


 なるほど。少なくとも小さいことはできるということだろう。


「でも一度だけ奇跡を起こしたよな」


「そうだね」


 彼らの共通言語である奇跡について尋ねるとそれまた気軽に話してくれた。


「高校の時に芥川くんと一緒のとこに通ってたんだけど、ほら、高校3年生になるとあるじゃん、修学旅行」


「京都旅行を楽しみにしてたんだけどその日の京都の天気は雨のはずだったんだ」


「降水率100%なんて数字を易々とテレビで流さないで欲しいよなー」


 回鍋肉をつまみながらそう茶々を入れる彼を無視して彼女は話を続けた。


「でね、その前日に私はすっごいお願いしたの。今まで頑張ってきたから、神様、この日だけはこのお願いを叶えてくださいって」


 まさかと思いつつ話を聞く。


「そしたらね、晴れたんだよ。それも雲一つない大晴天」


 「ありえない」と呟くと「ありえたんだよ」と彼は断言した。


「実際に見たんだからいい加減信じろって」


 まあ根拠はあるがそれが当たり前なものではないのだから信じろと言われてもすぐには無理だ。


「佐貫さんにできるなら他の人が出来ない道理がない。それなら俺だって出来るはずだ」


 そう言っている自分の脳裏には神頼みして告白したが好きじゃないと一刀両断された小学生の頃の苦い思い出が蘇る。


 そう言うと彼女は困ったようにうーんと呟いてから「よしっ」と言うと俺の方を向いた。


「じゃあさ、私がおまじないかけてあげる」


「女子小学生かよー」


 彼女は彼を小突きながら俺の手のひらに指で星を描いた。


「君はこれから困り事がある度に手に描いてあげた星を飲み込む。すると、困り事は自然と解消される」


「それは佐貫さんの願いを俺が間接的に叶えていることにならないか」


「なんだよー。お願い事を叶えるお願いかよー」


 俺はガハハと笑う芥川に巻き込まれる形で佐貫さんに小突かれた。解せぬ。




 居酒屋の歓迎会の雰囲気が落ち着いてきた頃あの跋扈していた悪魔たちが「二次会行く人いますか」なんて声を張り上げて仲間を募っていた。


 そんな光景に呆れつつポッケに手を突っ込むとあることに気がつく。アパートの鍵がない。


 その瞬間、走馬灯のように大学の入学式が終わってから新入生歓迎会に来るまでの記憶が脳内を駆け巡った。


 一体どこで失くした。落ち着け、きっとどこかに落ちているはずだ。そうに違いない。

 少し慌てている俺に気づいたのか芥川と佐貫さんが声をかけてくる。


「どうしたの」


「おい、なんか忘れたのか」


 俺がアパートの鍵を失くしたことを打ち明けると二人は同じことを言った。


「じゃあ今がおまじないのチャンスじゃない」


 そんな場合じゃないだろうと思っていると「そうだそうだ、実際にやってみろ」と芥川が茶々を入れる。


 芥川に言われたからか余り乗り気ではなかったが手のひらに星があるのをイメージして飲み込んでみた。が、一向に何かが起きる気配はない。


「なあ芥川、ほんとに信じていいんだろうな。何も起きないぞ」


「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって」


 そう明るげに言う彼にほんの少し怒りが募る。だが彼もポッケに手を突っ込んでから表情が変わった。


「無い」


「何が」


 さっきまで明るげだった表情は段々と青白くなっていった。


「俺の鍵」


「お前も失くしたのか」


「それだけじゃない。財布もない」


「私と一緒にここまで来たんだからそれはあり得ないよ」


 そう言った彼女も一応自分のバッグを確認すると財布が抜き取られていた。


「これってもしかして」


 と言う俺に対して彼は「ああ」と示し合わせた。


 間違いなくこの場に窃盗犯がいる。


 なかなか遭遇することのない状況の中で俺と二人は顔を見合わせた。




「普通に警察に連絡した方がいいんじゃない」


「いやでも盗られた物の中にはあまり見られたくないものが」


「てかこんなやり取りをしてる場合じゃないだろう」


 見られたくない物ってどんな物だよと思いつつ、この場で窃盗犯がいると言うと逃げられてしまうだろうから、芥川は店員に状況を伝えてくれと言うと韋駄天も驚くスピードで駆けて行った。


 状況的に考えて羽田さんを囲っていた悪魔どもが犯人の可能性は0だ。一人の女性を囲いながら俺たちのポッケやかばんから盗めるならそれはきっと悪魔ではなく妖怪の類いだろう。


 そして近くの席に座っている人たちも犯人からは外れる。席が近い故に変化にはすぐに気付ける。


 であればそれらではない人間が犯人だ。俺たちは辺りを見回すがこれといって怪しい人物は見当たらない。むしろふつうにやんちゃな大学生たちしか目に入らない。


 するとさっきまで騒がしかった悪魔たちが「二次会行くぞー」と叫ぶとその近くで誰かが転んだ音がした。


 佐貫さんと俺は何事かと奥の座敷の方を見る。


 「大丈夫かな」と羽田さんが呟く中、慌てて悪魔たちが近づいて手を差し伸べるとその手を掴んで小柄な男が立ち上がった。彼は身の丈には合わないリュックを慌てて抱き抱えて会釈をして去ろうとするとリュックから何かが落ちた。それを見た途端、悪魔の顔が鬼のような形相へと変化していく。


「お前これ俺の財布じゃねえか。ふざけんじゃねえぞ」


「おい、ポッケ確認してみたら俺のもねえぞ」


 一層騒がしくなるこの場にやっと芥川が帰ってきた。


「帰ってきて早々犯人見つかったのかよ」


 悪魔たちがリュックから取り出した物を次々と持ち主へと返していっている。


「なあ芥川、これはおまじないが叶ったって言っていいのか」


「いいんじゃないか」


 そんなやり取りの最中佐貫さんはあっと声をあげた。


「おまじない掛けるときに自然と解決するようにってしちゃったからゆっくり解決するのかも」


 それじゃ屁理屈になるじゃないかと憤慨する俺をよそに悪魔がキラリと光る銀色の鍵を天井に向かって掲げた。


「時間差ありすぎだろー」


 ガハハと笑う彼を俺は小突いた。

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