■15 神話
神話とは、つまり太陽の神を中心とした神代の物語だ。
西域のみならず、東方や南大陸にも、言葉こそ違えどほとんど共通する神話が伝わっている。
数ある神話の中で、信仰を司る神殿が認めたものを本典と呼ぶ。
一方、神殿が調査や検証を続けているもの、そもそも把握していないものなど、正式には認められていないものを諸典と呼ぶ。
諸典の多くは神話時代の出来事を記録した断片であり、前後のつながりが不明のものや、本典との矛盾があるものもある。故にこそ、神代の『真実』を伝えると信ずる者もまた多い。
「我がヘルツェル家に伝わるのは、そうした諸典のひとつ」
マティアスが語る声は、芝居好きであることを差し引いても、重々しい。
理由は、その諸典の内容にあった。
「世界の終末を描いたものなのだ」
「まさか、『終末抄』……!?」
「世界の……?」
はっと息を呑むフォルカに対して、ノーマは首を傾げる。
「いや。言葉の意味はわかるぜ。世界が終わるってことだろ。だけど、神話……お話の中の終わりに何の問題があるってんだ?」
「……神話における世界の終末を描いた諸典は、『終末抄』と呼ばれます。問題というか、考えなければならない点がふたつ、あります」
フォルカが指を二本立てる。
まず中指を折って、一息で説明を始めた。
「ひとつは、『終末抄』の多さと、多彩さです。どれが本物で、どれが偽物なのか、神殿であっても判断は難しい。故に、まだ『終末抄』で本典……『正しい神話である』と認められたものはないはずです」
「へえ」
「むしろ、その多彩さこそ、この世界が我々の想定よりもずっと脆い証だ、とする神学者もいますね。そういう意味で、取り扱いが大変難しいのが『終末抄』なんです」
怪訝そうな表情を隠しもしないノーマに、フォルカが申し訳なさそうに眉を下げる。
それ以上の解説はこの場では難しいと判断し、人差し指も折る。
「もうひとつは……もし、万が一。あの少女、シュトゥが【物語】を呼び出す技術を持っていた場合」
言葉が途切れる。
恐ろしくも馬鹿らしい想像を、だが笑い飛ばすこともできず、胸中で持て余す様子。感情が伝わったか、他の三人も口を開くことなく、しばしの沈黙が執務室を支配した。
「『あり得ない』、『あってほしくない』は、司書として戒めるべき考え方です。先入観は、書物を読む瞳を曇らせる。でも……、人が【物語】を呼ぶなどと、恐ろしいことができるなら……」
前置きの言葉は、フォルカが現実を見るための覚悟を固めるのに、必要な儀式だった。
ふ、と吐息して、拳を握りしめて、言う。
「世界の終末、滅びの【神話】が顕現することになります。……人が立ち向かえるものでは、ありません」
本から現れる異形、【物語】。
型に当てはめることが無意味どころか危険ですらある彼らにも、便宜上の分類はある。【物語】に立ち向かう司書たちの対応から生まれた分類は三つ。
【現実】、【幻想】、【概念】だ。
この分類は、司書がダイスから投射するものについても応用され、思考の整理に役立ってきた。
【神話】は、いくつかある例外のひとつ。
文字通り、神話から現れる【物語】である。
世界に影響するほどの力を持った【神話】の顕現は、他の【物語】が現れる事態とは危険度が全く異なる。図書館の全職員で当たるべき緊急事態であった。
過去に起こったある【神話】の顕現では、都がひとつ、一般人が数千名、一級司書が二十名犠牲になったという。
その程度の犠牲に抑えて討伐したことは、喝采されるべき偉業であった。
【神話】とは、ともすれば、世界の理そのものなのだから。
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