急募:誰か、助けて下さい【KAC2023参加作品】

卯月白華

穏便な生ものの扱い方

 心は乱れたままだけど、頼んだものを飲みながら状況を聞く事になった。

 ……動くぬいぐるみは無視だ、無視。

「初めまして、私は上峰うえみね加奈子かなこと言います。貴女の名前は?」

 そこからってどうなのと思わなくもない。

 だが本当にどこの誰だか分からないのだから仕方がない。

 休日で制服を着ていないから余計に分からないのだ。

 ……何故私が名乗った途端、彼女が抱えたウサギのぬいぐるみ、クタッと力が抜けて、普通のぬいぐるみになるの……?

 思ってから私も脱力しそうになる。

 ……普通のぬいぐるみ。

 普通って何だっけ?

 ぬいぐるみは普通動かない。

 だから今は普通のぬいぐるみ。

 ……普通がゲシュタルト崩壊。

「真彩、嫌。ソウちゃん話して」

 舌足らずに言って、黙ってしまう。

 彼女が頼んだ飲み物は、大きなクリームソーダ。

 普通の物は何故か頼まず、アイスクリームとソフトクリームが両方と、メロンやらイチゴやら定番のチェリーと果物山盛りの特別なクリームソーダ。

 それを、もう混ざっているのに、ぐちゃぐちゃとかき回し続けている。

 持ってきてもらってからずっと。

 果物は食べる前から既に形が無い。

 彼女の隣に座る、ソウちゃんと呼ぶ相手だけ見続けながら、ひたすら彼女はぐちゃぐちゃとしている。

 ……一度も、クリームソーダを見ていない気がするのは、気の所為じゃないと思う。

「何でだよ。ったく仕方ないな。彼女は兎内とない真彩まあや。オレと彼女の母親同士がまあ、あんまり仲が悪くないっぽいかもだからさ、小さい頃からの知り合い」

 ……”まあ、あんまり仲が悪くないっぽいかも”って含みがあるよね、間違いなく。

 ”小さい頃からの知り合い”という言葉からも感じ取れて、思わず真顔になりそうで焦った。

 どうにか愛想笑いを浮かべながら、話している射矢蒼馬を観察すれば、珍しく面倒だと表情から伝わってくる。

 愛想が良すぎて軽薄と取られてしまう事も多い彼なのに。

 彼女の事は本当に苦手なんだろう。

 隠しているんだろうけど、声からも何だか微かに嫌悪を感じる。

 もしかして、射矢さんの親子そろって兎内さん親子が苦手とか?

 彼の言動から何となくそう思う。

 射矢さんのお母様って、確かに兎内さんみたいなタイプは避けそうだ。

 礼儀に厳しい印象だったから。

 ならば何故……と考えようとするのに、グチャグチャっと、何度も何度も兎内さんがクリームソーダをかき回す音が神経に障って、考えがまとまらない。

 集中できない頭から必死に記憶を探して、どうにか口を開いた。

「確か、もう一人話に出ていたと思ったけど」

 ……今まで動かなかったのに、私が口を開いた途端、ぬいぐるみらしきナニカが嘲笑ったのを感じる。

 兎内さんが射矢さんへ向ける熱の籠った眼差しを、ウサギのぬいぐるみが確かに見て嗤ったのだ。

 一度も射矢さんが兎内さんへ視線を向けない事にも。

 しかもぬいぐるみが私に同意を求めているのが分かってしまって、もう嫌な予感しかしない。

 ……誰か、助けて下さい。

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急募:誰か、助けて下さい【KAC2023参加作品】 卯月白華 @syoubu

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