夢なのに〜!夢じゃなかった〜!
―栞視点―
聞き終えて、恥ずかしさが有頂天に達した私は、もう顔を手で覆って、前が見られない。
正直とっくに心の許容量を超えてしまっていた。
(え、えええええええええ……なにこれ、夢?夢だよね?でも頭痛いし夢じゃない?)
そわそわして落ち着かなくて葵に目を向けると、彼女は、何よ、と言って目を逸らす。
その仕草だけでも色のいい唇やその瞳に目がいってドキドキさせられる。破壊力がやばい。
勢いが余って、分かっているはずなのに、つい確認したくなってしまう。
「……これって、私と葵って付き合ってるってことで、いいの?」
「いきなり聞くんじゃないわよ、バカ」
「だって、あんまり現実味、なくて……」
(酔ってる間に付き合ってるとか、意味わかんないよ〜!)
脳内の私が続けて叫んで騒ぎ立てている。
現実の私もそう出来たら良かったのだけれど、嬉し理解できなしで複雑で、頭を抱えることしか出来なかった。
ただ、そんなふうに目に見えて混乱しているからか、葵の話し方は打って変わって優しくなった。
「……そうなると思ったから覚えてて欲しいって言ったんだけど」
「ごめん、なさい」
「気にしてない。すぐに謝る癖やめた方がいいわよ」
「……はい」
「わかればよろしい」
彼女はそう言い終わると、はぁ、と大きくため息をついて荷物を持ちながら立ち上がった。
その姿を捉えた瞬間、心が不安で埋め尽くされる。
「帰るの……?」
「そうよ。あんたももう大丈夫そうだし」
当たり前みたいに葵はそう告げて、踵を返して遠くに行ってしまう。
「待って」
条件反射みたいに、言葉が口をついてでた。
「まだ、行かないで……一人に、しないで」
普段だったらこんなこと、色々考えてしまってきっと言えないだろう。
だからこそ、案外すんなり言葉にできた自分に驚いたけど。
葵は困ったように笑った。
「あんた、そんなふうに甘えるのね」
「だって、彼女、だから」
言い訳でもするみたいな不器用な話し方だったと思う。
それでも葵は留まって、私が横になってるベッドに腰掛けてくれた。
「そう、じゃあ聞いてあげるわ。彼女のお願いだもの」
「あり、がとう」
「別にいいわ。このくらい」
その言葉は、初めて出会った時よりずっと柔らかい。
ずっとこうしていたいような、安心感があった。
「ついでにもう一つ、お願いしてもいい?」
「聞いてあげる」
「今度から、名前で呼んで……?」
彼女は一瞬言葉に詰まった。けれど、すぐに私の目を見る。
「……わかったわ、栞」
「なんか、くすぐったいね」
「いっつも呼ばれる側の気持ちわかった?」
「うん」
私と葵の笑う声が同時にして。
結局、葵は夜まで一緒に居てくれた。
「じゃあ、おやすみ、栞」
彼女は玄関に立って、見送る私に手を振っていた。
「うん、おやすみ」
その声は、自分では気丈に言えたと思ったけれど、そんなことは無かったらしい。
「そんなに不安?」
その言葉は、からかうみたいに笑いながらで、私の心を微妙に責める。
(でも、だって、しょうがない、じゃん……)
彼女が帰ったら、昨日と今日の思い出も泡みたいに消えて、世界が終わってしまうかも、なんて考えるくらい、私は一緒にいることが楽しかったのだから。
「ちょっと、だけ……。
…………ねぇ、明日も会える、よね」
「当たり前よ。だから、楽しみに待ってなさい」
葵は、曇りなんて少しもないような自慢げな顔をして、そう励ましてくれた。
(ああもう、ずるいなぁ!)
その顔で、そんなふうに言われたら、もう信じない訳にはいかないじゃん!
「うん、わかった……またね」
今度は、上手く笑えたらしい。
扉が開いて、閉じて、彼女の姿が見えなくなる。
(明日も、会える)
それだけでもう、充分だった。
部屋に戻って、ベッドに入って、目を閉じる。
これまでと、昨日と、今日の楽しかったことが流れていく。
ふわふわとした幸せの中、自然と眠りについていた。
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