決着!変な店!


 連れていかれたお店側は、普段は多分人気なのだろう、流行りっぽい服からなんかこう、色々と置いてある。

(ファッション詳しければ良かったんだけどね!)

 正直いって全然わかってなかった。

 けど逆に詳しくなるとオタクっぽくなってしまうだけだから、それはそれで良かったのかもしれない。

 あ、あとちなみに私が見てもらう間に葵は個人的に買い物をすると言ってどこかに行ってしまった。おいこら私の勇気。某パンマンでさえ愛と勇気が友達なんだから、今の私は某パンマン以下になっちゃうだろ。元々そうだったわ。

 そんな葵に対する不満を考えてぼーっとしている私に、さっきの飴をくれた店長っぽい人は容赦なく声をかけてくる。

「おーい、とりあえず好みとか聞いてもいいかな」

「あ、わっ……えっと、あんまり肌を出したくないので、そういうのが、あれば」

「え、そうなの?半袖も結構似合うと思うよ」

「その、なんとなく苦手で」

「そっか……葵は好きなんだけどね」

(なんで今それ付け足した……?)

 うわ、なんかすごいリアクションを見られてる気がする、というかガン見まであるでしょこれ。

 私としても、あくまで友達だけど葵から可愛いとは思われたい気持ちはやっぱりある。

 でも、それだけの為にこの人の口車みたいなのに乗せられてしまうのはやっぱり悔し

「じゃあ、おすすめとか、あれば……」


 え……?待って今私の口動かなかった?

 

 自分で自分に驚いてきょろきょろと、首を振る。

 目が合ったその人は満面の笑みでにっこりしていたけど、多分これは私が予想通りの答えを出してご満悦なだけだろう。

 ということは、つまり。私の奥底は多分、そういうこと、なのかもしれない。

(でも、ダメ。私は諦めたはず、だから)

 その考えを何度も繰り返して、いつもの自分を取り戻す。幸い思ったよりも思考は深くなくて消すことが出来た。

 目の前に意識を持っていく。

 あの店長さんは、私に似合う服なのであろうよく分からないものをウロウロと歩き回りながらかき集めていた。

 後ろについて行くだけの時間と沈黙が続くのが何となく気まずくて、少し深呼吸してから、私はその人に声をかけてみる。

「……あの、そういえば聞きたかったんですけど、え、と……」

「あぁ、まだ名前言ってなかったっけ。朝比奈凪。まぁ、好きに呼んでよ」

「その、朝比奈さんは葵とは、どんな関係、なんですか……?」

 そう聞いた瞬間、その人はハンガーにかかっているスカートを外す手がピタッと止まった。

 その反応で私もようやく発言を精査しなおす。


(あれ、もしかしてこの発言、めちゃめちゃ妬いてるっぽくない……?)


 朝比奈さんもそう捉えたのか、ぽんと手を叩いて納得したような素振りをしている。

「あぁ、あの子の彼女か何かなんだね」

「あ、え、えっと、そういう訳じゃなくて」

「まぁ気になるよね、安心していいよ。あの子とは元同じ事務所の先輩後輩で、今は雇用関係ってだけだから」

「だ、だから違います……って、元同じ事務所……?それに、雇用関係って……」

「え、葵から聞いてない?元々あの子モデルやってて、今はうちで働いてるってこと」



 そこから聞いた話は、とにかく凄い話ばかりで。

 朝比奈さん的には、あくまで私が試着を終えるまでの雑談のつもりだったみたいだけど、私はひとつも聞き漏らさないように、多分大学の講義とかより真面目に聞いてたと思う。

「葵は……そうだね。うちの事務所に入ってきた頃は高校一年くらいだったんだけど、とにかく人嫌いでね」

 ただのカーテン一枚の向こう側から声が聞こえる。

 そこから、今もそんな感じ?と問いかけられて私は、首を傾げざるを得なかった。少なくとも初対面の時に私と話す葵は、多少冷たいけど普通だったと思う。

 素直にそう伝えると、その人は意外そうでえ、そうなんだ、と言って笑っていた。

「ま、そのせいで、色んな子から恨みを買っててさ。私は、たまたま一緒の仕事が多かったから、構ってあげてたらなんか懐いたんだけど」

 その語り口は、コロコロと声色を変えながら、昔を懐かしむみたいに、楽しそうで、だからこそ、一転して暗く重い声になったその瞬間、驚いてしまった。

「あるとき、後輩の子に襲いかかられてね。やってた合気道で地面に押し付けたら、問題になっちゃった」

 でも凄かったよあれ、ばーんって、ばーんって、と言いながら、何度も想像のその人を倒す様子を繰り返しているのだろう、微妙に布が擦れる音が聞こえた。

 だんだん化けの皮剥がれてない?って思ったけど、そういえば初めからこんなんだった。

「で、それで葵は謹慎だったんだけど、ムカついたからっていって自主的に辞めてね。私も充分稼いだからついでに辞めて、そのお金でお店開いて葵を雇った、って感じ」

 いきなりの急展開に驚いたりしたけど、その話は、完璧な葵そのものみたいなエピソードでその強さも、人を魅力するオーラみたいなのも、よく見知ったものだった。

 でも、だからこそ、知らない葵の一面が、気になってしまう。

「そ、その……葵は、人が嫌いなんですよね」

「私の知る限りはね」

「でも、私にはそんな感じがなくて……なんででしょう……?私と他の人との違いなんて、あんまり無いと思うんですけど……」

「そうかな、その綺麗な目も、ふにふにした唇も、困り眉も可愛くて充分人と違うと思うけど」

 視点がキモき!美人じゃなかったら許されないキモさだ!

「……そ、そういうことじゃ、なくて」

「うん、わかるよ。もっと他に凄い人はいっぱいいるのに、なんで自分がってことだよね」

「はい……」

 想像以上に思ってたことを言い当てられて、私は見えてないけどこくこくと頷いていた。というか分かってるならからかわないで欲しい。

「じゃあ、直接葵から聞いてみたらいいんじゃないかな、せっかく可愛くなったんだからさ」

 彼女から戻る連絡を受けていたのだろう。

 ちょうどその瞬間裏口の扉が開く音がしたのだった。


 


 朝比奈さんは、おすすめされたノースリーブの白いワンピースを着て不安げな私の手を無理やり引いて、葵の前に連れて行く。

「おーい、葵。この子が聞きたいことがあるらしいんだけど」

 手を引いていたその人は自然と後ろに下がり私の背中を優しく押した。

 結果、無理やり葵の目の前に、私は一人で立たされてしまう。

「今更何よ、かしこまって」

 改めてその目に見つめられると、心臓の鼓動が速くなるのが自分でもわかるくらいに高まって、聞こうと思っていたことも飛んでしまった。

「あ、え、えっと、その…………これ、似合って、る……?」

「そうね、いいと思うけれど」

 素直な言葉に、私の顔が熱くなる。

「う、うん。じゃあ、買って、くるね……?」

「行ってらっしゃい」

 葵から褒められた、それだけのことがただただ嬉しかった。

 身を翻して、朝比奈さんと一度試着室に向かう。

 その人の背中に追い着くと、その人はくるり、と私に向き直って後ろ歩きしながら話しかけてくる。

 危ないから普通に歩いて欲しくて、私は隣に並ぶようにした。

「良かったの?聞かなくて」

「……もし、何も無かったら、怖くて」

「ふーん。まぁ、ごめんね。ちょっと強引すぎたかな」

「いえ……私も、ごめんなさい。今度ちゃんと、聞いてみます」

「うん、がんばれがんばれ」

 頭にぽんぽん、と優しく触れられる。

 その手はとてもあたたかくて、葵と正反対みたいだった。

 それだけで顔に熱が集まる。何となく、自分が情けないと思った。

「聞けたら教えてよ、ダメだったら頼ってくれてもいいから」

 そう言うと、あ、となにかに気付いたような朝比奈さんは従業員室に小走りで向かって手のひらにスマホを持って戻ってきた。

「ライン、交換しとこ」

「あ、は、はい……!」

 握りしめた画面には友だちの欄に新たに、朝比奈という苗字があった。

 一人、また、新しい友達が増える。それは、私にとっては久しぶりの感覚で、それだけのことが、嬉しかった。



「また来てよ」

 私が商品の配送の手続きを終えて、服を見ていた葵を探して一緒に出る時に、朝比奈さんは見送りに来てくれた。

 片手をあげてひらひら、と振っている。

 その人は、私と葵の顔を交互に見たあと、私に向かってちょいちょい、と手招きをした。

 不思議に思いながら目の前に立つと、少し屈んで耳に手を当ててくる。

「葵と別れて辛くなったら声かけてよ、沢山可愛がってあげるから」

「な、何言ってるんですかっ……」

 朝比奈さんの甘やかすみたいな声は直接脳に響く感じがして、びっくりした私は結構な声量で答えてしまった。

 その声は葵にも多分聞こえていたと思う。

 逃げるように彼女の元に走っていってすぐに外に出るように促す。

 従業員用入口のドアを閉めると葵は、怪訝な目で見つめてきた。

「最後、何言われたのよ」

「え、う……秘密」

 好きな人の前であんな事を言われて照れてしまった事実を、隠したかった。

「そ、まぁいいけど」

 彼女はどこか素っ気ない態度で、それが少し不満だった私は、つい、聞いてしまっていた。

「……気になら、ないの?」

「どうせセクハラでしょ」

 葵と朝比奈さんは、お互いに分かりあっているからそんなことが言えるのだろうか。私よりも、ずっと。

(それは、そうだ)

「ほら、さっさと行くわよ。まだ今日は行くところあるんだから」

「う、うん」

 隣に並んでも、今度は手を掴んではくれない。

 その手を、私から掴む勇気はなかった。

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