到着!オシャレシティ!
二駅隣のオシャレの最先端的な街に、電車は遅延もなくたどり着いた。
下りるといきなり、沢山の喋り声が混ざってできた、大きくて形のない音に包まれる。
あまり慣れない駅に戸惑いながら、葵の後ろを付いて歩き出口から外に出た。
まだ朝と呼んでいい時間帯だからか、ちょっぴり涼しいそよ風が、葵の服を揺らしている。
目の前には、「日光を遮るためにありまーす!」って宣言してるみたいな大きな建物があって、そして、駅の中よりももっと多くの人がいた。
となると、やっぱり隣の美少女には視線が集まっている訳で。
辺りを見回していると彼女を見ているであろう知らない人と、目が合ってしまった。お互い気まずそうに目を逸らすと、その人は人混みに消えていって、もう見えない。
この先一日、こんなことがあるのかと思うと、気が滅入るような感じがする。
そんな様子を目にかけてか、葵が声をかけてきた。
「どうかした?」
「……知らない人がいっぱいで、やだなって」
「諦めなさい」
「はぁい」
いきなり歩き出した彼女の隣に並んで、大きな通りの中に足を入れた。
すると、なぜか自然と目の前の人だかりがぽつぽつと一人また一人と減っていることに気づく。
(あれ、何かおかしくない?)
いつの間にか、レッドカーペットを歩いているかのような、観衆とそうじゃない人が隔てられた大通りができあがっていた。
混乱。
多分私にはそうとしか言えない状態になっていた。慣れない土地、多くの人に見られている状況、隣の葵。
全てが突拍子もなくて視界はどこを見ればいいのか分からなくなっている。
だからこそ、目の前の少しの段差に気づかなくて。
足の先が何かとぶつかった瞬間、私は自然に目をつぶっていた。
痛みは、やってこなかった。
「ほんっと、危なっかしいわね」
葵が私の片腕を掴んで引き寄せていたらしい。私の体は彼女の胸に包み込まれていた。
ふんわりとした、何となく優しい花のような香りが、私にしばらく言葉を失わせていた。
「あ、えっと、……ありがとう」
「気をつけなさい」
葵は、涼しげな顔で私の手を取り、立ち直るのを助けてくれた。
改めて隣に並び直して、彼女に合わせて歩き出すと、きゅっ、と彼女に私の手を握られる。
私も握り返すと、柔らかいその手は私の熱が伝わったのかいつもより温かくて、いたずらでもするみたいに、指を絡めてくる。
(なに、え、本当に何!?)
気づけばいわゆる恋人繋ぎが完成していた。
友達と決めたはずなのに、妙にドキドキしていて、顔が赤くなって熱くなるのが自分でもわかった。
思わず葵の顔を見上げると、笑っている。今日迷惑をかけたことに対する仕返しだろうか。
私は、衆目と己の欲に耐えながら、目的地に早く着くのを願うことしか出来なかった。
「ここよ」
群衆対策の為にいつの間にかサングラスをかけていた葵が急に足を止めた。
さっきからずっと手を繋がされていた私も、必然的に足を止めて、彼女が向いている建物を見る。
そこは、準備中、と書かれた札が下げられた、一面ガラス張りの一般的な店舗だった。
「え、まだ開いてないみたいだけど……」
「元々そのつもりよ。……ん、裏口から入れって」
向かい側にも歩道が見える、人二人が通れるか通れないかの建物と建物の隙間に、その店の従業員用入口はあるらしい。葵がそこに向かって歩いていったところで、いきなり手を離した。
途端にふわりとした空気が触れて、少し手汗をかいていた私の手は涼しさに触れる。
その手を見ないようにして、私は彼女の後ろについて行った。
裏手から店内に入ると、空調によって心地よい温度に整えられているのか、気温差で少し風が吹いた。
そこに居たのは、大きく伸ばした襟足を赤色でグラデーションっぽく染めた中性的な、それこそ葵に劣らない程整った顔立ちの人だった。
服も、わざと男女両方着れるものを多く採り入れているのか、見た目だけでは性別が判断できない。
「や、君が葵の友達の子かな」
その人は軽い調子で片手を上げて、こちらに手を振ってくる。
私は、その声の高さでやっと、なんとなく女性と認識したけれど、そうでなかったら分からないほどだった。
「あ……え、えっと、はい」
持ち前の人見知りから萎縮してしまって、しばらく声が出なかったけれど、何とかそう答えると、その人はどんどんこちらに近寄って来る。
「ふぅん、これが……かわいいね。食べたくなる感じ」
顎に手をあてがわれて、目線を無理やり合わせられる。その目は凛としていて、真剣に、私だけを捉えているとはっきり分かる。
逃げられない。
そう意識させられる、まさに捕食者の目だった。
怖い、嫌だ、帰りたい。
「ひっ、えと、その」
思考は恐怖で固定されて、上手く言葉を吐き出せない。
「人の友達に手出すの、やめて貰える?」
動けなくなっていた私を隣で見ていた葵が、その人の手を掴んで無理やり下げさせている。
その姿は、可憐なのにかっこよくて、あの、昔のアニメの女性の騎士みたいって思った。
「ふふ、うん、そんな事しないよ、冗談。君もごめんね、驚かせちゃって」
その人は、先程までとは打って変わったような態度でにこやかな笑みを浮かべている。
この人の前に居たくなくて葵の後ろに隠れるように立つと、幾分か安心して、なんとかちゃんと呼吸ができるようになった。
そんな私を見てか、葵は深くため息をついた。
「冗談にしてはタチ悪いわね」
「あー……じゃあ、あれ、アメリカンジョークってやつ」
「下手くそだからやめたら?」
「手厳しいね、ふふ」
二人は私をおいてけぼりにして、トントン拍子で話を進めていく。
コミュ力の無い私は言葉を挟むことが出来ずに流されるまま、気がついたら似合う服をいくつか見繕ってもらう事になっていた。
早いよ。
「じゃ、とりあえずお店の方行こっか。付いてきて」
ちょいちょい、と手招きしている。
私はこの人を信用できなくて、その呼び掛けにも動けずにいた。
「怯えてんじゃない」
「あれ、そんなに怖かったかな……飴あるけど、どう?」
お店に来てくれた子供達に渡す用だけど、と言ってその人は黒のパンツから色とりどりの個包装の飴を取り出した。
「……もらい、ます」
おずおずと、その手から一つ薄緑色の飴を受け取って口に入れると、じんわりと甘い味と、柔らかい刺激がした。
(サイダーの、飴。めっちゃ口パチパチする。美味しいけど)
「落ち着いた?」
正直ちょっと疑問はあったけどこくりと頷くと、そっか、と言ってその人はほっと胸を撫で下ろした様子でいる。
「さっきは本当にごめんね。いや、葵が友達連れてくるから開店前に開けろ、なんて言うの、初めてだから。てっきりこの子に似た気の強い子が来ると思っててね……」
つい試したくなっちゃった、屈託のない笑みでその人はそう言った。
「最初明らかに人見知りしてた時点で気づきなさいよ」
葵からの指摘!効果はバツグンだ!
(いけいけー!やっちまえー!)
私のそんな声援も虚しくその人はツッコミをひらりと受け流す。
「それは、どんな反応するかなーって気になっちゃったから」
「あんたのその嗜好やめた方がいいわ」
はぁ、と呆れたような葵の様子で、なんとなくこの人はずっとこんな感じなんだな、と察すると同時に勝てないな、とも理解した。
その人はあんまり気にしない様子で、平然と私の方に向き直る。
「それじゃ、こっちも開店時間あるから、そろそろ始めたいんだけど……大丈夫?」
かけられた言葉に、すぐに答えられない。
(でも、葵が居るから、多分なんとかなる)
そう思うとどことなく勇気がでてきた。
小さくなった飴を奥歯で噛み潰す。
案外すんなり言葉はでた。
「お、お願いします」
「うん。じゃ、付いてきてね」
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