第3話
「……ンデ?どうやってココに入ったんだ?」
全身を乱雑に撫で回され、自慢の虹色の羽角が引きちぎられる危険まで感じたオレンジ色のミミズクこと、R.Bブッコローは、ひと落ち着きした侵入者こと、ケンに向かってようやく聞きたいことを口に出した。
「知らないよ。何か見たことのない建物が見えたと思ったら、誰かに呼ばれた気がして……。気づいたら、ここに引き込まれていたんだ」
「ソンナわけあるか。店員はとっくに帰ってイルんだゾ」
「だって、本当なんだもん。あっ、ブッコロー!この本は何?」
「ダカラ、
「だって、ここにいると急に行きたくなったんだもん……」
ケンは少し気まずそうに答えながらも、視線は平積みされたカラフルに彩られた絵本や児童書に向いていた。
鮮やかな表紙。
見ただけでワクワクした気持ちを高まらせる
初めて見る宝物のように、目をキラキラ輝かせているケンの様子を見て、ブッコローもまた、不思議なものを見るように左右非対称の目玉をギョロリと動かしていた。
「……その本、ソンナに珍しいカ?」
「珍しいもなにも!本物は初めて見るからね!凄いよ!本って、こんな手触りなんだね!こんなに手にずっしりくるんだね!」
「エッ?何?オマエ、本読んだことナイの?」
「読んでるよ。本物を“触る”のが初めてってこと。ずっと画面で見てるからね」
「あー、イマ流行りの電子書籍派ッテやつか?それにしても、絵本くらい触ったことあるだろうに……」
「ねえ、ブッコロー!本当にこの本開いてみていいの?売り物なんでしょ?」
「あー、中身を少し見るくらいなら大丈夫ダゾ。ただし、ページを折らないようにシンチョウにナ」
そんなにも目をキラキラ輝かせている
夜もすでに深く、静まり返った書店に突如現れた奇妙な客。手に取った本の内容を読むでもなく、表紙やそれぞれのページの感触を丹念に味わうような不思議な行動を見せる奇妙な
……しかし、いくら電子書籍派と言えど、生れてこの方、今までまったく本に触ったことがないなんてあるのだろうか?
これまで見てきた来店客の反応と、どうも違う感じがする……。目玉だけでなく、首の境目がないずんぐりむっくりした胴体全体を左右に動かすブッコロー。本に夢中になっていたケンだったが、ふと、ある疑問に思ったことをブッコローに聞いてみた。
「ねえ、ブッコロー。あのさ、ここってこんなに本が置いてあるけど、大丈夫なの?」
「はっ?大丈夫ってナンだ?本屋なんダから、本があって当たり前ダロ?」
「えっ……でも、こんなに置いてたら、“無駄”って言われない?怒られない?」
「ハアァァァァー!?ダレだそんなバカなこというやつ!?本がムダなわけないダロ!?」
「……だって、周りの大人はみんな言うよ。『無駄は悪。物に溢れかえる世界は物悪だ』って」
言いようもない、口をつぐんだような沈黙。
――が、一瞬だけ続いたかと思うと。
「ギャアアー!!!そんな不届きなコトを言うヤツは許サンっ!噛みちぎってヤル!!!」
ブッコローはミミズク特有の威嚇音を激しく鳴らし、胴体のオレンジ色を大きく破裂しそうになるまで膨らませ、こう叫んだ。
「ムダって何だっ!?何がアクだっ!?ムダな物にほど価値があるんたロウガッ!?」
その言葉を聞き、ケンの目から、ケンの頭の中から、張り巡らされていた薄いモヤが、パチパチと火花を立てて燃え散っていくのを感じていた。
――紙は無駄。道具は無駄。物は無駄。
ちょっとでも、見てみたい。触れてみたい。
そんな気持ちを持つことすらも、時間の無駄。
『無駄』という言の刃に容赦なく断罪されてきたケンにとって、まだ見ぬ物への思いを浮かべることすら萎縮していたのだった。
――そっか、そう思ってよかったんだ。
「ケン、来いっ!この『真の本、真の知をつかさどる』R.B.ブッコロー様が、ムダの宝ってやつを教えてヤル!」
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