人生どん底もあったけど梟になってた

@ymt3219

ほんの数年前のお話

ジリリリ....

うるさい音が部屋中に響き渡る

うっすら目を開きもぞもぞと手を動かし目覚まし時計を止める


「もう、こんな時間かぁ」

男はぽつり言う。

本当はもっと寝たいし、ダラダラしたいが

そうもいかないので、仕方なく起きる


カーテンを開けると晴れだった。いわゆる快晴というやつだ。

眩しくてまた少し目を細める


今日はオーディション


そう思いながら歯を磨きながら昨夜の夢を思い出す。でも思い出せない。なんだか不思議な夢だったんだよなぁ。


歯を磨き終えたら朝食だ。

今日は男の大好きな鮭の切り身とご飯、味噌汁をテーブルに並べ手を合わせて一言「いただきます」と食材や生産者に感謝して食す。


スマートフォンに送られて来たオーディション内容を確認しながらご飯を一口食べる。


男はしがない芸人をやっていた。

今はやってない。売れないからだ。

同期はテレビで大人気の芸人や冠番組持ってる奴らばっかりだ。


「学生時代はすげー笑いの才能あると思ってたんだけどなぁ」


学生時代はクラスや学年中を笑わしてた。

結構自信があった。だから上京してお笑い養成所の門を叩いた、クラスでも評価が高かった。

売れると思った。それは自信じゃない確信だった。



でも、売れなかった。



売れなかったからしんどかった。

安くて美味いレトルトカレーばかり食べてた。

金がなさすぎて水道も電気も止められた。水道の蛇口を全開にしてちょろちょろ出てる水を溜めて飲んだりした。



上京して初めて母と合う約束をした。

母が迷わないように10分早く待ってた。


改札の向こうから見覚えがある女性が少し辺りを見渡しながら改札に向かって来た。


母だ。すぐわかる。息子だから。

会ったらなんて言おう

「久しぶり。いやー今貧乏でさー」で笑いを誘うとか

「どこか食べたいものある?」ちょっと都会に染まった感じで話すとか

なんて言おうか考えたら母が近づいて来た


「母ちゃんひさしぶ...」言い切る前に

母が俺の前を素通りした


嘘だろ?!息子の顔忘れたのか?

母との距離がどんどん広がってく

やばい!!


「母ちゃん!!」

慌てて追いかけて母を呼び止めた。

母ちゃんは振り返って目を見開いて口を開けてた。びっくりを通り越してあんぐりしてた。


「ずいぶん痩せたわね...」母が戸惑ってた

俺はなんだか申し訳なくて「いや、今が貧乏で過ごすのが都会のスタイルだから」

そんなわけない。嘘だとわかってるのに少しでも母を笑わせたくて言ってしまった。


母も察したのか「あら、都会はそんなに進んでいるのねぇ。全然気づかなかったわ」

少しクスッと笑ってくれた。






はっと男は時計を見た。

やばい、つい思い出してた。

気づけば味噌汁は冷めてた。

貧乏のどん底だったことを比べると鮭を買える今が奇跡のようだ。



話を戻すと今日のオーディションは流行りのコンテンツを使用したとある企業のMCだ。

MCはやったことないが、授業ではやったことある。だから手順はわかってる。あとは実践だけ。無事キャスティングされれば収入は安定して自分の趣味でもある競馬やパチンコといったギャンブルに使用できる。狸の皮算用と呼ばれるやつだ。

しかし、こういう妄想もなかなか楽しい。


「自己PRとMC台本かぁ」

自己PRはできる。というよりお笑いに限らずオーディション受ける者は必ず自己PRが必要になる。時間は30秒もしくは1分

だから予め作ってあるのでそれをこなせば良い。

MC台本はイマイチピンとこない。これは土壇場勝負になりそうだなぁ

オーディション台本というのは事前に渡されるものもあれば当日渡されるものもある。今回は後者だ。そして当日台本は最後に回収される。情報漏洩防止も兼ねてる。

だから事前にネットで探しても当然ない。



「まぁ、頑張りますかー」

男は一言言うといつの間にか食べ終わってた食器を片付けるため台所へ向かう




準備をし、家を出る。

道中はずっとオーディションのことを考えてる。

審査員は何人かとか、何人受けてるのかとか、グループで受けるのか、何人MC採用なのか。

改札を通って電車に乗ってる間はずっとオーディションのことばかり考えてる。

オーディションモードってやつかもしれない。


会場であるビルの前に着いた。

オーディションのメール記載の住所と現在地の住所を確認する。


「ここか。有隣堂本社って結構デカいんだなぁ」ぐーっと首の限界まで見上げる。

これから仕事するかもしれないと考えるとより大きく感じる。まるでRPGのボス戦のようだ。



受付を済ませると

「こちらがオーディション台本になります。台本は最後に回収致します。書き込みはOKなので自由に書き込んで下さい。」

と受付の人から紙一枚を渡されたつつ注意事項を言われた。



紙一枚を確認すると俺はぎょっとした

そう、貧乏の姿を見た母のような表情だ。


「なにコイツ?」

オーディション台本に描かれていたのは

変な鳥だった。

オレンジベースで片目が明後日の方向に向いて来て黄色と緑と...見てるだけでチカチカする

目の奥が痛い。痛すぎてテキスト読んだ



【梟のMCを決めるオーディション】



はぁぁ?

人間が梟のMCやんの?俺が出るわけじゃないの?え、ドッキリ?というか、こいつ梟なの?!見えねぇ。

このオーディションやってんなぁ。

褒めてない。貶してる。正直な感想だ。




結果はゆーりんちーのご存知の通り。





合格の時母ちゃんに電話した

「もしもし、母ちゃん?」早く伝えたかった。今思うと早口だったかもな。

「あら珍しい。どうしたの?」驚きつつも優しい声の母ちゃんだ。


「俺、オーディション受かってMCやることになったんだ!!!」





「俺、梟になるよ!!」











お笑い養成所通ってて良かったなと心から実感する少し前のお話。

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