第2話 出会い
「おい、ザイン。学校を辞めるとは本当か?」
護衛学校の授業が終わり、寮の自室に入ると同時に同室のギル・レンフロが詰め寄ってきた。
ギルの見た目は中性的な美少年で、護衛学校では成績優秀の優等生として通っている。
一年間同じ部屋で過ごしたが、本当に良いやつで成績不良の俺の心配を良くしてくる。
余計なお節介を多々してくるが、それがギルの良心なのが伝わってくる。
だからこそ、こいつに学校を辞めるなんて話を聞かせたくなかった。
「そうだよ、俺にはボディーガードとしての才能がないからな」
「才能がないって、ザインは進級試験を合格したじゃないか! それは君の才能が認められた結果だろ!」
「それでも、ギリギリだ。それに、前にも言っただろ? 俺は元々育て親の言い付けで入学させられたって」
「あ、ああ」
「実はその言い付けには条件があってな。一年間学校に通って、それでも俺が嫌なら退学して良いってな。だから俺はこの一年は真面目に授業を受けて、やりたくもない座学や魔法の訓練、それに生温い模擬戦をやって来たんだ」
本当に面倒臭かった。
微塵も興味も無い学校の勉強やただでさえ苦手な魔法障壁を鍛えたり、挙げ句の果てに模擬戦では同級生相手に戦って醜態を晒しまくってしまった。
唯一の救いといえば本を読めることぐらいか。
学校に入るまではまともに本を読む暇もなかったが、学校は授業が終われば基本自由で好きな本を買ったり読んだりしても誰も文句は言わない。
この一年間は本があったから乗り越えられたと言っても過言ではない。
「……ザインの言い分は分かった。でも学校を辞めてどうするんだ? なにか仕事とか当てはあるのか?」
「辞めた後は特に決めてない。ま、日雇い労働者でも冒険者にでもなって気ままに生きるさ」
「それならせめて、卒業まであと二年頑張らないか? 急いでそんな不安定な生活に身を投げるより、自分のやりたいことをこの二年間で見つければ良いじゃないか」
たぶんギルの言ってることは正しい。
正しいが、それで「はい、わかりました」なんて二つ返事で答えたくない、というか絶対に言わない。
「ザイン、学校に戻って教官に退学を取り消して貰うように言おう。まだ間に合うだろ?」
「うるせえな、俺は辞めないなんて一言も言ってないだろ。余計なお世話なんだよ」
俺は学校からの持って帰った荷物を二段ベッドの上段に投げ、窓を開ける。
この部屋は三階で、すぐ下は舗装されたレンガの道になっている。
「じゃあな」
「ザイン! まだ話は終わってな────」
ギルの制止を振り切り、俺は躊躇なく窓から飛び降りた。
魔術で力場を作って衝撃を抑えて着地し、そのまま空かさず身体強化の魔術を使って走って寮から離れた。
ギルのお節介から逃げるのもこれで何度目か、もう数え切れないほどだろう。
まあこんなこともこれで最後だろうし、あと数日で正式に俺の退学が決まってこの寮からオサラバ出来る。
さて、今日も古本屋で暇潰しに読書をして時間を潰すとしよう。
そう決めて俺は近くの街まで舗装されてない獣道を走り抜けて行く。
途中でゴブリンやオークの類いのモンスターと遭遇したが、それぞれ素手で殴り殺す。もちろん急所に一撃を叩き込んで即死だ。
モンスター相手なら殺しても問題ないが、学校の模擬戦となると邪魔臭いルールがあるから面倒だ。
そんな学校の訓練だけだと腕が鈍るので、こうして人型の魔物を見つけては討伐するのがルーティンとなっている。
他の生徒や教官はこんな獣道を通るわけもなく、舗装されている道路で街へ行く。
そちらの道路には魔除けの魔法陣が組み込まれているのでモンスターと遭遇することは滅多にない。
しかしその道は町へ行くのに大回りになるので、俺は最短で真っ直ぐに進むだけのこの獣道を好んで通る。
しばらくして見慣れた外壁が見えてきた。
街の名前はアゼリュート、数多くの貴族が通うシュブリート魔法学校を中心とした街で、治安や物流はエルファニア王国の中でも上位に君臨する。
街に入るにもいちいち身分証の提出が必要で、学生証を忘れて街に入ろうとしようものなら最悪憲兵に捕まってしまう。
ちなみに、街の中にある魔法学校と姉妹校のはずの護衛学校とその寮は街から離れた場所にポツンと立っているには理由がある。
護衛学校はその訓練のキツさやホームシックになった学生の脱走防止や魔物に対する護衛術の訓練をしやすくするために、わざわざ街から離れた立地に建てたそうだ。
外出許可は事前に取ってあるので、俺の今回の外出は脱走ではないので問題ない。
「よう、ザイン。今日こそは本を買って行けよ」
アゼリュートの門を潜り目当ての古本屋に着くと、そこの店主が声を掛けてきた。
「学生だから金なんてない。ま、気に入った本があったら買うよ」
「このガキ、言い切りやがって」
店の中は本独特の臭いが漂っており、ジャンル別に本棚が別けられ、本は作者順に綺麗に並んでいる。
客は俺の他にもう一人、大きいフードを深く被った怪しげな人間がいた。
ただでさえ俺以外の客が珍しいこの店で、あんな怪しげな格好の人間がいると妙に気になる。
所作や唯一露出している手の感じから女性、それも10代前半ぐらいの少女だ。
なにか目当ての本を探しているのか、丁寧に本棚を隅から隅へ見て回っている。
俺も目当ての本を探して、それを手に取る。
本のタイトルは『ニホン』という小説だ。
この本は異世界の国、『ニホン』が舞台のノンフィクション小説、とされている。
俺は実際に異世界へ行ったこともないが実在するらしく、100年前に実在した魔王軍を討伐した勇者が『ニホン』出身とのこと。
この本を書いたのはその勇者パーティーの魔術師エレオノーラで、『ニホン』に帰還した勇者を追って自分も『ニホン』へ転移したとされる。
後にエレオノーラはこの世界に一度だけ戻ってきて、『ニホン』での出来事をまとめた日記形式の本を置いていった。
それをエレオノーラの友人が勝手に出版されたのがこの『ニホン』という本だ。
『ニホン』の初版本は王国の検閲もろくにされず修正されないまま出されたもので、この古本屋にあるのはまさかの初版本だ。
店主はこのレア本の価値が分かっておらず、検閲された後の『ニホン』と同じような中古の値段で店に置かれている。
それでも今の俺の手持ちの金ギリギリで、買うかどうか非常に悩ましい。
だがここで買わないと、この本の価値が店主にバレる可能性だってある。
「ああ! そ、その本っ!!!!」
いつの間にかフードを被った少女が俺の近くまで来ていた。
そしてその視線は俺が持つ本に注がれ、少女がこの本屋で探していた目当ての本であるとわかった。
「なんだよ、お前もこの本が欲しいのか?」
「そ、そうよ、その本が欲しくて探してたの」
「ふうん」と俺は頭を悩ます。
この少女もこの本の価値がわかっているようで、俺がここで本棚に戻せば十中八九、少女が買ってしまうだろう。
そうなるなら、もう買うしかない。
「おっちゃん、この本買うわ」
「なんだい、こんな早く本を買うなんて珍しい。いつもなら陽が暮れるまで立ち読みする癖に。今日は雨でも降るのかね」
「ちょ、ちょっと待って! 私もその本が欲しいの! 倍以上お金を払うから私に売って!」
それはマズい、俺の手持ちじゃあそんな値段で買えない。
「お嬢ちゃんごめんなぁ、いくら金を積まれても、先に買うと言った客の本は譲れないんだ」
「流石おっちゃん、話が分かるぜ」
俺はなけなしの金を差し出し、『ニホン』の初版本を手に入れる。
それを恨めしそうに少女が睨んでいるが、むしろその顔を見るだけで優越感を得る。
「待ちなさい! あなた、その本をどうするの!?」
店の外まで追いかけてきた少女が俺の前に立ちはだかる。
「どうするって、読むに決まってるだろ」
「う、売ったりとか考えてないの?」
「売るわけないだろ。この本の価値、お前だって分かってるんだろ? ちなみにいくら金を積まれても俺もお前に譲らないからな」
「くぅっ」と少女は心底悔しそうな表情を浮かべる。
しかし少女も諦めきれないのか、更に食い下がる。
「お願い! 少しで良いから私にその本を貸して!」
「なんで見ず知らずの他人にレア本を貸さなきゃいけないんだよ」
「どうしてもその本が読みたいの! 『ニホン』について知りたいの!」
まるで駄々っ子のように俺の腕を掴んで離さない。
参ったな、と思っていると、誰かが俺の背後から近づいてくるのが気配でわかった。
「貴様、お嬢様になにをしていぶべらっ!?」
「あっ」と俺は反射的に背後から近づいた男の顔に回し蹴りを繰り出してしまった。
あまりにも不器用な殺気を飛ばされたから、つい本気で蹴ってしまった。
骨の折れる感触があり、蹴られた男は白目を剥きながら仰向けに倒れてしまった。
というか……。
「お前、お嬢様って呼ばれたか?」
そう聞かれた少女は、突然目深く被っていたフードを捲り上げた。
頭には竜人族特有の鋭い黒角が生えており、それと対称的な白い髪、そして燃えるように赤い目の美少女だった。
「そうよ、私はエルファニア王国の第七王女、クラリス・オルゴノーツ」
これが俺とクラリスの初めての出会いだった。
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