【第53話】ラベンダー

 僕は目が覚め、辺りを見回した。グーグーとイビキをかきながら熟睡しているソルボンを横目に、椅子に腰掛け、窓の外を眺めた。外はまだ陽が昇りきっておらず、白々とした光が山の狭間から顔を出していた。


「父さん、母さん、僕はこれからどうしたら良いの……?」


 返答があるわけもなく、隙間風が僕の肩を撫でるだけだった。


「起きたのか」


 大きな欠伸をしてからソルボンがムクッと起き上がった。


「早起きは三文の徳ですから」

「ふん、強がらなくとも良い。君は多くを背負っているからな。だが、それはこれからも続くものだ。例え、私が消えても……な」


 彼の口から初めて聞くネガティブな言葉。僕は思わず自分の耳を疑った。


「ソルボン……?」

「まぁ、そんな事は二の次だ。今は目の前の事に集中しなさい」


 チェックアウトの時間が迫り、ロビーに着くと、既に2人の姿があった。昨晩何があったかは分からないが、何かあったことは明確だ。いや、何もなかったかも知れない。

 まぁ、詮索するのは野暮だろう。


 僕たちはチェックアウトを済ませ、旅館を離れた。

 どこに向かっているのか知らされないまま、静かな吉川の背中は更に進む。いつもだったら、アイが真っ先に目的地は何処かと問い詰めるだろうが、アイどころか僕以外の3人は何かを警戒しているように見えた。


 だから尚更、黙々と歩いた。

 信じられないほど真っ直ぐなのに、先の見えないこの道を。


「さて、と」


 1時間ほど歩き続けただろうか。吉川が突然足を止めた。

 正直、足にかなりの疲労が蓄積していた。やっと休憩、かと思った。


「居るんだろう? どうしてそこまでリュウキにこだわる?」


 歩き過ぎで頭がおかしくなったわけでは無い。

 細い路地の向こう。

 暗闇に差し込んだ小さな光が、また小さな影を映し出している。


「まさか……」


 彼女が顔を上げると、光がその姿をより鮮明にした。


 大きな瞳に、白く細い首筋。華奢な腕には黒く長い髪がかかっている。


 間違いない。


「アカリ……」

「ええ、そうよ。水口くん」


 ニッコリとした表情が恐怖心を煽り、両親を殺された怒りが、感情の溜池から湧き出てくる。


「落ち着け、目の前にいる女は君の敵では無い。怒りを解放するのは良いが、恐怖は閉まっておけ」


 感情がぐちゃぐちゃに掻き乱されたのを察し、ソルボンが僕の肩に手を置いた。

 そう、あれはアカリであって、アカリではない。


 奴は、だ。


 殺してやる。


 感情は至ってシンプルだ。

 コントロールするのは難しいが、一度定まった感情はしばらくの間変わることが無い。

 僕の性質は、変身術と織物魔術タペストリー。それはある感情によって力を増す。


 それは、怒りだ。


「殺してやる!!」


 魔女を無数の蜘蛛が囲むが、それはブラフでしかない。


 奴は既にに入っている。

 

 捕らえた魔女を眺めながら、今までとは違う感覚を覚えた。意図していた、というよりは何かに操られているような気がしたのだ。

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褒めないでください、なぜなら俺が使ってるのは黒魔術だから 〜男子高校生が黒魔術を習得し、世界を救う〜 小林一咲 @kobayashiisak1

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