【第48話】瞋恚

「水口龍騎さんですね」


 眠ろうと布団に潜った時、数名のスーツ姿の男たちが尋ねて来た。何やら物々しい雰囲気だ。


「そうですけど……」

「私たちは警察の者です。2時間ほど前、水口さんのお宅が何者かに襲われました」

「襲われた?!」

「はい。何者かは不明ですが、まだ確保できていない状況です」

「2人は、父さんと母さんは無事なんですか!?」


 刑事は一度顔を下げてから僕の目をじっと見つめた。


「大変申し上げ難いですが、お2人ともつい先ほど亡くなられました」

「死んだ……?」


 明るい未来がようやく見えてきていたというのに、どうして。どうして、こんなことが起きてしまったのか。

 いつかは無くなる運命だと分かっていた。だが、それが一瞬にして、しかもこんな形で奪われて良いわけがない。

 

「ちょっと1人にして下さい……」

「分かりました」


 僕は絶望の淵で怒りと憎しみの涙を溢した。

 やがて泣き終えると、それを見計らったかのように刑事が戻ってきた。


「辛いとは思いますが、犯人について心当たりはありませんか?」


 あいつが殺ったのか?

 もし、そうだとすれば僕がやるべき事はただひとつ。復習だ。


「ありません」

「そうですか。それでは」


 帰ろうとした刑事の背中に投げかけた。


「2人に会わせて下さい」

「え……」


 表情から全てを察した。両親の遺体は見せられないくらい酷い姿なのだろう。しかし、遺体を見なければ誰がどんな風に2人を傷つけ、殺したのかが分からない。僕は必死に頭を下げてお願いした。


「良いですか? 開けますよ?」

「はい」

「リュウキくん!!」


 制服の警察官に抑えられながらアイが入ってきた。


「アイさん……」

「ほら、知り合いなのよ! 放しなさい!」


 僕から刑事に説明をし、ようやくアイの不審者容疑は晴れた。

 再度、灰色の遺体収納袋に目をやる。


「お願いします」

「はい」


 袋が開かれ、もう動くことのない2人と再会した。顔や身体には無数の切り傷と、お腹にはポッカリと穴が空いていた。


 間違いない。

 奴の仕業だ。


 僕は2人に復讐の誓いを新たにし、病院へと戻った。

 病室には大量のお菓子と大きな果物がゴロゴロと残っている。


「アイさん」

「ん、なに?」

「これ切ってもらえませんか」

「りんご? それとも、もも?」

「全部です」


 あわあわと止めようとするアイの腕を振り解き、僕はそれらを口いっぱいに頬張った。息をする余裕もないほど詰め込まれたお菓子や果物。最早、味なんて分からなかった。

 でも……。


「美味しい、美味しいよ……」


 言葉にもならない独り言を大粒の涙が掻き消していく。

 僕は悔しかったし、悲しかった。強がっていたものの、最初は何かの間違いじゃないかと期待した。もしくは悪い夢ではないか、と。

 でも違った。動かない2人の姿を見て、ようやく実感が湧いた。


 僕に、もう両親はいない。




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